第35話 書記、フェアリーに守られる

 林道を進み、戦いが繰り広げられているであろう場所にたどり着く。

 ザーリンが全く興味を示さなかった理由がすぐに分かったが、どこかの国の人間同士の戦いによるものだった。


「あぁ~……」

「関係の無い人間同士を助けるつもりが?」

「えーと……」

「ふみゅぅ……人間は戦ってばかりなのにぁ」


 レシスのことばかりではなく、基本的にザーリンもリウも人間が好きではないせいか、近くまで来ておきながら興味を失ったみたいだ。


 魔法合戦だったら、あわよくば……と思っていたけど、無関係な国の争いに首を突っ込むのは今は避けるべきなのかもしれない。


「ううーん……お、落ち着いたら近くにある国に行こうか」

「最初からそうしとくべき」

「ご、ごめん」

「エンジさま、人間がいない所に行きたいのにぁ」

「そ、そうするよ」


 俺がもし最初から冒険者として旅をしていたとするなら、もっと様子を窺ってどっちかと接触を試みたのかもしれないが、書記をしていたせいかわざわざそこに突っ込む考えには至らなかった。


 さらに言えば、魔法をコピーする為に争いに巻き込まれるのは、もっとも避けなければいけないことでもある。


「人のいない所か~……そうなると谷とかになるのかな」

「そこにぁ!」

「じゃあそこに行く」


 リウと俺とでサーチした何かの争いには、結局関わることなく、さっさとその場から離れた。

 魔法合戦ならまだしも、武器使用の戦いには絶対防御があっても、行かないのがいいと思ってしまった。


 戦いの場を離れ、人どころか獣の気配も感じない空谷くうこくを見つける。


『にぁーーー!!』


「「「にぁーーー!!」」」


「す、すごいのにぁ! リウの声が返って来るのにぁ!!」


 人がいないというか、全くいない谷というのも初めてだ。

 音に敏感なリウは、楽しそうに自分の声を共鳴させて、何度も嬉しさを確かめている。 


「……フェンダーは、この先で気を付ける」

「え? 何に?」

「人間が居なくても、何かいる。ネコの声に反応した」

「リウの声に? え、どこ?」

「自分で何とかして、手に入れる」

「ええ?」


 具体的な答えは教えてくれないザーリンは、またしてもフェアリーの姿に戻り、見えなくなった。


 空谷を歩き進むと、両側の岩に大小様々な穴が空いている所に出くわす。

 何かの居住にも見えなくもない。


「人がいるのにぁ?」

「さすがにあれが窓とは考えにくいし、少なくとも人じゃないと思うよ」

「ふんふん?」

「何かいるのかな」


 ザーリンは気まぐれに注意をしてくれたけど、一体何がいるというのだろうか。

 そう思っていたら、リウの尻尾が上を向いていて、へたっていた耳が鋭く反り始めた。


 背中を丸め、尻尾の毛も逆立ち、戦闘態勢に入っている様相を呈している。


「フゥゥーー!!」

「んん? リウ?」

「来る……来るにぁ――」


 こういう時のリウは厳しさを見せていて、俺を守りながら、その目はすでに見えない何かに向かっている。


「エンジさまっっ! 避けるにぁっ!!」

「んあっ!?」


『ウゥゥーー! エンジさまーー!!』


 何かの攻撃を受けたのは間違いがない……そう思っていたら、リウの姿が真下にあった。

 自分の体は何ともなく、痛みも無いのに何かに抱えられている感覚だ。


「――って……ええええっ!?」

「大人しく、素直にお掴まりになって頂けないかしら。こう見えて、腕力に自信なんてありませんの」

「す、するする……」

「いい子ね」


 何が起きているのかは、すぐに察することが出来た。

 痛みこそ無いが、どうやら捕まってしまったようでしかも、空を飛んでいる。


「うわうわうわ……嘘だろ」

「暴れては駄目よ?」


 心地のいい声に叱られているが、俺はどうやら、体ごと持ち上げられているようだ。

 空を飛んでいるということは、竜かあるいは他の何かなのだろう。

 

 リウに警戒をさせておきながら、上空に連れて行くとは、油断を誘わせたということか。


「あなた、ウチをずっと眺めていたでしょう?」

「へ? ウチ?」

「穴のことだけれど?」

「もしかして窓だったってこと?」

「ともかく、ウチにご招待するわね。あなたにとって残念だけれど、ネコに入られたくはないわ」

「ここの谷って、まさか……」

「人間はいないけれど、わたくしたちの棲み処ではあるわね。あなた、人間でしょう?」

「まぁ、うん……」

「変わった人間が入って来たって、みんなで盛り上がっていたの」


 古代の力が使える時点で変わっているんだろうけど、ネコ族のリウに守られているし、目立っているってことなのか。


「もうすぐ着くわ。心配しないでも、あなたを攻撃するつもりなんて無いわ」

「そ、それなら……」

「むしろ、あなたの方が何かを狙っているように見えるのだけれど」

「いえいえ、そんな……」

「いいわ、ウチに入ったら面倒を見てもらうのだから、そんな余裕は生まれなくってよ!」

「面倒?」


 バサバサと音はしない大きな翼で飛び続け、気づけば、ひと際大きな穴の前に降ろされていた。

 大小見えていた穴はやはり、家か何かの窓のような物だったに違いなく、俺を見つめる視線をそこから感じてしまう。


「さぁ、おいでなさい」

「お、お邪魔しま――」


 空に浮いていたせいか、足元がふらついた。

 瞬間、ふわっとした出迎えが俺の眼前に、広がりを見せて来た。


「しょうがない人間ですのね。フフッ……」

「――え、あれ?」


 目覚めるとふかふかな布にくるまれていて、特別扱いをされていた。

 確か空を飛んでいて、足が地面に着いた途端にバランスを崩した……だった気がする。


「お目覚めですの?」


 聞き覚えのある声のする方に視線をやると、リウとは違った尖った耳というより角と尻尾、それにしなやかそうな翼を背中から見せている女の子が、寝そべりながら俺を見ていた。


「あ、え……キミは竜……じゃない!?」

「そんな化け物に思われていたです? わたくし、蝙蝠族がおさ、ルールイと申しますわ。あなたをウチの主人に迎えることにしましたの」

「コ、コウモリ? それも長って……そ、そんな、いきなり困るよ。俺には自分の国があって、旅の途中で……」

「家ならここにありましてよ。家族も沢山おりますの。ここのアルジとなって、お守り頂きたく思いますわ」


 人間がいない空谷を歩いていたら、まさかコウモリに連れ去られてしまうだなんて、ザーリンの言っていたことにもっと気を付けるべきだった。


 どうやらここは、大小いくつも見えていた穴の一つみたいだ。

 魅力的な人の姿をしているとはいえ、コウモリ族は人間を襲って来ると聞いたことがある。


 今頃リウは、慌てて探し回っていることを考えれば、一刻も早くここから出なければ。


「悪いけどここで住むわけにはいかないんだ。どんな事情があるにしてもね」

「――でしたら、どうなさるおつもりですの?」


 人間同士の争いを避けて来た自分がやるのもおかしなことだけど、今までコピーして来た魔法を使ってここから逃げるしか無さそうだ。


 痛い思いをさせるつもりは無いので、ここは眠らせてしまおう。

 よし、”ソムヌス”!


「……何かを仕掛けて来るおつもりですの?」

「え? あれ?」


 まさか効いていないのか?

 コウモリは暗い穴の中で生活をしているから、睡眠魔法は無効かも。


 それなら、軽く火花でも出して驚かすか。


「少しの辛抱ですが、”スピンテール”で大人しくしてて――」

「それは何ですの?」

「ええ!?」


 睡眠も火花もまるで効いていない。

 コウモリの弱点というと、やはり光になるのか。


 しかしレシスの杖からコピーした光は、強さの程度に加減が出来ない気がする。

 危害を加えられてもいない彼女に、それをしていいものなのか。


「さっきから何をされているのかと思えば、魔法攻撃でしたのね。あなた様の狙いは、わたくしたちが持つ力?」

「そ、そういうことだから、魔法さえもらえれば傷つけるつもりは無いよ」

「フフッ……魔法など、わたくしたちには必要ありませんわ」

「そんな……」


 空を飛ぶのは自前の翼だとしても、俺を眠らせたのは何かの魔法のはず。


 手当たり次第に魔法を出せば、何かは効きそうだけどそこまでしていいものかどうか。


「……うっ? ち、力が……」

「わたくしたちは、目に見える力を使わずとも戦えますわ。ネコの声が響き渡った時には、さすがに驚きましたけれど」

「な、何を……してい――」

「わたくしたちは、闇の使い魔と呼ばれる蝙蝠。大きく広げた黒翼で、敵に効果的な音波を発しますの」


 魔法ならどんなに相手が強くても、対応出来た。

 それがまさか、音波によるものだったなんて思ってもみなかった。


 こうして考えを巡らせている間に、意識がまた落とされようとしている。

 絶対防御にも、こんな隙間な欠点があるとはウカツすぎた。


「フフ、所詮人間ですわね。普通の人間とは、何かが違う気がしましたけれど……」


『フェンダーは甘すぎる。傷つけない人間なのは分かるけど、蝙蝠にまでそれは違う』


 眠りについてしまっている中で、何故かザーリンの声だけがハッキリと聞こえて来ている。


「あら……何かがいるかと思えば妖精ですのね」

『蝙蝠ごときに眠らされていては、成長さえ出来ない。今回だけ、守る』

「妖精ごときが言いますのね? わたくしたちに敵対行動を取るのでしたら、容赦無く致しますけれど」


 眠らされている中で、不思議なことにイメージが見えて来た。


 蝙蝠の音波 編集 魔法名リップル 対象の敵に波を送り、動きを封じる 無属性


「……んんっ? ザーリン?」

「今回だけ。だから、フェンダーは蝙蝠に与える」

「わ、分かったよ」


 はね姿のザーリンを見るのは滅多に無かったが、今回だけ助けられた。

 俺が起き上がるのを見ると、すぐに姿を変えて見えなくなった。


「あなた、変わっているとは思っていたのですけれど、何者ですの? ネコ族と妖精を従えているだなんて」

「俺は書記のエンジ・フェンダーって言いまして……何と言いますか、ここに閉じ込められるわけには行かないんですよ」

「何度でもわたくしの音波を喰らうのを、お望みですのね」

「いえ、もう効かないと思うので」

「な、なん――っ!?」


 手荒なことはしたくないと思いつつも、黒翼を広げた状態で音波を飛ばしているみたいなので、翼に手を当てながら、”リップル”を放ってみた。


「……な、何ですの!? 力が入らなく……」

「これは俺の魔法です。あなたの技を封じさせてもらいました」

「……魔法」

「ここから解放して頂けますね?」

「い、いいですわ。アルジであるエンジさまには、元から逆らうつもりなんてありませんでしたわ」

「いや、あの……主って何で……」

「その不思議なお力を持つお方でしたら、わたくしたちを養って頂けると思っておりましたの」

「養う……って、そんなバカな」


 空谷に立ち寄ったら、蝙蝠族に攫われた挙句、家族が増えたとかおかしなことになった。

 しかしザーリンの助けで、覚えるはずの無かった特殊魔法を覚えられた。


 思わぬところで魔法の効かない相手に遭遇し、危なくなりそうだった。

 これもザーリンの導きによるものだとしたら、この先も彼女の力が必要だ。


「アルジさまには、この子たちも預けたく思いますわ」

「ええええ!? こ、こんなに……?」


 無数に見えていた大小の穴の意味は、生まれたての小さな子供蝙蝠を含めた大所帯によるものだった。


「おっしゃって頂ければ、すぐにでも」

「ううーん……そ、それなら」

「ではエンジさまには、引き続きわたくしルールイを、お傍に置いて頂きたく思いますわ!」

「で、でも……」

「フフ……あなたさまには、いずれ翼を必要とされる時が来ますわ。その時まで、お傍に置いて頂くだけでも構いませんわ」

「そ、そういうことなら……えーと、よろしく、ルールイ」

「お願いいたしますわ、アルジさま」


 移動魔法以外で空でも飛べたらなんて、密かに思っていたものの、そんなに甘く無かった。


 この先、平坦な道ばかりとは限らないことを考えれば、コウモリであるルールイがいてくれれば心強いのかもしれない。

 そんなことを思いながら、リウが待つ谷へ戻ることにした。

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