第31話 書記、獣を制する賢者を得て、勇者をどこかに送ってあげる
異常とも言える書記である俺への執着心。
憎悪の心を持つ勇者ラフナンは、さぞかし衝撃を受けたに違いない。
彼の仲間入りを渋ったのは俺とザーリンだけで、リウはもちろんのこと、レシスは大歓迎をしていた。
『書記エンジィィィィィィ……!! 何故お前が!!』
ラフナンは思った以上に全身を震わせながら、握りこぶしを作って、怒りを俺に向けて露わにしている。
今回の襲撃には、複数の召喚士と猛獣使いと賢者アースキンを連れて来たということもあってか、ラフナン自身は目立つほどの武器を携えて来ていない。
本来なら真っ先に俺に向かって来てもおかしくないのに、どうしても俺を悔しがらせたい思いばかりが先行しているみたいだ。
『それはこっちが言いたいことですよ。森を燃やし、獣を多く引き連れて来るのは違うのでは?』
やはりここを正式に領地、もしくは国として認めてもらわないと、ラフナンはもちろん、他の輩が侵入しかねない。
ここは嘘でもハッタリをかけるしかなさそうだ。
『ラフナンさん! いつも来てもらって悪いんですが、ここはログナの廃墟拠点ではなく、”国”として認められた地です。今後俺のことで関わりを持つつもりなら、外でお願いします!!』
『国……? 追放の書記であるお前が認められたというのか? 嘘も大概にしとくんだな! 獣ばかりかき集め、山を勝手に森にするなど大罪に値するぞ! ログナが認めても俺は認めないからな!!』
相当な頑固者で、相当頭に来ているみたいだ。
勇者なのにこんなにキレやすくて、世界的に大丈夫なのだろうか。
「お、おい、エンジ。あそこまでラフナンに言って平気なのか? ここはまだ、ログナの……」
「もちろん、まだ認められてないですよ。でもここは、賢者であるアースキンにいてもらいたい地でもあるので、ハッタリでも何でもついて正当化する必要があるんです。協力お願い出来ますか?」
「む、むぅ……嘘は良くないことだが、それ以上にラフナンがしたことはらしからぬ行為。獣や森に罪など無いのだ。燃え広がっている炎は私に任せ、エンジはあいつの頭でも冷やしてやってくれ!」
アースキンは言葉通り、森を焼失しつつある範囲に見せたことのない氷魔法をかけ始めた。
俺との戦いの時に見せてくれれば良かったのにと思いつつ、賢者が繰り出す魔法を眺めながら、勇者の元へ近づく。
「エンジさん、どこへ行かれるんですか?」
「ラフナンのとこ」
「だ、駄目ですっっ!! あんな状態のラフナンさんの所に一人で行ったら、何をされるか……」
「大丈夫。それについては考えがあるんだ。それに、真面目な話……ここにいつまでも来られても困るからね。彼には”外”を見て来てもらって、そこで頭を冷やして貰おうとね」
「え? 外ですか?」
この魔法をラフナンにかけること自体、禁じ手かもしれない。
それでも移動させる森には既に機巧都市は存在しないし、近くには賢者がいたルナリア王国がある。
そこからどうにかして、考えを改めてもらおう。
「……正気?」
「だ、駄目かな?」
「フェンダーの魔法は本人と味方には有効。でも、敵に対しては保証出来るものじゃない。あなたが送ろうとしている森には飛ばないかもしれないけど、それでも送る?」
「ザーリンだって、ここにしつこく来られても困るよね?」
「……防ぎの能力だけは高まっている。後は、あなたが求める”壁”次第」
国として成り立たせるためにも、時々襲撃に来られては後々に面倒になる。
ここは益々敵対心と憎悪を高めてしまいそうだけど、森を燃やされた以上、容赦しては駄目だ。
「勇者をいなくさせたらまた旅に行くけど、ザーリンも来てくれる?」
「ここにはドールと獣、賢者を置けばいいから、行く。あなただけでは魔法の成長に期待出来そうにない」
「は、はは……そ、それなら、行って来る」
ラフナンを飛ばしたとして、場所は保証出来ない……か。
しかもこれは意味合いが違うとはいえ、勇者をどこかに追放するということになるのか?
「あ、あの……」
「うん?」
「ラフナンさんをあの、反省させるだけですよね?」
「もちろんそれだけのことであって、痛みを伴わせるとかじゃないよ。彼は勇者としての強さは備わっているだろうし、見知らぬ地に行ったとしても少なくとも、書記よりは生き延びられると思う」
「そ、そうですよね。傷つけるわけじゃないんですよね。それを言ってしまえば、ここの方がひどい目に遭わされているんですけど……」
レシスは邪魔者扱いされていたとはいえ、勇者の仲間として冒険していた。
それだけに今でも思うところがあるのだろう。
それか、レシス自身が慈愛に満ちた子なのかもしれないけど。
俺はラフナンのいる所に一人で向かった。
「――! わざわざ俺に殺されに来たのか? 書記!」
「何故です? なぜ俺にそこまでの敵対心を? ログナのギルド依頼はそんなに高額ですか?」
「黙れ! 俺は勇者だぞ? あそこにいる賢者と同等……いや、物理的な強さは勇者に分がある。思えば、お前が俺から古代書を盗み、古代書の中身を奪ったことが原因だっ!!」
ミスって転記してしまっただけで、盗んでもいないし中身だって……何故か後からついてきたけど。
それにしたって、こんなにも執着を持たれることをしたのだろうか。
ここに来ていた召喚士たちや猛獣使いはすでに撤退して、勇者一人だけしか見えていない。
かつての仲間レシスを除いた他の仲間は、解散でもしたのか、ここには来ていないようだ。
「俺は盗んでもいませんし、奪ってもいません。納得出来ないかもしれませんが、ここにいつまでも来られるわけには行かないので、ラフナンさん。あなたをここから退去させてもらいます!」
「――書記ごときがほざくな!! この距離で魔法を放つつもりだろうが、その前に斬ってやる!」
やはり向かって来るのか。
大した装備も持って来ていないとはいえ、腰か背中のどこかに隠していた細剣を見せながら、前のめりになって向かって来た。
編集 移動魔法エンラーセ 勇者ラフナン 今回だけ使用 即時発動
「――な、何だっ!? 書記っ、こ――」
危なかった……軽量の剣だったせいか、剣先が目の前に見えていた。
イメージで編集したのがラフナンに適用され、そのまま移動させたようだ。
範囲サーチをしてみると、少なくともログナ周辺はおろか、歩いて移動出来る所にはいなくなっている。
「はぁぁぁ~~……危なかった」
「き、消えた……んですか?」
「いや、生きているしどこかに移動しただけだよ。彼のことが心配?」
「エンジさんは、この後またどこかに行くんですよね?」
「そのつもりだよ。魔法……というか、外のことを知らなくてはいけないからね」
「わ、わたしも行っていいですか? ここで待つよりも、一緒に行きたいんです!」
勇者ラフナンを心配しているのもあるだろうけど、レシスはやはり冒険者ということか。
まずは俺を追い出したログナに行って、勇者のことを調べる必要がありそうだ。
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