第37話 書記、属性獣に好かれて守護を得る

 リウやザーリンたちと別行動となり、一人で動くことになった時点で、何となく予感があった。


 かの者を追い込んだのは間違いなく俺であり、いつかどこかでまた出遭う……きっとそういう悪い流れを作ってしまったのだと思っていた。


 そしてその者を探させるために、レシスを行かせたはずなのに――


『何故……?』


 勇者と言っていいのか分からないほど、ラフナンは変わり果てた姿で俺の前に現れた。

 しかも一緒に行動をしている者と共に。


 そんな彼らには、疑問の言葉しか浮かばなかった。


「何故かって? 落ちこぼれ書記が生意気に魔法を学び、使うようになったのは誰のおかげだ?」

「それはもちろん、ラフナン様のおかげでしょうね」


『キミは、タルブックの……何故ここにいて、彼といるんだ?』


「我が湖上国家をおびやかし、護られていた数々の魔法をも奪った害悪の書記が、戯れ言をほざく……」

「やはりそうなるだろうと思っていた。俺はギルドで確信していた! だからこそ、追放してやったのに……! 所詮まがい物の魔法使いは、奪わなければ強いと感じることが出来ないのだろうなぁ? なぁ、書記のエンジ!!」


 アースキンが言っていたのを少しでも信じれば、かつての勇者はこうでは無く、正義感溢れる優しき青年だったということらしい。


 本当なのかと疑うしかないくらいに、悪心に満ちた言葉を放って来る。


 勇者の悪心を増幅させるかのように、傍につき従う魔法兵のサランも、俺を睨みながらラフナンに言葉を囁き続けている。


 たとえ多勢だろうと、強力魔法であろうとも、ラフナンたちに負けることは無い。

 それなのに、何か嫌な空気が全身にまとわりつく。


 ラフナンは魔法を使えず、今までは援軍の魔法士や召喚士たちを使って襲って来ていた。

 しかし新たに手を組んだのは、行方を追わずにいたタルブックの魔法兵、サランだ。


 二人に共通しているのは、魔法耐性が低く、物理耐性に強いこと。

 それなら俺は魔法で彼らをここから追い出し、反省をしてもらうしか無いという考えになる。


 だけど村を襲って来ているという時点で、その程度の攻撃では済まされないというのも確かだ。


「くく、ははははっ! 俺を追放したつもりだろうが、俺は認められた勇者! 書記のまがい物魔法程度で、いなくなると思ったら大間違いなんだよ!!」


「追放したつもりは無い。俺はそこまで憎まれることをしていないのに、何があんたを変えたっていうんだ? レシスのことだって――」


「憎い……だって? はーはははは! レシスは俺が拾った役立たずの回復士だ。レシスを勝手に奪っておいて、憎まれないとでも思ったのか? いいや、憎いというよりも、書記ごときがログナにいたことこそが、俺を憤らせた! ただそれだけに過ぎない!!」

「フフフ……そう、その通りです……勇者さま」


 にわかには信じ難いが、かつて組んでいた賢者が知る正しき勇者の姿は、すでに消えている。

 今はただ、憎しみの連鎖を繰り返すだけの者に過ぎない。


 さて、どうするべきか。


 今までにコピーと編集を繰り返して来た魔法を使ったとしても、成長途中のせいか、致命傷を負わせる感覚は得られていない。


 召喚士本体からコピー出来たスキルも、まだティアマトだけにとどまっている。


 ザーリンが言うには、召喚を意のままに放つには数をこなすことらしいが、召喚は特殊魔法なだけに使い勝手はまだ良くない。


 出来れば敵を殺めずに、懲らしめて変える強さを自分でコントロールしたい。


「――どこを見ていやがる!! エンジィィ――!」


 ハッ……!?

 

 気づいたら、ラフナンから攻撃を受けていた。

 もちろんダメージは感じられないが、サランが何かを支援したのか、ラフナンの剣から焦熱の気配を感じる。


「無様に熔けろよ、書記ィィ……!!」


 剣に魔法を宿した魔法剣かと思ったが、向かって来るラフナンは、魔法のたぐいを使いこなすスキルは有していないはず。


 しかし剣から感じられる熱は、魔法兵による禁呪魔法を帯びたとしか考えられないほど、おびただしい畏怖を感じる。


 絶対防御をまとう俺には、畏怖を感じていても相手の攻撃に怯える必要は無い。

 それなのに、何故か嫌な感じがついて離れないでいる。


「サランーー!! さっさと下せ!」

「仰せのままに……フフフ」


 空に手を掲げたサランからは、曇天を呼び、不自然なまでの雷を起こしている。

 その狙いは俺では無く、無関係な村であるグロムに向けようとしていた。


 やむを得ない……村の人を困らせるわけにはいかないと思っていたら、俺に喰いかかっていたラフナンの全身に、毒魔法を発動させていた。


「ぐああああ!? エ、エンジィィ……がぁぁあ――」


 ラフナンの動きを封じると同時に、村に狙いを定めていたサランの雷を俺に向けさせ、彼女の全身に強力なホールドをかけた。


「ざまあみやがれ、雑魚書記がーー!! てめえなんぞが村を守ろうとするから、そんな目に遭うんだよ、クソがぁーー!! いい気味だ……ぐあぅっ、くそが……」


「ラフナン様っっ!!」


 タルブック禁呪魔法 ジャッジスパーク 属性雷 罪を感じる者を裁く効果


 なるほど……俺のせいで村に何かあったとしたら、罪悪感が生まれるからそれを狙ったのか。

 あまり効果的な魔法になりそうにないし、編集をするしかないな。


 編集 ジャッジスパーク 不可


 あれ? 編集出来ない?


 ラフナンとサランの動きを封じながら、雷を浴びている最中こそがチャンスなのに――。


 まさか編集することを拒まれるなんて、純粋な魔法じゃないからなのか。


 サランの雷魔法は罪裁きの意味を持つらしく、ダメージこそ無いが見えない力で裁かれていて、コピースキルに何らかのかせがかけられた可能性がある。


 しかし仕掛けたサランと指示したラフナンは、魔法にどんな効果があるのかよりも、俺を消し去ることだけに夢中になっているだけのようだ。


「へっ! ざまーねえな!! 所詮落ちこぼれ……あん? 何だぁ? 何でこんなとこにガキがいやがる……」

「勇者様、アレは書記の足掻き……幻ですわ。このまま毒に耐え、封じられの間を耐え凌げば幻も書記も、完全に消えることでしょう」

「何だ驚かしやがる。そうか、幻か! 早く消えやがれ! 毒も拘束魔法もウザすぎるし、無駄なことだ。こんな程度で許してもらおうとしていたんだろうが、そんな簡単に事を済ませ――うっ!?」


 ラフナンとサランの声こそ聞こえて来ているものの、どうやらサランの魔法はダメージ魔法では無く、行動不能魔法のようだ。


 罪裁きこそされないが、このままではラフナンたちの方が先に回復して、村を襲いかねない。


 しかも聞き間違いなのか分からないが、村にいた小さな女の子が近くに来ているようだ。

 どうすればいいのか……痛みは無いのに、動きを封じられた上に視界も遮られるなんて。


『怖いかお、ひと、ひと。悪い人、人間……ふたり、裁く』


「よ、止せ、やめろ!!」

「勇者様っ……! お逃げくださ――」


 ラフナンとサランの叫び声が聞こえて来たと思ったら、すぐ後にすがる声が響いている。


「お、俺が悪かったから、だから、だからやめてください、どうか、どうか――」

「勇者さまぁぁぁ――!!」


 それらをかき消すような轟音ごうおんが、俺を含めた辺り一帯に落ちたようだ。


 つんざきの音で雑音は全く聞こえなくなり、ラフナンたちがどうなったのかも分からない。

 目の前が全く見えないが、村に近づく前に感じていた痺れが、全身に帯びて来ている気がする。


 それと同時に、かけられていた枷が取れたようで、イメージが自然と浮かんで来た。


 レビン 属性獣 雷ランクB ジャッジスパークを相殺 認めた者の成長を促進させる


 これは――魔法とかじゃなくて、守護魔法?

 コピーは出来たけど、攻撃的な魔法として使えるものでは無いように思える。


「うーん……」

「おきて、起きて。男の子」

「ううーん? え、男の子?」


 コピーをした直後にいつの間にか意識を落とした俺だったが、女の子の声によって目を覚ますことが出来た。


 地面に横たわっている俺の目に映っているのは、村で声をかけて来た小さな女の子だ。


「レビンの山を守った。悪い雷を代わりに受けた……レビンは男の子、護る、護る」

「え、あ……」


 恐らく目の前に見えている女の子が、雷属性の守護獣なのだろうと、何となく分かった。

 そしてこの子が空から落とした本当の雷魔法で、俺を含めた一帯の人間に、何らかの力を注いだに違いない。


 ラフナンとサランの姿が消えているのが、何よりの証拠だ。

 

 消滅させたというわけでは無さそうだが、あのラフナンに弱音を吐かせるくらいの雷を浴びせたのは、間違いない。


「レビン……キミは守護獣?」

「山と村、大地を護る。男の子も護る」

「それって、俺のこと?」


 レビンと名乗る、見た目が明らかに小さな女の子は、静かに頷いた。

 どうやら守護獣に気に入られてしまったらしい。


 それにしてもコウモリのルールイといい、今は攻撃的な魔法コピーではなく、防御的な成長段階なのだろうか。


 グロム村の村長の言った通り、確かに天からの光で合っているとはいえ、気付かれずに村の中にいるとは思ってもいないことだろう。


「男の子、まだ、まだ覚える。またグロムに来るといい」

「そ、そうするよ。と、ところで、あの二人はどこに行ったのかな?」

「また戻る……戻るまで、眠る」

「どこかで眠っている……のかな。そ、それなら、うん……」


 魔法兵のサランは分からないが、ラフナンの弱い面が表れたのは、いい傾向なのかもしれないな。


「と、ところで、レビンは俺の仲間に――あれ? いない……」


 属性の守護獣から得られた魔法は、どうやら今後の成長を促す類みたいで、攻撃魔法として編集することは出来なかった。

 もし他の地にも属性獣がいるとしたら、助けとなるような魔法をコピー出来るのだろうか。


 俺の目的は魔法を使って自分が強くなることはもちろんだが、敵であってもむやみに傷つけることじゃない。

 コピーをしまくれば強くなるのは何となく分かるし、怖れを抱かれる存在となる可能性も否定出来ないが、それでは極めることなど出来ないだろう。


 今回はひとまず守護を得ることが出来た。

 今後もサランやラフナンのように、悪心を持つ連中が増えないとも限らない。


 ザーリンの言葉をもらって、次のスキルアップを図るように進むしかなさそうだ。

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