第42話 書記、ネコと共にお使いを頼まれる
「離せ、はーなーせー!!」
さっきまでおしとやかなお姫様だったと認識していたのに、今やただのじゃじゃ馬なお子様になっている。
「エンジさまに痛い目を合わせるなんて、ヒドいにぁ!」
「腕をつねっただけで痛がるなんて、さすが書記なんだな! ネコを連れ歩くなんて、書記にお似合いだー!」
「と、とにかく暴れないで欲しいかな。きっと興奮状態が抜けないままだと思うし、魔物に出会ったショックは少なからず悪影響があるはずで……」
「エンジさま、リウが相手をしているにぁ」
「そ、そう? じゃあ俺は騎士たちと話をして来るよ」
書記としての知識でもあり、魔法とあらゆるスキルをコピーしてから魔法の影響力に気付くようになった。
幼き姫は攻撃性では無いものの、鳥人族の風魔法を全身に浴びて空に浮いてしまった。
それは何らかの影響があると踏んでいる。
シャルと名乗る姫に触れて分かったのは、魔法耐性が無いことだ。
魔法を使える人間だとしても、耐性があるとは限らない。
そんな人間が浴びることのない魔法を受ければ、多少の悪影響を帯びるのは明白だ。
「書記エンジどの。我らが不甲斐ないばかりに、すまぬ」
「いえ、鳥人族の不意打ちだったでしょうから仕方ないかと」
暴れまくる姫とは対照的に、二人の騎士は素直に謝罪と礼をして来た。
さすがに目の前で助けられれば、どちらが正しいか判断も付くだろう。
「我らは他国から本国に戻る道中だったのだが、姫様のアクセサリーに注意を払わずに、失態を……」
「その宝石類は、もしかして属性石ですか?」
「む? 何故分かった? 姫様は見ての通りまだ幼い。それ故、我らの護りだけでは足りぬと王が求めたのが、属性石というわけだ」
「それをどこで?」
「うむ。ゲレイド新国だな。そこで手に入れたものだ」
「近くのゲンマでも手に入るのでは?」
「あそこは国でも無く、交流を持たぬ都市だ。少なくとも、他国の王だろうと関係なく受け入れないだろうな」
こういうところにこだわるのも、頭の固い騎士というべきか。
それにしてもゲンマ以外で属性石が手に入るなんて、実は結構流通している?
「そのゲレイド新国は属性石が手に入る国ですか?」
「いや、属性の獣を討伐して作り出したらしい」
「討伐!? 属性の獣を?」
「ふむ、光り輝く獣だと聞いたぞ。詳しくは分からぬが、獣から得た石で作ったらしい」
「そ、そんなバカな……」
光の獣といえば、ログナに戻ってから探しに行こうとしていた獣だ。
それが討伐された!?
一体どうなっているんだ……。
『クライス! アルガス! 何をグズグズしている~! 早く早く、ボクを連れて行け!』
リウを見ると、相手をするのに疲れ果てた様子を見せている。
人間とかに関係なく、子供の相手をするのは苦手なのか。
「そ、そういうわけだ。エンジよ、シャル姫を守りながらまずは海港村に向かわねばならぬ。そこから船で本国に向かうのだが、一緒に来てくれぬか?」
「え、国に?」
「私からも頼む。クライス同様、私もお主に助けられた。シャル姫も今はああだが、本国に着けば大人しくなってくれる。そこで礼を遇したい」
似た格好をしている騎士二人は区別がつかないが、国に入れば、素顔でも見せながら話を聞かせてくれるかもしれない。
それにリウの思い出があるミーゴナなら、悪い感じはしない。
「では、まずは海港村へ行きましょう。俺はリウ……ネコ族の彼女が行きたがっていた海港村に行くつもりでしたから」
「ネコ族? ネコが海港村か。ふむ……」
「何か?」
「いや、見覚えがある気がしてな……とにかく、エンジには礼がある。すぐにでも手配をしよう」
「そういうことなら……」
リウとのどかな海港村に行くつもりが、国の関係者と知り合ってしまった。
光の獣と属性石のことも気になるし、まずはそれを聞いてみるか。
「リウ、もうすぐ着くから一緒にいいかい?」
「はいにぁ!」
「それと、ミーゴナ本国にも行くことになるけど、大丈夫かな?」
「エンジさまのお傍についているにぁ」
村に近づいているせいか、反対することも無く、リウは嬉しさを全面的に出している。
魚の紋様、それにリウがかよっていた村……か。
色々分からないことだらけだけど、新たな魔法を覚えられそうな予感もあるし、楽しみだ。
『早くしろ、書記! ボサッとしてないで、歩け!』
「あーはいはい。お姫様の仰せの通り」
「二番目の姫って偉いのかにぁ?」
そういや、二番目に偉いとか言ってたような。
王がいる国に出会ったことは無いだけに不安はあるが、話が通じる相手だといいな。
光の獣からの光の属性石……ザーリンの言っていた通り、良くないことが起こる可能性もある。
まずは村、それから決めよう。
「たっのしみにぁ~」
「俺も嬉しいよ。リウが楽しそうにしているからね」
「みんな、いい人だったのにぁ! エンジさまにならきっと、きっと~」
こんなにも嬉しそうにしているリウもいるし、他国と関わるのはよく考えなければ――
「やっと着いたにぁ!」
「本当だね。ゲンマからそんなに遠くなかったけど、交流が無いから遠く感じるってことかな」
リウが来たがっていたミーゴナ村に、ようやくたどり着くことが出来た。
前面に船着場と海が見える他は、数軒の家がちらほらと建っているだけの小さな村だ。
船に乗って本国ということは、村自体はあくまでも国の入り口というより、通過点に過ぎないのかもしれないくらい、人の数は多くない。
「エンジさま、こっちこっちにぁ」
「うん?」
「奥のお家が、リウがおさかなを届けに行っていたお家にぅ」
「そっか。それは楽しみだね」
「にぅ」
嬉しそうな顔とピンと立った耳で、リウと一緒に奥の家に進もうとすると、後方から声がかかった。
「エンジよ、少し待ってくれぬか!」
「え、な、何です?」
「いや、失礼した。顔を見せねば分からぬよな。俺はクライスなんだが、顔を出すから少し待て」
騎士二人とシャル姫はすぐ近くの船着場で船を待っていて、その内の一人、クライスだけが気付いて声をかけて来たようだ。
分厚そうなマスクを外してまで、顔を見せるのはどういうことなのだろうか。
「にぁ? にぁにぁ!? お兄さん!」
「え? お兄さん?」
どうやらリウの会いたがっていた人は、素顔を見せた騎士クライスのようだ。
銀色の長髪を見せる好青年は、リウを優しく見つめている。
「やはりそうか! ネコが魚を定期的に届けに来てくれていたのだが、あそこに見える家を
「にぁぁぁ! お兄さんがそうなのにぁ!! 嬉しいにぁ」
騎士になって村から去っていったのが、騎士クライスというわけか。
何にしても、リウが嬉しそうにしていて良かった。
きちんと助けていて正解だったな。
「ふんふん?」
「うむ。この村は住んでいなくてな、ほとんどの者は本国に移ってしまったんだよ」
「そうだったのにぁ~……お姉さんは?」
「もちろん、一緒だぞ。だが体の調子が良く無くてね。それもあって、光の属性石を手に入れに行っていたわけなんだ」
「むむっ……光の属性石にはそんな効果があるにぅ~?」
「確証は無いが、光は癒しの効果が強いと聞いている。石をアレにかざせば、良くなるのではないかとな」
話にまるで入っていけなく、すぐ傍で聞いているだけだが、光の獣から無理やり作り出した属性石だとすれば、良くないことが起きそうな気がする。
「エンジさまに聞いてみるかにぁ?」
「ふむ……エンジどのなら分かるやもしれぬな。本国に戻ってから、正式にクエストを依頼するとしよう」
「エンジさまならきっと何とか出来るのにぁ! 安心していいにぁ」
「ありがとな、リウちゃん」
「にぁん!」
どうやら何かの相談がまとまったらしい。
リウが会いたがっていたのがまさかの騎士で、村に住んでいた人だったのも、何かの運命なのか。
『遅いぞー! 全く、ネコと書記に素顔を出すとはどういうことだー!』
「申し訳ございませぬ……ですが、ネコのリウは昔から知っている
第二の幼き姫とはいえ相当大事にされているのか、騎士は頭を下げ続けている。
そんな国に行って何をやらされるのか気になる所だが、光の属性石のことが妙に気になるし、リウの思い出の人間のことも、何とかしなければならない気がする。
「にぅ……エンジさま」
「もちろん、行くよ。何か嫌な気配を感じるからね」
「リウはエンジさまのように、そこまで分からないにぅ……でもでも、あの宝石からは悪いピカピカを感じるのにぁ……」
属性石といっても、本来はゲンマのように、鉱山で掘られた宝石から作り出すのが純正品のはず。
しかしシャル姫が身に付けている光の宝石からは、光とは名ばかりの禍々しい気配を感じる。
狙いが何なのかは分からないが、ゲレイド新国が作り出した属性石で侵略を企んでいる可能性は否めない。
海港村から船に乗ってすぐに、ミーゴナ本国の船着場に着いた。
騎士二人に付き添われながらも、シャル姫は周りを見ることなく、正面に見える城に入って行く。
「すまぬな。幼さ故、外と内では態度も何もかもが違う姫なのだ。国内では城から出ることのない子供に過ぎぬ。礼も言わずに申し訳ない」
「いえ、仕方ないかと」
「クライスよ、俺は先に戻る。お前はエンジどのと先に戻り、ギルドで依頼を受けてもらえ」
「すまんな、アルガス」
そう言うとアルガスという騎士は、シャル姫の後を追って城の中へと入って行った。
「さて、エンジどのとリウは、先にギルドに来てくれないか? 頼みたいことがある」
「ギルドですか? ということはクエスト……」
「リウはエンジさまに付いて行くにぁ」
「お使いを頼まれてくれないか?」
「まぁ、いいですけど……奥さんの病に関係でも?」
「あぁ……」
単なる国案内にならないと思っていたが、やはりこうなるのか。
ミーゴナの城は正面にそびえ立ち、城にばかり気を取られていて周りを見られなかった。
しかし、クライスについて歩きながら周りを見回してみると、船着場から海を背に守るようにして家が建っていて、ここがいかに海を重要視しているか分かる光景だ。
案内されたギルドには冒険者ではなく、国の漁師か騎士しか見られない。
「もしかして、この国って……」
「あぁ、そうだ。冒険者は訪れない国だ。もちろん交流を持たぬ国ではあるが、冒険よりも漁をすることこそが国の使命なのだ。だが、エンジどのならば出来そうな予感がしたからこそ、頼みたくなったというわけだ」
「魔法を使って、クエストをこなして欲しい……と?」
「その通りだ」
「き、聞きましょう」
光の属性石、そしてクライスの奥さんの病……。
クエストとして何が出来るのか、やってみるしかなさそうだ。
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