第32話 書記、故郷の国、ログナに帰国する
ラフナンによって森のほとんどは焼失された――はずだった。
それも賢者の氷魔法を全身に受けるまで、気付くことは無かったわけだが。
「……ぬぅ。我がアイスストームがてんで効かぬな。まさかこの炎は……」
「おーい、アースキン! 俺も消火を手伝いますよ~」
「ぬあっ!? エンジか!? しまった、手元がっっ……」
「うわっ――!?」
アースキンの氷魔法 アイスストーム 属性氷 範囲魔法力C 詠唱に難あり
――って、思わぬところで氷魔法をコピー出来てしまった。
しかも威力もあまり無いみたいだし、詠唱に難がある……?
これも氷魔法の段階を上げないと改善されないということか。
「す、すまん! ん? エンジよ、お主は書記のはずだが……異常なくらいに魔防が高いのだな! 私では敵わなかったというわけか。はっはははは! 益々気に入りそうだ」
「ど、どうも……」
レシスにせよ賢者アースキンにしても、あまりコピーのことを疑わず素直に受け入れる性質らしい。
◇◇
「ええ!? 全部幻?」
「ご主人! ルオは、ルオの森をあの人間に見せていただけなのじゃ。あの炎も大したことが無かったのじゃ」
「あれ、でも、アースキンの水魔法や氷魔法で炎を消していたように見えていたけど……」
「うむん! それも本当じゃな。あのピカピカも、途中で気付いたようじゃな」
さすがは賢者だったということか。
そこまでの実力がありながら、勇者ではなく獣を守った賢者は別の意味で本物かもしれない。
「ご主人はあのピカピカと娘を連れて、近くの人間を制して来るのじゃ! そうでなければ、ルオも本当の木々を植えられぬのじゃ」
「ログナのこと?」
「ご主人がずっと気にしていることをハッキリさせれば、ここを変えやすく出来るじゃろう?」
「……うん、そうだね。それじゃあ、ここの守りはルオとレッテたちに任せるよ!」
「あの人間の気配を感じないのじゃ。しばらく問題ないのじゃ!」
フェンリルであるルオには全てお見通しだったらしく、勇者ラフナンの襲撃や召喚攻撃を静観していたのは、俺の心残りみたいなものを見抜いていたということらしい。
ルオの声をそのまま賢者に聞かせ、俺は賢者とレシスを伴ってログナに向かうことになった。
「じゃあ行きましょうか」
「うむ。お主にとっては故郷であり、戻るのに何も臆することは無いだろうが、この私がいれば何も問題は無かろう」
「頼りにしていますよ! 賢者殿」
「……ふ。強さも知力も私より高いお前が、それを言うのか」
ログナとギルドに追放されてから、早数か月くらい。
元々はログナが捨てた山奥の拠点から始めた国作り。
人集め……主に獣たちが集まりつつある中、獣好きな賢者を受け入れたことで、事態が動いた。
事あるごとに襲撃をかけて来る勇者ラフナンを、移動魔法によりどこかに送ることに成功。
それをいい機会と捉え、賢者の協力の元、俺はログナに話をつけにいく。
果たしてギルドの依頼は真実で、勇者にどこまで支援をしていたのかを知るのが目的だ。
「あ、あの~……」
「どうした、レシスよ」
「うん? 何かあるかな?」
「私もログナに行って大丈夫なのでしょうか?」
「何か問題があるのか?」
「レシスは追放されていないし、何も無いよね?」
「え、えーと、問題では無くて……勇者のパーティメンバーだったので、何か言われちゃうのかなぁと」
レシスが心配しているのは恐らく、勇者の仲間たちが詰め寄る可能性があることを言っているのだろう。
勇者からすれば、俺によってレシスを奪われたという間違った解釈をされていたが、仲間たちが利巧ならそうは見ていない。
今のログナが国として機能しているかも怪しいので、とにかく行くしかないけど。
「心配しなくていいよ。何か言われるようなら、俺が守るから!」
「プ、プロポー――」
「うん、違うからね」
レシスの思い込みの激しさはスルーするとして、アースキンと共に徒歩で向かうことになった。
「にぅ~……リウも行きたかったのにぁ」
「ごめんよ。今回は人間だけで行く必要があるんだよ。次からはリウも一緒に行こう」
「にぁうん! ゼッタイ行くにぁ!」
なんだかんだ言って山奥に逃げ込まなければ、ネコ族のリウとは出会えていなかった。
それだけに彼女とは離れがたい気持ちが常にあり、用事によっては一緒に行動出来ないのが寂しい所だ。
賢者と回復士と三人でログナに戻るのは、何となく冒険に似た感じに思える。
「ふむ……長らく仲間と呼べる者と共になったことは無いが、悪くは無いものだな」
「あれ、狼族はそうではなかったんですか?」
「彼女たちは仲間ではなく、愛すべき獣だ!」
「……あ、そうですか」
とんだ変態賢者を味方にしてしまった気がするが、そこは見逃しておこう。
「な、何だか私だけ申し訳ないです~」
「そんなことは無いと思うよ。レシスは防御に関しては、俺と賢者よりも最強だし」
「そ、それは照れ臭いです~えへ」
落ち込んでいるかと思えば、立ち直りが瞬時のレシスは何も心配いらなそうだ。
まだ国では無い山砦から遠くない距離にある故郷の国、ログナ。
不本意な形で追い出されて逃げてしまったが、入国してからは、相応の覚悟をしてもらうことにしよう。
◇◇
「――な、何なんですか、これ……?」
「むぅ……この前来た時はこうではなかったのだが、一体どうなっているというのだ」
俺やレシスにとっては久しぶりで、アースキンにとっては数日ぶりくらいのログナだ。
国に入るまで、知り合いから何か言われるのではないかという心配なことで少し不安を感じていたが、今のログナはそれどころでは無かった。
異変に気付いたのは道行く民の姿が無く、冒険者ギルドが閉じられていたことだ。
ギルドは昼間だろうと夜だろうと、一定数の出入りがあってもおかしくない。
それなのに閉鎖され、人の気配がまるで感じられないのはどういうことなのか。
「エンジさん、ログナって平和そのものな国でしたよね?」
「そのはずだけど……どうしてこんなに荒れ果てているんだろう……まさか勇者――」
「そ、そんなはずあるわけないです……」
「ふむ……ラフナンの様子がおかしかったことと関係しているのかもしれぬが……」
ログナには義務学院があり、国民のほとんどは戦いにおける基礎を身に付けている。
それ故に書記の俺だけが弱者と見られていたくらい、腕に覚えのある者しか暮らしていなかった。
それがどういうわけか家々の者たちは扉を閉ざし、外を歩く者をまるで見かけないせいか、賑わっていた通りの道が荒れているばかりだ。
誰かに聞こうにも出歩く人間を見ないので、サーチをしてみることにした。
ギルドの中に人がいるし、学院の方に多数の人間が集まっているのか。
一体何が起こっているんだ。
「……アースキン、ギルドの中に数人いるけど、中に突入してみる?」
「それしかないだろうな。現状を知る者が閉じこもっているのであれば、そうするほかあるまい」
「レシスもそれでいいね?」
「は、はい」
「あ、あれ? 入れなくなってる……俺じゃダメなのかな」
通常はギルド所属もしくは、そこに従事している者は、たとえ閉じられていても開けることが出来ていた。
それがどうやら無所属扱いとされている上、追放者としての懲戒がなされているようで、扉に触れることも許されないようだ。
魔法による封印ならコピーしつつそのまま何とか出来そうなのに、ギルドの扉にかけられているのは魔法の類とは異なっていて、どうにも出来ない。
「では、私が触れてみるとしよう」
賢者のアースキンが扉に触れるとあっさりと開き、中への進入を許された。
魔法ではないけど、これも何かの役に立ちそうだし、後でアースキンからコピーしておこう。
アースキンのおかげですぐに中に入ることが出来たので、そのまま話し声のする奥へ進む。
「何だか深刻そうな声が聞こえます」
「……うん、この声はギルドマスターだね」
声の主はかつての雇われ主であるギルドマスターで、俺たちに気づいてすぐに驚きの声を上げた。
「お、お前は――エンジ!? バカな、何故……」
「……レシスまでいるのか」
「コイツ、どうやって入って来れたんだ?」
ギルドマスターの他にいたのは、勇者の仲間たちでしかも、俺に麻痺を喰らわされた連中とそこそこ手練れの冒険者だ。
一様に驚きの表情を見せながら、俺に対し、抜剣の気配を匂わせている。
「あのっ! どうして閉鎖をされているんですか? それにログナの様子もおかしいです」
レシスの問いかけにかつての仲間たちは顔を見合わせ、返事をするべきか迷いながらも「レシスは、ラフナンとは出会えたのか?」と仲間の一人が話しかけると、レシスは静かに頷いて見せた。
その様子を見て、彼らは深刻そうな表情を浮かべている。
どうやら俺に話しかけることをしないらしく、見かねたアースキンが口を開いた。
「私はアースキンだが、現状を話してくれぬか? さらに言えば、ここにいるエンジは我が友であり、我が主でもある。下手な真似などは私が許さぬ」
「「「「け、賢者の主!?」」」」
この言葉にはここにいる連中誰もが驚愕し、声を張り上げながら敵対行動を控えてみせた。
『お前、本当にあの書記しか取り柄の無かったエンジ? それとも勇者の言っていた通り、何もかもが変わってしまったのか!?』
「まぁ、はい。勇者が俺のことを何と言っていたんです?」
ギルドマスターによれば、勇者に依頼をしたのは本当らしかった。
しかしそれはあくまでも、山奥からの追い出し程度であり、討伐というものではなかったようだ。
勇者が言っていたのは、俺は山奥の獣によって理性を失い、同じ人間相手に襲って来るようになったということらしい。
どっちかというと、勇者の方が襲って来ていたけど……。
「ラフナンがギルドの依頼を勝手に変えていた……そういうことですね?」
「……そういうことだ。勇者は次第にギルドに関係なく、エンジを討伐することだけにこだわっていた」
「ではログナの見解は?」
「勇者を疑うことは無く、やれるだけのことはしていた。それこそ学院の召喚士たちや魔法士たちを惜しみなく支援に回していた。しかし、勇者は……」
話を聞く限り、ギルドはあまり介入していなく、勇者の単独行動ということだった。
勇者の仲間たちは沈んだ表情で、話しづらそうにしている。
「わ、私からもお願いします! ラフナンさんがあそこまで変わったのは、どうしてですか?」
「私からも頼むとしよう。ラフナンとは旧友でもあるのでな。エンジに対する執着さは、普通ではないと感じたぞ」
レシスとアースキンの頼みにより、重く閉ざしていた連中の口が開き、話を始めた。
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