第41話 書記、ネコと海港村へ

 ログナに戻るため森に向かおうとすると、珍しくリウが何かを言いたそうにしながら、モジモジしている。


 リウはどこに行くにしても素早くて、俺に何かを言うことは今まで無かったが、一体何だろうか。


「リウ? 何かな」

「エンジさま……リウ、行きたい所がありますですにぁ」

「改まってどうしたの? いいよ、かしこまらなくても。どこに行きたい?」

「ミーゴナ海港村に行きたいにぅ……」

「海港村? そこに何があるの?」

「にぅ……リウ、そこにかよっていたのにぁ」

「かよって……? ふむ、そっか。じゃあそこに行こうか」

「で、でもでもログナに戻らないと駄目なのにぁ……」


 ログナでは賢者アースキンが上手くやってくれているだろうし、手土産を渡すついでに様子でも見ようと思っていた。


 たとえ俺がいなくても、賢者の実力もそれなりだし、守りに関しては問題も心配も必要ないはず。


 ここは滅多にわがままを言わないリウの言うことを、聞くことにする。


「いや、リウが行きたそうにしてるなんて珍しいからね。行くよ」

「にぁぅ~……ありがとにぁぁ……エンジさま、大好き!」

「――っと、俺もだよ」


 よほど嬉しかったのか、リウはパタパタと尻尾を振りながら、俺の胸元に飛び込んで来た。

 耳はピンと立ったり垂れたりを繰り返しているが、触り心地は中々のものだ。


「フェンダーは属性石を全て渡す」

「ザーリンに?」

「そう。あなたが持ち続けていると、使いかねない」

「いや~たとえ危ないことが起きても、属性石を使ってどうこうは無いんじゃないかな?」

「とにかく渡す」


 これから行く先でそんな場面に遭遇することが分かっているのか、ザーリンの口調は厳しめだ。


「アルジさま、わたくしはネコに付いて行くことを、拒否しますわ!」

「ええ? な、何で?」

「み、水は苦手なのですわ……何度も言いますけれど、濡れますのよ?」

「あー……」


 別に海に入るわけでも無ければ、海辺に近づくとも限らない。

 しかしコウモリが海というか水を苦手とするのを、無理に連れて行くのも厳しいか。


「ザーリンには来て欲しい所だけど、ルールイと一緒に――」

「戻る。だから属性石を受け取った。だから、リウと行く先で覚えて来る。分かった?」

「は、はは……そ、そういうことか。じゃあ頼むよ」

「アルジさまのお帰りをお待ちしておりますわ!」

「戻らなくても迎えに行くから、待ってて」

「――はぁんっ! そ、そのお言葉、お約束とさせて頂きますわ!」


 身悶えるルールイを気にせずに、スタスタと歩き出すザーリンは相変わらずのようだ。


 ザーリンはあれでいて、俺とリウだけの行動を信用しているらしく、その辺りを感情で出さないのも彼女らしいといえばらしい。


「エンジさまと二人だけにぁん!」

「うん、よろしく」

「むふふ……何だかんだで、ザーリンは優しいにぁ」

「本当だね。リウのことを頼っているんだろうね」

「ふんふんふん~」


 フェアリーの彼女が何を考えているかは未だに分からないが、獣や味方が増えつつある中で、最初に出会ったリウには揺るぎのない信頼を置いているのかもしれない。


「ところで、そのミーゴナって村は遠いの?」

「歩いて行ける距離ですにぁ! コウモリが嫌がるほど水は多くないのにぁ」

「ん? でも海港村かいこうそんってことは、人間が多いよね? リウはそこにいたのかい?」

「おさかなを届けに通っていたのにぁ。そこにいる人間たちに、悪い感じは受けなかったにぅ」

「……ふむ、なるほどね。それほど規模の大きい海港村では無いってことなのかな」


 リウが行きたい場所なら、そんなに危険なことは無さそうだ。

 付いて行くのはもちろんだが、自分でもサーチして確かめておく。


 この辺りがゲンマの森で、えーと……何だ、意外と近くに海があったんだ。


「リウ、おさかなを届けに行っていた人たちに、お礼を言いたいのにぁ」

「そっか、それは会いに行きたいよね。俺に出会う前に、優しくしてくれた人間たちがいたことが分かったのは、嬉しいことだよ」

「にぅ」


 そういうことか。

 初めて会った時も、そこまで人間嫌いを出していたわけじゃなかったし、いい思い出があっての出会いだったということなんだ。


「むむっ……エンジさま、感じていますかにぁ?」

「うん?」

「この先で沢山気配を感じますにぁ」


 一度サーチで範囲を確かめた後は、基本的に先を歩くリウに任せながら進んでいる。

 それもあって危険な気配に関しては、リウが教えてくれることが多い。


 一応察知スキルは覚えているが、やはりリウの狩人スキルの方が、頼りになるみたいだ。


「魔物と人間が数人……交戦中か」

「エンジさま、助けますかにぁ?」

「一本道の先に海港村があるんなら、見過ごすわけにはいかないかな。様子を見ながら、近付こう」

「あい」


 物理攻撃と素早さはリウに任せ、俺は魔法で展開する。

 これが二人だけで行動している時の、最適な行動だ。


「リウは魔物の背後に回りますにぁ。エンジさまは人間たちの近くに!」

「そうするよ。それじゃ、行こう」

「にぁ!」


 出会ったことが無い魔物なのか、そして襲われている人間たちは村の人たちなのか、俺は気付かれないように、ゆっくりと近づいた。


 リウの察知通り、一本道をゆっくりと進んでみると、絹をふんだんに使った白生地の外套を着ている小柄な女性と、近衛騎士らしき男が二人ほど立っていて、くちばしの鋭い鳥人族に囲まれているようだ。


 男たちは淡い色のホーバークを着込んでいて、アイアンの盾を装備している。

 国の紋様は見えないが、恐らくどこかの国から来ている連中だろう。


 回復士を守る騎士……なわけはないか。

 とにかく様子を見ながら、魔物の気を引いてみるしかないな。


 気取られないように近づくと、声が聞こえて来る。


「人……に見えるが、鳥人族といったところか。何故我らを狙う?」

「ギャ、ギャ……人間にキョーミ無い。耳、首、付いているモノを寄こせ!」

「ふ、やはりそうか。獣もそうだが、飛ぶモノどもは光るものが好きらしいからな。だがこの方が身に付けているモノは、そう易々とくれてやるわけにはいかぬな」

「ギャギャギャ、なら奪う!!」


 鳥人族の言う通り、女性の耳や手首、首回りにかけてふんだんに散りばめられた宝石が光り輝いている。

 宝石を身に付けている女性を守っているということは、姫か王女といったところだろうか。

 

「ぐあっ――! ちぃっ、魔法を使うのか……!?」

「く、風圧で盾を持ってられない! どうすればいいんだ」


 魔法で何とかしなくても良さそうだなんて思っていたら、二人の騎士は鳥人族が起こした風で苦戦していた。


 見た感じは鳥の翼だけで起こした風に見えるが、魔力の流れを感じ取れたので、風魔法として圧を与えているに違いない。


 それが分かれば、魔法で何とか出来そうだ。


『きゃぁっ――!?』


 呑気に思っていたら、風圧によって女性が飛ばされていた。

 上空にはそれを狙っていたかのように、複数の鳥人族が待ち構えている。


 これはまずい。

 騎士の方は耐えてもらうとして、女性の方を何とかしないと。


「ギャッ!? な、何ダ?」

「フゥーー! エンジさまの邪魔はさせないにぁ!!」


 いつ出て来るかと思っていたリウが、空にいる鳥人族らを次々と地上に落としまくっている。

 

 リウの素早い攻撃で敵の翼には鋭い爪痕がつけられ、空に浮く力を削がれたのか、力無く地面に落ちて行く。


 俺はその隙にゲンマで使った風魔法の応用で、飛ばされた女性を浮かしたまま、ゆっくりと俺の元に降ろした。


 女性はどうやら気を失っているみたいなので、とりあえずこのまま様子を見ることにした。


 上空からの風圧に耐えながら手も足も出すことが出来なかった騎士たちも、真空の衝撃でしばらく立ち上がれないらしいし、彼らが回復するまで大人しくしていよう。


 しばらくしてリウが俺の所に戻って来た所で、女性は目を覚ました。


「――ど、どなたです?」


 抱えた感じでは小柄な女性と思っていたが、声を聞く限り少女のようだ。


「ど、どうも。俺は通りすがりの書記です」

「書記……? そ、そこにいる獣は……」

「獣じゃないにぁ! リウはリウなのにぁ!!」

「き、騎士たちは?」

「騎士ならそこで寝てますよ」

「……あなたが?」

「いえ、俺は風であなたを――」

「は、はな、放しなさい!!」

「い、痛っ、いたた……」


 もしや誤解をされてる?


 腕で彼女を支えているのに、その腕をつねりながら暴れ出した。


 どこかの姫っぽいが、人の話を聞かない系なのか、腕の上でバタバタと無理やり足を下ろそうとしている。


「むぅ~エンジさまに抱きかかえられている分際で、生意気なのにぁ!」

「いや、仕方ないよ。鳥の姿を見ることなく飛ばされているし、鳥も逃げてしまったしね」

「でもでも、リウならエンジさまにずっと抱きかかえられていたいのに~」

「とにかくリウのおかげで敵を追い払えたし、騎士の回復を待ってから海港村に行こうか」

「あい!」

「ど、どこへ連れて行くというのですか! 無礼な真似は許さない! 放しなさい……放せ、放せーー!」


 ――と、何やら素の部分が出て来たようなので、彼女をすぐ傍に立たせた。


「すぐ近くの海港村に行きます。俺とリウは、そこに行きたいだけでこれ以上の迷惑はかけませんので、そこまでお付き合い頂けますか?」


「お前が? ボクをどうするつもりか分からないけど、こ、これでもくらえー!」

「わぷっ!?」


 レムレース 幻惑魔法 対象に幻を見せ、一時的に動きを封じる 

 持続時間は短い 


 立たせた彼女が出して来たのは煙のようなもので、一応魔法のようだ。

 目くらまし程度かと思っていたら、コピーした限りでは何かに使えそうな気が、しないでもない。


「魔法が使えるんだね。キミはどこかの姫? それとも……」

「き、効いてないのか? 何だよー書記って嘘なのかー!」

「嘘じゃないんだけどな」

「ボ、ボクの外套を見ても分からないなんて、お前、外に出ない書記なんだな?」

「外套を?」


 じっくり見ていなかったが、じっと見てみても俺には分からなかった。

 魚の形に見える紋様が縫われているだけで、珍しいようには見えない。


「うーん?」

「何で分からないんだよ。ボクはシャル! アルシャール・ミーゴナ! 国で二番目に偉いんだぞ」


 ミーゴナって、これから行く海港村の名前?


「リウ。ミーゴナ海港村……というか、ミーゴナって国だったりする?」

「ふにぁ? リウ、分からないにぅ……おさかなを届けに行っていただけなのにぁ」

「うん、ありがとう」


 小さな村のお使いだとばかり思っていたのに、国の玄関口とかなのか。


 幻惑魔法をコピー出来たのはいいとして、何だか面倒なことになりそうな気がしないでもない。

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