第27話 書記、機巧少女に心を見られ、名付ける

「ここがラボ?」

「何もないにぁ……」

「不思議なお部屋です~ヌシさまに何かあってはならないのでっ! 密着させて頂きますっ!」

「ちょっとちょっと、くっつきすぎだから……」

「じゃあリウもエンジさまをお守りするにぁ!」


 新たなスキルを手に入れた俺は、機巧ドールの女性の跡を追って、目的地であるラボに着くことが出来た。


 しかし何があるわけでもなく、誰かが待ち構えていたわけでもなかった。


 てっきりここでこの国の主導者のような人間に出会えると思っていたのに、ドールの姿はおろか、何かに囲まれるといった状況にすらなっていない。


 見える壁に扉があるでもなく、手持ち無沙汰な時間になっている。


 試しで壁に触れてみたものの、そこから何かのイメージが浮かんでくることは無かった。


「ううーん? ここに来れば何か、誰かが姿を見せてくれるんじゃないのかな」

「匂いは感じないにぁ」

「ネコは黙れ。機械仕掛けの国で匂いなどと、ヌシさまに余計な考えを巡らせるな!」

「うるさいにぁうるさいにぁ!!」

「ま、まぁまぁまぁ……」


 しばらく何も無いラボで、リウとレッテの賑やかなやり取りを黙って聞いていると、何も見えず感じることのなかった壁から、扉らしきものが突然現れた。


「にぁにぁ!? か、壁がーー!?」

「ヌシさま、下がって!」

「……いや、大丈夫。様子見をされていたみたいだ」


 扉から姿を見せたのはここへ案内した機巧ドールの女性と、恐らく遠隔攻撃をして来たドールたちが次々と壁の中から現れた。


「か、囲まれたにぁぁぁ!?」

「うるさい、ネコ!」


 慌てるリウとなだめるレッテとは別に、何故か俺は恐怖も緊張も感じることなく、ドールたちを一体ずつじっくりと見つめることが出来ている。


 その中の一体と言っていいのか、少女姿のドールが無表情のまま俺の前に近付いて来る。


「――え、えっと……?」

「……アナタヲ見る」

「へ?」


 数体以上のドールに囲まれている中、少女姿のドールが俺に触れて来た。

 同時に、彼女のイメージが浮かび、編集を求められてしまう。


 機巧少女 ノーネーム 編集可能 名前?


「え? い、いきなりそんなことを望まれても……」

「……」

「エンジさま? 何をブツブツ言っているのにぁ?」

「ヌシさま、大丈夫ですかっ!?」

「あぁ、うん。何でもないよ」


 ドールからは言葉を発していないのに、俺の心に問いかけて来ているのだろうか?


 えーと、名付ければ言葉を話すようになるのかな。


「……」

「ううーん……じゃ、じゃあ、ピエサ……かな」


 認証 ピエサ コピーアプレンティスに従い、コピー


 え? 何だって?


「エンジさまエンジさま!! く、崩れているにぁ!?」

「ええっ!?」

「……よく分からないですけど~、ヌシさまの国に遷る為に、ここを放棄とかじゃないでしょうか~?」

「国を遷す? 何で急にこんなことに?」

「この国自体にヌシさまのような人間は、いなかったと思うんです。レッテと同じように、ヌシさまを認めて、国を遷すことにしたんじゃないでしょう~か」


 古代種がどうとか言っていた。

 ドールたちを作ったのは古代種の人間で、その人間である俺がここに来たことで、岩窟に遷るということだろうか。


 駄目だ……やはりザーリンがいないと、急な展開になっても理解が追い付きそうもない。


「ここは国そのものが無くなるってこと?」

「そーです~! ヌシさまは国を作りたいって言っていましたよね? 機巧ドールたちは、きっとヌシさまを待っていたと思うのでーす! ヌシさまの国に移動すれば、そこが守るべき国になるはずですから」

「そ、それはそうなんだけど……頑丈そうな壁を求めて旅に出たはずなのに、まさか国ごとコピーして元からあった国を崩して失くすなんて、こんなのは想定していなかった」

「ですけれど~ヌシさまの国は、きっとどの人間の国よりも、頑丈になっていくんじゃないでしょうーか」


 これもコピースキルが上がった影響なんだろうか。


 いやそれにしたって、国をコピーしてその機能が移動するとか、ひとまず戻ってみるしかない。


 ザーリンがどうしているか気になるし、白狼のルオと接触しているかも気になる。


「……と、とにかく、ここを出て森を探そう」

「森に行くのにぁ?」

「森からじゃないと行けないからね。だからリウとレッテは、人の気配を感じない大きめの森を探してくれないかな?」

「にぅ! よく分からないけど探すにぁ!」

「ヌシさまに従いまーす!」


 それにまさかと思うけど、勇者ラフナンが諦めないとも限らない。

 国として呼べない岩窟が、一体どこまで成長しているかも確かめたくなった。


 ザーリンに怒られるかもしれないけど、森を探してそこから戻ろう。


「にぅぅぅ~!! エンジさま、エンジさま! お花がぼんやりと光っているのにぁ!!」

「こ、これは――! もしかして、隠し抜け道のようなものです~!?」

「いいかい、俺の傍にいて大人しくしているんだよ。きっと行けるはずだから」


 白狼のルオから覚えた移動魔法のようなものを、初めて自分で使ってみることになった。


 かなり前にザーリンとレシスだけを移動させてはいたものの、本当に行けるのかが不安だ。


「じゃ行くよ、エンラーセ!」

「ふにぁっ!?」

「わーわーわー!!」


 リウたちの興奮と共に見慣れた花畑に着くと、早速ザーリンから指摘を受けた。


『壁はコピーして来た?』


「あっ……ごめん、壁のこと忘れてた……」

「人間たちを追い出してから考える。いい?」

「え? 人間たちって、まさかまた性懲りもなく来ているってこと?」

「外を見れば分かる」

「う、うん」


 ザーリンからの指摘を受けている最中、リウやレッテはすでにどこかへいなくなっていた。


 川に近い花畑は多少木々が生い茂っているだけで、そんなに変わっていないように見える。


「と、ところで、岩窟はどうなっている?」

「フェンダーが得た獣と人形に指示を与えて。そうしたら、そのように動く」

「ザーリンは俺の代わりに何か――」

「何もしていない。まとめるのはフェンダー。国の主であるあなたが得たものを、見ていただけ」

「え、じゃあ外の様子は?」

「自分の目で見て」

「そ、そうするよ」


 ザーリンは相変わらずつかめないままだ。

 導きのフェアリーとして、見えないところで何かしてくれていると信じるしかない。


 花畑から岩窟へ戻る為の扉を探していると、そこで待ちかねたように彼女が待っていた。


「エンジさん、お帰りなさい~!」

「あれ、レシス? かぶっていたチュニックは?」

「それがですね、顔を隠しているとルオさんが分かりづらいみたいなので、脱いじゃったんですよ」


 小柄なレシスは俺以外で、唯一いる人間の一人だ。

 獣たちにとって素顔を隠す防具は、見分けのつかない物なのだろうか。


「ルオとはもう打ち解けたんだ?」

「そうなんですよ~! 彼女、フェンリルっていうすごい狼さんらしいじゃないですか! さすがです!」

「へっ? フェンリル!?」

「エンジさんから守られたのが、嬉しかったって言ってました!」

「は、はは……そ、そうなんだ」


 魔法兵たちが怪我をしていてその上、サランという魔法兵が攻撃しようとしていたのを助けたということは、やはり怪物的な狼だったのか?


 フェンリルというと、神に近い存在だったはず。


「それとですね、岩窟の中が相当変わりまして……ついて来てもらっていいですか?」

「もちろん、そのつもりだよ」


 扉から岩窟内に入ると、随分と様変わりした内部に作り変えられていることに驚く。


「……こ、これは!?」

「そうなんですよ! 最近大勢の機巧ドールさんたちがここに来て、すぐに洞窟の中を作り変え始めたんです。元々岩だらけだったのが良かったみたいで、どこかのお城みたいになりつつありますね!」


 命じてもいないのに、暗かった岩窟内には照明が付いていて、歩くのも松明要らずになっていた。


 しかも要塞のような造りに変えている最中で、岩窟だった形跡も失われている。


「山奥の寂れた拠点洞窟だったはずなのに、何か凄いな……」

「きっとエンジさんの意思を読み取って動いているんだと思うんです。国って漠然としてますけど、ログナよりも住みやすそうな感じになりそうですもん」

「そ、そうか。国を作るって思っていたから、その通りにしているのか」


 自分が望んでいたとはいえ、人ではなく機巧ドールたちによって、強固な国になろうとしているのは素直に驚いた。


「ルオはどこにいるかな?」

「ルオさんなら、オークの傍にいると思います」


 そういえばオークのコピーを置いたままだった。

 守りの為に置いていたけど、意思を入れた方がいいのだろうか。


『ご主人!』


 白狼姿のルオが勢いよく尻尾を振りながら、俺とレシスの所に駆けて来る。


 それにしても中腹の辺りは、山肌が荒れていた感じだったはずなのに、まさかの森状態になっているとは思ってもみなかった。


「これ、この森ってまさかルオが?」

「うむん! ご主人と森の繋がりはより深くありたいのじゃ! ここがご主人の居場所なのだとしたら、ルオも安心出来るのじゃ!」

「確かにそうかもしれないね」


 岩窟の中は機巧ドールたちが作り変え、外はフェンリルが守っているとか、思っていたよりも相当な国になりそうな気がする。


 嬉しそうに話すルオにこの場を任せ、レシスと山を下っていると――


『あっ! エンジさんっ、危ない!!』


「えっ?」


 ルオによって森となっていた所から、山の麓に向かっていた時だった。


 レシスの前を歩いていた俺に対し、どこからともなく魔法と炎の矢が一斉に降り注いだ。


『エンジさんっ!? だ、大丈夫ですか!?』


 レシスの声がかき消されるほどの魔法攻撃と、物理攻撃で身動きが出来ない状況となった。


 この攻撃は勇者の仕業だろうか。

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