第11話 書記、勇者に再び戦いを挑まれる

「にぁぁぁ!? お城~? 壁が地面から生えて来たにぅ」

「ネコ、騒がない! フェンダーが魔法とスキルの使い方を覚えて来たから、黙って見ている!」

「むぅぅぅ……」

「ここが私たちのお城になる」

「やっぱりお城にぁ!」


 内心ドキドキしながら、まずは勇者ラフナンたちに対し、城壁の姿を見せつけることに成功出来た。


 スカラーを編集して、鉄壁な守りをイメージして浮かんだのが、アルクスという新たな魔法だ。


 中腹から眺めることになった城壁は、度肝を抜いたに違いなく、驚いた勇者はしばらく立ち尽くしている様に見える。


「あんな壁、今まであったか?」

「い、いいえ……わたしたちは初めて見ます」

「俺らは麻痺してすぐに眠ってしまったんで……」

「おい、レシス! お前の”イグザミン”であの壁の耐久性は見られないか?」

「え、でも、わたしの魔法は直に触れないと……」

「まぁいい。所詮、書記が作り出した壁。よし、目に物を言わせてやろう!」

「……だけど、あそこにいるのは書記のエンジさんです。ひどいことはやめてください」


 何やら勇者たちの周りが、騒がしくなって来た気がする。


 もしかして攻撃でも仕掛けて来るのだろうか。


『頂上にあるのはログナの大事な拠点! そこを不法に占拠しているのは、ギルドの追放者だ。遠慮はいらない! 各自、あの壁に向けて力いっぱいの魔法を放て!!』 


「「「「「おおおおーーーー!!」」」」


 どうやら連れて来た魔法士たちのやる気を駆り立てて、壁に魔法を撃って来るようだ。


 誰でもいいから火の魔法を放ってくれないかな。

 肝心の勇者と物理系の戦士たちは、魔法士たちの後方で高みの見物らしい。


 本来の勇者は、少なくとも真っ先に敵に向かって来そうなものなのに、何だかんだで麻痺に警戒しているようだ。


『喰らえ! 追放者!!』


 魔法の言葉は聞こえて来ていないけど、どうやら壁を壊す為に、同属性の石魔法を撃って来ている。


 オークが使おうとしていた岩石をさらに強化した壁は、魔法士たちからの攻撃にびくともしない。


『だ、駄目だ。ど、毒で腐食させよう! 放て!!』


 同属性で何とかしようと試みて何も出来ないと諦めたのか、違う魔法で攻撃を仕掛けて来た。


 これはコピーするチャンスだ。


 コピー 魔法名プワゾン 属性毒 追加効果徐々に腐食 付加装備品の耐久値を下げる


 なるほど、毒魔法を放って来たのか。

 ログナは山間の国だから、火を使える魔法士はいないかもしれない。


『そ、そんな! 何も起こらないなんて……ラフナンさん! 勇者様のお力添えをお願いします!!』


『書記エンジ!! どんな手を使ったのか分からないが、壁に隠れたままでは何の解決にもならない! 悪いようにはしない。隠れていないで、僕らの前に姿を見せるんだ!』


 仲間の後方で隠れている勇者がよく言う。

 

「フェンダー。コピーをすぐに編集出来た?」

「そうなんだよ。イメージですぐに編集されて、付加も付いたし追加効果も」

「じゃあそれを敵に使う。そうすれば、フェンダーは成長出来るから」

「敵……俺の魔法って、攻撃とかで使わないと成長しないの?」

「する。だけど、使うことでスキルが上がる。魔法もいいけど、敵の身体能力もコピーする」

「わ、分かったよ、ザーリン」


 魔法だけコピーすればいいというわけではないみたいだ。

 ここはリウの力も借りて、勇者の近くに向かうとしよう。


「よし、リウ! リウにも手伝ってもらおうかな」

「にぁ? 人間を攻撃?」

「どっちかというと、素早い動きで魔法を撃てなくして欲しいかな」

「はいにぁ!」


 リウの尻尾を捕まえた連中は、勇者と同じ所で様子を眺めている。


 しかしこの前と違って、リウの素早さは相当上がっているし、捕まることはないだろう。


「くそっ! ちょこまかと!! ラフナンさん、ネコを捕まえられないです」

「エンジのくせに何てことだ。こうなればあいつを囮にして、エンジに一斉攻撃して砦を奪うぞ!」


 勇者ラフナンは、中々姿を見せて来ない。


 何か企んでいるのか。


 ラフナンの言葉に従う訳ではないが、壁に守られるだけでは新たなコピーは見込めない。


 リウに陽動をしてもらっていることだし、俺も姿を見せて動くことにしよう。


『ラフナン! 俺は逃げも隠れもするつもりはない。戦うつもりがあるなら、麻痺を使わないと約束する!』


 城壁……と言っても、壁だけが生えている状態ではあるが、壁から姿を晒すと、くたびれ果てた魔法士たちが、膝に手をついて息を切らせていた。


 肝心の勇者は……いない!?


『にぁぁぁ!! 待て待て待て~~!』


 あれはリウ? 

 追いかけているのは、麻痺で眠らせた前衛系の連中か。


 陽動させていたリウが、まんまと敵、勇者の企みで距離を取らされてしまっている。


「あの……」

「――キミはもしかして?」

「エンジさん……で間違いない、ですか?」

「俺はそうだけど、キミの名前を聞いてなかったよね」


 勇者たちが話していた名前の通りだと思うけど、本人から聞いておかねば。


「そうでした。わたし、レシス・シェラと言います。エンジさん、今すぐラフナンさんを止めて下さい」

「やはりキミがレシス……っと、ラフナンが何を?」

「拠点を無理やり占拠して奪おうとしています! エンジさん、拠点には他にどなたがいますか?」

「奪う!?」


 堂々とした戦いをして来ないかと思えば、リウを引き離し、レシスを俺に差し向けて来たのか。


 砦にはザーリンしかいない。


「女の子が一人いるんだ。何をするって言っていたか、聞いてる?」

「……燃やして全て初めから作り直す……って。女の子は何か出来る子ですかっ? もしそうでないなら……」

「彼女は……攻撃は出来ない。ごめん、俺は行くよ!!」

「あっ……」


 自ら作った壁、そしてリウを引き離し、勇者ただ一人だけが砦を燃やしに来るなんて、そんなことが出来るはずが――


 そう思いながら、レシスさんと一緒に砦に近づいた時だった。


「あっ……ああああああ! エ、エンジさん……そ、そんな、ひどい……まさか本当に、ラフナンさんが」

「と、砦が!?」


 拠点である岩窟を守り、囲うようにして作った壁で、アルクスは強固なものとなったはずだった。


 しかしあくまで城壁として一部を地面から出しただけで、岩窟全体に施したわけでは無かっただけに、勇者の奇襲は想定外だ。


「こんな、こんなことを平気で出来る人だったなんて……」


 レシスは炎の上がる岩窟を前に顔を青くし、両膝を地面に付けながら祈っている。


 その目には、うっすらと涙を浮かべている様にも見えた。

 ともかく、ザーリンは平気だろうか。


 勇者がしたことは、ある意味で予測出来た。それよりも、彼女をその場に留めていた俺の責任だ。


「は、早く消さないと……国興しなんて、出来るわけが無いんだ」

「落ち着いて、フェンダー」

「ザーリンを助けないと! だから――あれ?」

「どうかした?」

「ほ、炎の中に取り残されていたんじゃ……?」

「私はフェンダーのメンター。姿を見せない時でも、傍に居続ける。フェンダーを残して、消え去ることは無い」

「そ、そうか……良かったぁ~」


 ザーリンの気配は確かにアルクスの中にあった。

 しかし焼かれた痕も無ければ、そこにいた気配も感じられない。


「それよりもフェンダーは、今すぐ燃えているアルクスの中に飛び込む! 急いで!」

「ええっ!? 炎の中に? 水で消さないと……」

「魔法としての炎じゃなくても、コピーと編集は可能だから。行って!」

「あ、そうか。魔法にこだわっていたけど、そうじゃなくてもいいんだった」

「あの派手な人間は、フェンダーが戻ることに期待して近くにいる。だから、期待以上のことをしてあげればいい」


 ザーリンの言葉通りだった。


 自然ではない人工的な炎で燃え広がっている岩窟のすぐ傍で、勇者ラフナンは俺が来るのを待ち構えていた。


「遅かったじゃないか。いいのかい? このままだと君が作ろうとしていた強固な砦が、消し炭になってしまうぞ。だがこの僕に頭を下げて詫びれば、この火は――」


 勇者の不誠実な芝居と御託を無視するようにして、俺は燃え盛る炎の中に身を投じた。


 火花が散りまくる傍で、ラフナンは落胆しているようだった。


「バ、バカな……こんなはずじゃ」


 火花 炎 コピー完了 アルクスに炎耐性Sを付与 

 

 攻撃魔法”スピンテール”を習得 


 炎の中に身を投じるとは、思ってもみなかっただろう。  


 しかしこれで、待望の炎魔法……といっても、これも段階があるみたいだ。


 ザーリンの言った通り、敵もしくは対象物に向けて魔法を放たなければ、魔法のランクも上がって行かないということかもしれない。


「っ……うぅっ……違う、僕じゃない、こんなことは望んでいなかったのに……」

「ラフナンさん……」

「――つっ!? な、何をするんだ、レシス!!」

「こんなのってひどすぎます……エンジさんが一体何をしたというんですか! 拠点といっても、ログナはすでに放棄している岩窟ではないですか! それなのに、エンジさんを――」

「違う! 炎だってあいつが謝れば、すぐにでも消す予定だった。それなのに、自ら飛び込むなんてあり得ない!!」

「勇者なのに、どうしてこんな非人道的行為を……わたし、もうPTにはいられません」


 出るに出られない状況が聞こえて来ている。


 どうやら俺の取った行動は、勇者が思っていたよりも、想像以上なものだったらしい。


 そして彼女、レシスに対しても反省どころか、自分の非を認められないようだ。


 レシスをこれ以上興奮させないためにも、勇者にはここで帰ってもらうとする。


『勇者ラフナン……よくも、よくもーー』


「ひ、ひぃっ!? す、すまなかった。でも僕はすぐにでも君を救うつもりが――」

「……この期に及んで、ラフナンさん!!」

「い、いやっ、そ、そうじゃなくて」


 俺も猿芝居をやめて、勇者たちには素直に帰ってもらう手段を取ろう。


「勇者ラフナン」

「えっ?」

「これをあげますよ」


 覚えたての火花魔法、スピンテールを手の平から軽く放ってあげた。


「――!? あつっ!? い、痛い……!? な、何だこれは」

「あなたのおかげで、魔法を覚えることが出来ました。これはほんのお礼ですよ」

「やっ、やめろ! やめてくれ!! あちっ、いたっ、痛いっっ!! く……こ、今回は、これで許してやる! だからやめっ」

「他にすることがあるはずですよ?」


 さすがに今回はやり過ぎたというより、予想出来なかったのか、勇者は歯ぎしりをしながら俺に頭を下げた。


「お、覚えておくことだな!! 僕は、僕らは追放者に、好き勝手させるわけには行かないからな!」

「冒険には出ないのです? どうしてログナに滞在しているのかは聞きませんが、ギルドの依頼が俺の討伐だとすれば、依頼を放棄するべきかと」

「う、うるさいっ!! と、とにかく、僕は勇者として追放者を許さないからな!」


 相当な悔しがりを見せながら、勇者と沢山の仲間たちは、すごすごと下山して行く。


 その中で、レシスさんだけは何故かこの場にいて、置いて行かれたのか心配になってしまった。


「エンジさんっ! お話をさせてもらえませんか!」


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