第10話 書記、懲りない勇者に見せつける

 ログナから出たことが無かった俺が、外界で初めて訪れた村で岩石の魔法を覚えられるなんて、想像だにしていなかった。


 こうなることが初めから分かっていたかのような、そんな導きをしてくれるザーリンには感謝しか出来ない。


 村の人にも感謝され、次の村に向けて出発しようとすると、ザーリンから意外な言葉が投げられた。


「フェンダーは魔法に慣れるまで、山に居続けた方がいい」

「――えっ? 山って、拠点のことだよね? 何で?」

「にぅ?」


 ザーリンの言葉に、俺もリウも揃って首を傾げてしまう。


「これからどんどんと先に進むべきじゃなかったの?」

「リウもそう思ったのにぁ! エンジさまとリウの目は先も見えるにぁりん」

「……フェンダーは、勇者……あの人間がもう来ないとでも?」

「し、しばらくは来ないはずだけど……」


 放棄するわけじゃないけど、リウが長く住んでいた岩窟は、元々ログナの拠点となっている。


 そこに勇者が来るのは予想も出来るし、ギルドからの依頼にもなっていることは分かっているけど……。


「フェンダーは、あの山で築くべき。そうじゃないと、進まない気がする」

「築くって何を?」

「国」

「ええええっ!? 山奥なのに、国を築くだって!?」

「にぁ? リウがいたあそこが村になるのかにぁ?」

「村じゃなくて、もっと大きい……とにかくフェンダーは、花畑の存在とそこから外界に出られるということを、あの人間たちに知られては駄目」

「えっと、じゃあ……とりあえず戻るってこと?」

「急いで戻って! 人間たち……特にあの勇者はすぐに来る」


 フェアリーなりの予感がするのだろうか。


 俺の古代の力のこともすでに知っていたし、彼女には先に起こることが分かるのかもしれない。


「確かに花畑もそうだし、そこから外界にってのは知られたら良くないかもしれない。も、戻ろう」

「エンジさま、戻るのにぁ?」

「うん。リウは先に戻って、異常が無いか調べててくれるかな?」

「あい!」


 外界とログナ側とでは、範囲サーチの境界でもあるようで、こちらからはもやがかかっていてよく見えない。


 そうなるとザーリンの言う通り、ラフナンたちが岩窟内を隈なく探し、奥の花畑に来てしまう可能性は否定出来ないことになる。


 使われなくなった山の拠点に、何故今になってギルドが依頼をしたのかも気になるし、ここは素直に戻ることにする。


「ネコから何か聞こえる?」

「聞こえて来ないってことは、すでにログナ側に戻っているってことだよね?」

「とにかくあなたも急ぐ!」

「う、うん」


 そこで俺を待っていたのは、ザーリンの言葉通りの光景だ。


 花畑に戻りその足で岩窟から外を目指していると、リウは耳と尻尾をピンと立たせ、威嚇をしていた。


 ちょっと前のリウなら、人間に怯えていたはずだった。


 オークとの戦い……といっても、戦っていないけどその経験からなのか、岩窟に近づいているらしき者たちに対し、抵抗をしているみたいだ。


「エンジさま! いい所に戻って来たにぁ!!」

「もしかしなくても?」

「はいにぁ! この前の人間たち、それも沢山見えるですです!!」

「え? 沢山?」

「……フェンダーは先に、ここの砦を強化」

「強化? それって――」

「魔法! もう忘れた?」


 道を造った魔法ではあるけど、そこは編集で何とでもなるということかな。


「えーと、編集で……うんと」


 スカラーを編集 岩窟を強化 魔法名アルクス 砦強化完了


「こ、この砦は今から”アルクス”に変わったから、よ、よろしく」

「砦強化の固有魔法?」

「多分、そうかな……魔法名さえ編集すれば、攻撃にも転用が効くかも?」

「それでいい。すでに強化されたから、その名前を変えても問題ない」

「え? そんなに便利なことなの?」

「あなたは何でもコピー出来る古代のあるじ。驚くこともじきに慣れる」


 慣れるかは分からないけど、どうやら守りから先に覚えていっているのか。


「リウ! 敵の動きは?」

「少しずつこっちに向かって来てますにぁ」

「魔法士も来ているかな?」

「分からないです~でもでもでも、顔を隠している人間がいるですにぁ」

「そ、そうか。じゃあ間違いないね」


 あの子も来ているんだろうか。


 勇者PTで荷物扱いをされているんなら、俺と一緒に来てもらいたいけど……。


「火を点けられたらひとたまりもないけど……」

「それならそれで、フェンダーがコピーすればいい」

「あ、そうか」

「だけど、ここは人間が奪い返したい場所。火は使わない」

「そ、そうだよね」


 ログナのギルド、はたまたトップの依頼だとしても、山を燃やす行動はしないはず。


 しかし岩を攻撃にしたとして、素直に帰ってくれるんだろうか。


 あの勇者はどこまでも追いかけて来そうだけど、かと言ってここの砦はもう渡したくない。


「フェンダーのするべきことは、決まっている」

「……うん。分かっているよ」


『そこに隠れているんだろ! 書記エンジ!! この前のことは、ギルドマスターにも話をしてある。キミが地べたに這いつくばって謝るなら、ログナに戻ることも許してやる! さぁ、出て来たまえ!!』


 今さらギルドマスターに言われても、関係が無いことだし、謝ってもどうにもならない。


 そしてこっちの状況にすら気付かず、反省どころか俺の非を打ち出すなんて、どうしようもないな。


 勇者たちを痛めつけるのは、難しくない。


 だけどそれをしたって、ログナという国が何かをしてくるのは明らかだ。


 まずは俺が今出来ることを見せつけて、勇者の出鼻を挫くことにしよう。


『勇者ラフナン!! 中腹そこから動かず、俺のすることをよく見てもらうよ!』

 

『何をするって? 書記の君が、また麻痺でも唱えるつもりか?』


『山の中腹……勇者のあなたでも、そこから先へは登って来られない』


 岩窟を強化した固有魔法のアルクスを頭の中にイメージして、魔法名を心の中で呟くと、すぐに効果が現れた。


 何も無く、吹きさらしの風が来まくっていた岩窟だったが、勇者のいる中腹より上の所に、城壁らしき岩の壁が姿を見せた。


『なっ!? 何だっ? 岩……違う、城壁!?』


『岩ですよ。さぁ、どうします? ラフナンさん』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る