第30話 書記、獣好きな賢者を味方にして勇者を震えさせる

◇◇


「どうして罪なき森の主に火を放てるというのだ!?」

「ハッ、賢者だからとそのような戯言を放つとは、アースキンらしくないな」

「ラフナンこそ、誇りある勇者となったではないか。しかし最近聞こえて来るのは、どれも罪なき者への侵略ばかりだ。我らは一般ジョブとは違って、選ばれし者なのだぞ? それを――」

「何もおごってはいないさ。俺は勇者だ。以下にもならない存在であるが、だからといって盗人を許すわけにはいかない。全てはソイツから起こしたものに過ぎない。君も知性を備えた賢者なら、何が正しくて悪いのかくらいは、見極められるはずだ」

「し、しかし――」


 召喚士たちを撤退させトレースを使って勇者たちの跡を追うと、賢者を連れた勇者は、ルオが作り出した森を焼き払おうとしている。


 狼族を味方にしていた賢者だったが、勇者と合流した時に反対され、狼族の彼女たちはログナに置かざるを得なかったことで、勇者の誤った思考を幾度となく説こうとしていた。


「君も味方を得たいなら、獣などではなく同じ人間を傍に置くことだ」

「……検討する」

「ちっ、召喚士どもは書記ごときに敗れたか。やはり獣は役に立たないな」

「ラフナン、まさかお主の中で、魔を飼っているのではないだろうな?」

「そんなことより、猛獣使いが白狼とやらに襲撃を果たしそうだぞ。君も成果を楽しんでくれ」

「……」


 ◇◇


 跡追いをしなくても分かりやすいくらいに、勇者はらしからぬ行動に出ていた。


 実在かそうでないかは分からないが、山のふもと辺りから広がっていたルオの森が、ことごとく燃やされているようで、これにはレシスも言葉を失ってしまったようだ。


「あんなことをする人じゃなかったのに……どうして?」

「……俺のせいなのかな?」

「違うと思います……キッカケになっていたとしても、あんな執着さは無かったんです」


 きっかけというと、やはり間違って古代書を転写してしまったことだろうけど、そこまで書記の俺に攻撃をしてくるとか、勇者にとっての汚点だったのか?


 勇者や賢者も同じ人間であって、言葉の通じない獣ではないだろうに……いや、通じる獣の方が多いのか。


「にぁぁぁ!! エンジさま、大変だにぁ! 森がパチパチって燃えているのにぁ」

「あぁ、リウ。レッテは一緒じゃないの?」

「狼なら白狼に加勢するとか言って、傍に行ってしまったのにぁ」

「ルオが炎程度でどうこうなるものでは無いと思うけど、森は徐々に焼失し始めているし……どうするつもりなのか」

「エンジさんは何もしないのです? ザーリンが言ってましたけど、今のエンジさんは見習い程度の魔法を使えるから問題ないらしいじゃないですか!」

「いや、まぁ……見習いだからね」


 幻で作り出したか実在かは不明の森。


 守ることは可能ではあるけど、勇者がして来ていることを何故かルオは静観している。


 そう思えるだけに、今すぐ火を消す行動に出るのは尚早な気がする。


「――あれ、あの人……燃えている木々に水魔法をかけていません?」

「……あれは賢者?」

「ラフナンさんと一緒にいるのに、仲間じゃないんでしょうか?」

「ピカピカの人にぁ! エンジさま、ピカピカの人は悪者じゃない気がするにぅ」

「え、うーん……まぁ」


 同じやり方で勇者を懲らしめても、何故か復讐心が高まっているみたいだし、別のやり方で悔しがらせるのも手か。


 獣好きの性癖は好意を持てそうに無いが、リウが人間に対してヘイトを持たない所を見れば、賢者をこちらに入れるのも悪くないかもしれない。


 あまりそうしたくなかったが、リウの言葉を信じてフェンリルであるルオのコピーを、賢者の前に現わすことにした。


 白狼のルオを編集 スキル咆哮を付与


 ……よし、コピーのルオを賢者の所に動かす……と。


「にぁっ!? あれれ? ルオが二匹!?」

「た、確かに……でも、勇者の前で炎に耐えているルオは何なんでしょう?」

「心配ないよ。賢者に近づくルオは、俺が作り出したコピーのルオだからね」

「ふにぁ~……エンジさま、すごいのにぁ」

「オークと同じ方法ですか? それだと本物のルオのように、心はありませんよね?」

「いや、あの賢者に言葉は必要無いと思うよ」


 獣好きな賢者にとって、狼、しかもフェンリルと対峙することは、何よりのご褒美。


 フェンリルと信じて疑わない賢者なら、賢さを維持したまま俺の気配に気付いてくれるはず。


 的中し、勇者の目を盗んだ賢者は俺の前に姿を見せた。


「――やはりそうか。お前がラフナンの目の敵とされている書記だったわけだな」

「そういうことです。俺は、ここで国を作ります! その為には、獣を愛する賢者の力が必要です。ここで一緒に作りませんか?」

「な、何と!? 書記のお前が賢者を誘うというのか? し、しかし、魔法の勝負はすでに決した。さらに言えば、フェンリルもすでに仲間としている。ココこそが楽園! 迷う必要は無いではないか」


 獣たちが変態的な賢者に懐くかは別として、旅に出ても心配のいらない賢者がいてくれれば、心強い。


「まずは勇者に、あなたの実力と威光を示してください。俺ではなく、森の守りは賢者であると見せしめてくれませんか?」

「……いいだろう。アレはかつて共に過ごした勇者では無くなっている。まずは氷魔法であいつの炎を凍らせて差し上げようではないか!」


 勇者が勇者じゃないという意味は分からないものの、喜び勇んだ賢者は、待ち望みの氷魔法をこの場で展開し始めた。


『な、何っ!? な、何故……アースキンが書記の所にいるんだ!? ど、どうして、どうしてだ……』

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