第36話 書記、神の恵みと悪意の光に出遭う

 俺のことを探しまくっていたリウは、俺の姿を目視で見つけた途端に耳をへたらせ、泣きじゃくってしまった。


「ヒドイにぁ~ヒドイにぁ~~」

「ご、ごめんよ、リウ」


 甘えん坊さんなリウは、ここぞとばかりに抱きつきながらスリスリと、全身ごと密着して来る。


「……でもでも、エンジさまがご無事で何よりの……! ――ウゥゥ……フゥー!!」

「あっ……」

「なんにぁ!! このコウモリはまだいるのにぁ!! シッシッ!」

「リウ、あのね……この子は」


 俺の後ろに隠れていた、というより上空を飛んでいたルールイが、完全な人の姿に変わっていて、知らぬ間にリウのことを覗いていたようだ。


 本来なら紹介をするのが先なのに、リウの動きの方が素早かった。


「わたくし、コウモリ族のルールイがアルジさまの翼となりましたの。ネコさまも、妖精さまもよろしくお願いいたしますわね」


 穴の中にいた彼女は終始寝そべっていて、全身を見ることが無かった。

 

 ここで初めて自己紹介をする彼女は、くねくねと体を揺らし妖艶漂わせていて、何とも言えない気分になる。


「にぅぅ……気に入らないにぁ」

「珍しく、気が合った」


 フェアリーであるザーリンは、俺が見えない時は小さな虫程度になっているらしく、穴にいた時もすぐ傍に潜んでいたらしい。


 ルールイの音波を編集可能にしたのも、ザーリンのおかげだった。


 しかし本当にどういうわけか、人間では無く獣寄り……そして今は翼のあるモノたちが味方になっているのは何故なのか。


 それが悪いというわけでも無く、変態賢者……アースキンのように、愛だとかどうとかを唱えているわけではないのだが。


「フェンダーが望めばついてくる。強く望んでない限り、国の為にとついて来るとは限らない」

「それって、俺が希望すれば人間たちが仲間になるってこと?」

「そう」

「でもまぁ、欲しいのは魔法だしな~……もちろん、国を作るのは人というか仲間の力が必要なんだけど」

「つまり、そういうことになる」


 ルールイに連れ去られる前に遭遇したどこかの国同士の争い。

 あそこにもしレシスがいたら、彼女は止めに行っていたかもしれないし、俺もそれに続いていた。


 そういう意味では、俺の考えは人間寄りでは無くなっている。

 もちろん争いの最中に出て行った所で、徳を積んでいたのかは分からない。


「あなたは深く考えない方がいい」

「そ、そうするよ」


 導きのフェアリーは、人間を嫌っているわけではなく、レシスを警戒している。

 今はまさに、そのレシスが離れた状態だからこそ、ザーリンも素直になっているかもしれない。


「アルジさまはこの先にいる気配が、分かるとおっしゃっていたかしら?」

「うん、大体は」

「ですけれど、町や村などハッキリとは分からないのでしょう?」

「まぁ、うん……さすがにそこまではね」

「それでしたら、早速わたくしが先に見て来て差し上げますわ!」

「――待っ」


 翼を持つ彼女は引きとめる声を聞かずに、さっさと飛んで行ってしまった。


 役に立とうとしているのはありがたいけど、俺もリウも結構な範囲の気配を探れるだけに、慎重に行って欲しいと思っている。


「と、飛べるからってアレは何なのにぁ!!」

「ま、まぁまぁまぁ……」

「……」


 リウは直情的、ザーリンは関せず。

 結果的に国と成り立たせる味方を得られれば、それでいいらしい。


『アルジさまー! この先にちっぽけな人間の村がありますわー!!』


 いや、言葉が悪すぎるだろ。


 バサバサと音をわざと立てながら、彼女は上空から派手に降りて来た。

 そのまま俺の背後に立って、抱きつくように両腕を回して来る。


「何かご褒美は頂けませんの?」

「……それを求めるつもりなら、君は――」

「フフッ、冗談ですわ。とにかく、村がありますわ。ですけれど、何か不穏な空気を感じましたので、真っ先に戻って来ましたわ」

「不穏な? もしかして何かに襲われている?」

「そういうことでは無く……」


 あまり気にしても仕方が無いので、そのまま村に向かって歩き続けた。

 少しして、リウが体に異変を感じ始めている。


「し、しびしびしび……はにぁ」

「んん? どうしたの、リウ?」

「へ、変なのにぁ……耳も尻尾も痺れている気がするのにぁ」


 リウはネコ族であり、モフっとした毛があるからこそ、敏感に感じ取っているようだ。

 残りの二人、特にルールイは話しかけて来る時以外は上空にいるし、ザーリンは口すらも開かないので原因すら掴めない。


「うっ? た、確かに何となく痺れみたいな感じになって来ているような?」

「はぎぁぁ……リウはこれ以上、近付きたくないのにぁ」

「ううーん、これは雷? そういえば雷は、まだ経験してない気がする」


 コピーするにしても、オリジナルがどんなものなのかも見極めないといけない。

 だとしても、リウには厳しそうだ。


「……コウモリにも厳しいと思う。フェンダーが一人で行くべき」

「え? 一人で? 君も厳しいの?」

「全然」

「だったら、ザーリンも一緒に」

「駄目。ネコとコウモリのことを誰が見る?」

「あぁ~……お願いするよ」

「そうする。フェンダーは人間の言葉をよく聞いて、学んでから得て」


 またしても答えをはぐらかされた気がする。

 村の入り口が見えて来ている時点では、何かが起こっているようには見えない。


 しかし彼女たち、特にリウには、とても厳しそうな気配を感じる。


 こういう時にレシスが……なんて言ってられないので、リウたちをザーリンに任せて、俺だけ村に向かうことにした。


 痺れを微妙に感じながら、俺は村へと足を踏み入れた。

 ルールイが言っていたような不穏な空気は感じられず、村人たちに変わった様子は見られない。


 心なしか一部の村人たちの表情は、何かに期待したような高揚感に満ちている。 

 気になって見つめていると……


『お前さん、旅の冒険者か?』


 ――と、さすがに気付かれて声をかけられた。


 声をかけて来たのは、他の村人よりも身なりを整え、風格を漂わせた初老の男性だ。

 見ると広い面積の畑を耕そうとしていたみたいで、俺の視線に気付いて手を止めたらしい。


 この場で周りを見回すと、他には農作業中の女性や近くで手伝いをしている小さな子供の姿こそ見えるが、俺以外で男性を見ないし、村長のようだ。


「そ、そうです! すみません、手を止めさせてしまって」


『そうかい、それじゃあ天に気を付けなされ』


「て、天?」


 よくよく見ると、地面の所々に何かの跡が残っていて、しかも俺が立っている周りに集中している。


 村長らしき人にもう一度話しかけようとすると、空が急に暗くなり、曇天となった。

 そのまま時を経ることなく、上空から激しい音と光が、自分目がけて近付いている気がしている。


 ま、まさか、落雷が起こる?


 慌てかける俺に対し、他の村人たちはこぞって上空目がけ、両手を合わせ始めた。


「な、何をしているんです?」

「神からのお恵みが参られる……旅のお方も共に祈りを!」

「か、神!?」


 ――うわっ!?


 祈りをと言われてすぐに行動を起こせなかったと思っていたら、目の前に眩い光が降り注いだ。

 思わず目を閉じ、しばらく経ってから目を開けると、まるで地面が焼けたようにえぐれていた。


「どっ……どういうこと!? 目の前に落ちた……?」


 正確にはダメージを受けることが無いから危なくはないのか。

 それに受け止めてコピーをすれば雷魔法を……いや、魔法とは限らない。


「祈り続けることで、村には雷が招来するようになりましてな」

「え、それは良くないことなんじゃ?」

「何を申されるか! ここは導雷針……神が参られるようになってから、豊穣を賜り続けている村なのですぞ!」

「豊穣?」


 よくよく見れば、稲ばかりが耕されている。

 稲の結実時期に雷が多いと文献で見たことがあるけど、そういうことなのか。


 それにしたって雷を神格化しているなんて、俺はともかく当たったら大変なことになるというのに。


「ふぅ……さて、旅の者に尋ねられる前にこの村の長であるテオルが、知りたいことについてお教えしましょうぞ!」

「あ、俺はえーと、書記のエンジと言います」

「書記? ふむ……なれば、我が村『グロム』のことを記しなされ。神もお喜びになる」

「そ、そうですね。その神に当たった人は今までいないのです?」

「……神の光を浴びれば、それだけで恵みが――」


 これ以上聞くのはやめとこう。

 村長の顔を見れば、恐らく他の男たちは雷によって命を――


「わし以外の男たちは、恵みの光に恐れをなしましてな。女子供を置いて、逃げてしまったのです」

「へ? 雷に当たったんじゃなくて、逃げた?」

「神に限って我らに当てるなどと、ある筈が無い!」


 どれだけ信じているのか知らないが、少なくとも小さな女の子たちは、怖がって動けずにいる。

 農作業中の女性たちも、村長に仕方なく従っている様に見えなくもない。


「ちなみに雷は魔法によるものですか?」

「ふむ……初めは天からの恵みと思えたのだが、最近は家の屋根に当たるようになったのが気になりますな……」


 神の仕業だと魔法ではなく、召喚の獣のようにコピーの出来ない雷でどうしようも無く思えるが、家の屋根に向けるようになったとすれば、意図的な魔法と思えなくもない。


 ……んん?


 雷に怖がっていた女の子が俺の元に駆け寄り、振り絞りの声で何かを伝えようとしている。


「ひと、ひと……こわい顔、ふたり」

「怖い顔の人を見たのかな?」

「……うん」


 女の子はそう言うと、そのまま自分の家らしき中に入って行った。


 村長のテオルさんは神と疑わないみたいだし、もしかしてこの村に何か来ているのか。

 神かどうかは置いといて、自然の雷で抉れた地面からは、確かに小さき芽が見えている。


 しかし村の人の家に落ちたらしき雷は、屋根の木材に焦げをつけただけだ。

 その気になれば、家ごと燃やせるはず。


 ザーリンの言っていたことを頼りに、俺一人だけでこの村に起きていることを突き止めて、確かなものにするしかなさそうだ。


 魔法による襲撃ならコピーするまでだし、自然の恵みだとしても真意は確かめたい。


「あっああああぁぁ……!!」

「――えっ? ど、どうしました?」

「や、山に光が落ちた……れ、連続で落ちるなんて、神の恵みでは無いのでは……」

「俺が様子を見に行きます。テオルさんは、他の人たちを家の中に!」

「あ、あぁ」


 間違いなく、あれは魔法によるものだ。

 だとすれば村を襲う賊の仕業か。


 村から少し走れば、すぐに山のふもとへ向かえるようで、そのまま光り続けている場所へ近づくと――


『誰が来たかと思えば、書記だったか?』

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