第44話 書記、幻惑魔法で魔物を迷わせる

 海底に沈んでいた塔の内部は見事に浸水していたが、水が濁っていなかったこともあり、奥に見えるドールの姿を確認することが出来た。


 湖上都市で使ったプワゾンで水を涸らすことを考えたものの、毒成分を散らすことになるので却下。


 コピーしまくった魔法でどうにかしろって、そんなの分かるわけない。


 いにしえの塔とはいえ、魔法士が作っただけあって、下りるには階段の他に魔力消費で動く床があった。


 途中までは魔力を使って、下まで来ることが出来た。

 もちろん消費した魔力は微々たるものなので、魔力には余裕がある。


 濡れていない階の床には余るくらいの魔素が転がっていたので、そういう意味では気楽に下りて来られた。


 最下層の水は階段の下辺りにまで及んでいて、ドールがいる所に行けない。

 ただ、ドールが転がっている周りには見えない何らかのガードがかかっているのか、天井までは浸かっていないようだ。


 そうなると出来ることは、ドールの周りの水を凍らせることで、奥に行けるのではないかと考えた。


 ア、アイスストーム!! で、合ってるかな。


 賢者アースキンから得られた氷の魔法は範囲こそ広いが、持続性は乏しい。

 氷魔法は編集出来る程の強い魔法に成長していないので、使ってみた。


 ドールの見た目は小さく見える。

 

 それでも機巧ドールは、人間の俺なんかよりも遥かに頑丈そうな装甲で作られているようなので、大きさに関係なく強いことが分かる。


 ドールの周りの水がものの見事に凍ってくれたので、多分成功だろう。

 そのまま古代ドールの元に近づいてみると、頭の中で声が響いた。


『名前を――』

「名前? 俺はエンジ・フェンダー。君は?」

『名前……』


 ん? 俺の名前じゃなくて、ドールの名前のこと?


 前にもどこかで同じことを聞かれたことがあるような……いや、迷っている時間は無い。


「ピ、ピエント?」

「お帰りナサイませ、魔法士サマ。これより、ピエントは魔法士の魔力に従イマス……」

「へ? 魔力に従う……って、俺は魔法士じゃなくて――」


 そういえば機巧ドールのピエサにも、名を与えたことで動き出したんだった。

 

 ドールたちは俺の魔力というか、魔法の力で意思を持って動き出しているし、古代ドールの彼女? もそのたぐいによるものかもしれない。

 

「と、とにかくよろしく! ピエント」

「デハ、上へお運びシマス」

「う、上に!?」


 ――っという間に部屋の氷が溶け出していて、ピエントは俺を掴んでそのまま頂上に飛び出した。


「ええええええええ!? と、飛ぶドールとか、一体どれだけの魔力を与えたんだ……」

「複数のテキを感知……迎撃シマスカ?」

「――あ」


 時間を気にせずに下りていたこともあり、魔物の群れが遠隔攻撃で届く所にまで到達していたことに気付く。


 俺の魔法が通じるかを確かめる機会でもあるし、ピエントにはミーゴナに流れ魔法が行かないようにしてもらうことにしよう。


「ピ、ピエントは、防御魔法を塔の後方で展開して欲しい! で、出来るかな?」

「塔のエリアにガードを張ってイマス。タイキ?」

「あ、うん。じゃあ待機で」


 考えてみれば塔から後方に、ミーゴナがあるわけで。

 塔に魔法防御をしておけば、国自体に魔物が近付くことは容易じゃないということが分かる。


 サーチ オベライ海上


 ガーゴイル、ハーピー、ゴブリン、レイスルーンといった名前が見えている。

 ゴブリンだけは飛べない魔物のせいか、ガーゴイルの背に複数乗っているようだ。

 

 結構な数で飛んでいて、ゴブリン以外の魔物の中には、光の杖らしき物を手にした獣も確認出来る。


「魔法感知……迎撃シマスカ?」

「えっ?」


 サーチしていたらすでに遠隔魔法攻撃をされていたらしく、ピエントの重厚装な胴体が、俺の目の前に立ち塞がっている。


「だ、大丈夫。キミは後方を頼むよ」

「ワカリマシタ」


 どうせなら魔法攻撃は全て受けておきたい。

 物理的な攻撃でなければ、危機的状況に陥らないことも学習済みだからだ。


「魔法到達カウント、サン、ニ、イチ……」


 分かりやすくカウントしてくれたが、目の前に見えていて、気づけば攻撃を受けていた。


 光のように見えた閃光の魔法は、炎と闇、そして海を利用した水魔法が合わさったものだった。


「あ、あああああ!!」


 全身隈なく攻撃が当たり、瞬間、イメージが浮かんで来る。

 

 フェゴ 属性炎 強さB 追加効果なし マッディストリーム 

 属性水 強さA 範囲攻撃


 グラビトン 属性闇 追加効果重力 個体限定 全てコピー可能


 よしよし、久々のコピー!

 それも一気に3属性も出来るなんて、もっと打ち込んで来て欲しい。


「魔法士サマ、迎撃シマスカ?」

「いや、ピエントは一切手出し無用だよ」

「手はアリマセン」

「……迎撃無用だから、援護を頼むよ」

「ワカリマシタ」


 やはりと言うべきか、魔法攻撃に対してダメージを負うことは、ほぼ無くなっているみたいだ。

 

 ザーリンが奪った絶対防御があった時は、物理的な攻撃に傷を負うことは無くなっていたが、魔法の力も抑えられていた感じがあった。


 やはり光の加護というか、あの属性は限られた者のみの力だったのだろうか。


 しかしレシスを守る光の杖も、元は魔物が守っていたと聞いているし、彼女にもいずれ害が及ぶ可能性は否定出来ない。


 まずはここの魔物を追い払って、ミーゴナを守ってから考えることにする。


「魔法士サマ、翼モタヌ魔物ガ降りマシタ。ドウシマスカ?」

「ゴブリン? そいつらはリウと騎士たちに任せる。ここで翼のある敵に攻撃を返そう!」

「ワカリマシタ」


 コピーはしたけどすぐに編集出来るわけじゃない。

 ここは俺が使える魔法で、追い払うしか無さそうだ。


 さすが魔物の群れ、それも魔法を放つタイプなだけあって、間髪入れずに次々と攻撃魔法を繰り出して来る。


 コピー済みの魔法を連続で打ち込まれても、違う魔法じゃなければコピーのしようがないけど。


 魔物たちの魔力も限度があるだろうし、それを待てば勝手に帰ってくれる、そう思っていたが甘くなかった。


『グァァッ! 何ダ、おまエ!』『ニンゲン、キエロ!!』


 知能を持つガーゴイルとハーピーたちが、俺の無傷な状態に疑念を抱き、直接攻撃に切り替えて襲う構えを見せている。


 その中で襲って来ないのは、杖を手にしているレイスルーンだけだ。


 あまり出会ったことが無い見た目をしていて、遠くから見る限りでは頭に角があり、翼を生やした人のようなものにも見える。


 意思を持つ魔物っぽく感じていて、何とも不気味な気配だ。


 そうこうしているうちに、直接攻撃範囲にまで近付かれようとしている。


「魔法士サマ、攻撃?」

「――おっと、いけない」


 ピエントは俺の指示通り、後方で支援魔法を展開していて、すぐに攻撃に転じられないようだ。


 自分で何とかするか。


 アイス・ストームを即時編集 範囲を見える範囲にまで拡大 持続時間は敵の敵対心を削ぐまで。


 名称アブソリュート・ゼロ 属性氷 凍てつきの氷 使用可能 


「こ、これでどうだ! ア、アブソリュート・ゼロ!!」


『……!! グァグァ!? ニンゲン……グ、ガ……ァ』


 賢者アースキンからコピー済みのアイス・ストームをすぐにイメージして、そのまま編集。


 名前の変化で強力な威力となったらしく、どうやら目に見える魔物たち全てに拡散され、魔物の群れのほとんどは凍ったまま海に沈んで行ったようだ。


 しかし――


『ンギィオオオオオオオオオ!!』


 な、何だ!? 奇声? というか、つんざく音が俺の頭の中に響いて来る。


 人っぽい魔物かと思いきや、錯乱攻撃系のファントムだったようだ。

 手にする杖からは、怪しくまばゆい光を放っている。


 直接光を浴びたわけでは無いのに、遠くに見える光を視界に入れただけで目まいを覚えた。

 もしかしてすでに何らかの影響を及ぼされたのか。


「魔法士サマ、ピエントヲお使いクダサイ……可動シマス」

「んっ? 使うってどういう――わっ!?」


 ドールのピエントは見姿を変え、俺の前に出てすぐに鏡のような反射板に姿を変化させた。


 そしてそのまま奇声を発している敵の眩い光を、跳ね返している。


「え、魔法を反射というか、跳ね返しをしている?」

「ハイ。アノモンスターから、魔法士サマの意識ヲ害スル魔法ヲ感知シマシタ」

「そ、そうだったのか。それじゃあピエントは、反撃タイプなんだ」

「ソウデス」


 少しして反射が効いたのか、レイスルーンは動きを止めた。


「受けたことが無い魔法を見せてくれたことだ。俺からもお返しに、ルールイの幻惑魔法を使わせてもらう!!」


 対象魔法 リップルに霧を付与


「成功確率89%……」

「フォグ・リップル!!」


 ルールイの幻惑魔法に深い霧を付与して、レイスルーンに放ってみた。


 遠目ではハッキリ見えないが、動きを止めていた敵が方向を失っているようかのような動きを見せている所を見ると、効き目があったようだ。


「範囲内、モンスター……反応アリマセン」

「うん、そうみたいだ。海に落ちてそのまま流されたか、混乱しながら逃げたかのどっちかだろうね」

「追撃シマスカ?」

「いや、後は魔法から逃れたゴブリンだけだし、ミーゴナに戻ろう! というか、どうやって戻ろう……」

「……魔法士サマ、ワタシに触れてクダサイ」

「へ?」


 ドールのピエントに触れると、新たなスキルとステータスが浮かんできた。


 ドール ピエント 反撃タイプ 命名した者に従い、能力を与える


 スキル 浮力 決まった場所に飛べる 物理防御ランクアップ

 

 古代のドールのはずなのに、浮力を持つドールとかどういう原理なのか。

 ルールイのように長く飛べないけど、ミーゴナに着ければいい。


 ◇◇


「にぅぅ!! キリが無いにぁ!」

「ちょっと、ネコ!! 襲撃した時の俊敏さは?」

「ふにぅ~……何だか調子が出ないのにぁ……エンジさまが傍にいないとやる気が出ないのにぁ」

「ネコが好きな騎士がいるのではなくて!?」

「でもでもでも、騎士たち、顔が隠れていて誰がクライスなのか分からないのにぁ」

「……アルジさまの寵愛を受けておいて、肝心な時に使えないなんて!」


 上空から聞こえて来ているのはリウとルールイの言い争いで、二人の近くにはゴブリンが近付いてもいないように見える。


 大半のゴブリンは傷をいくつか受け、半数は逃げている。

 それでも少しは残っていて、力のあるゴブリンは騎士たちと交戦中のようだ。


 ここで攻撃魔法を撃つのも可能だが、ゴブリンのステータスも気になるし、まずはリウたちの所に降りてみることにするか。

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