第5話 書記、コピースキルを覚醒させる

 使えない奴とは一体誰のことを言っているのか。


 それはともかく、ラフナンは勇者としてどれほどの強さとスキルを兼ね備えているのだろう。


『エンジ!! いいか、下手なことをするんじゃないぞ? 一歩も動かずにそこで待っているんだ!』


 リウを捕まえたことで優位に立っていた仲間たちだったが、まさか麻痺を受けるだなんて思ってもみなかったんじゃないだろうか。


 ラフナンは、仲間の二人に駆け寄って声をかけているようだ。


「……む、無理です……」

「せめて回復がいれば……」

「す、すまない……僕がもっと気を付けていれば」


 悔しい思いをすることになるなんて、想像していなかったのだろう。


『書記エンジ! こっちへ来るんだ!!』


 しばらくして、自分ではどうにも出来ないことを認めたのか、俺を呼びつけて来た。


『ここに立っていなくていいんですか?』


『は、早くしてくれっ! 腹が立つが、僕には麻痺を治す薬も力も無いんだ。麻痺を放った君なら、何とか出来るだろう?』


 大方の予想だと、ここの討伐に時間がかかると思っていなかったから、他の仲間には声をかけていなかったのだろう。


 ところが勇者一人だけでは解決できない問題が起こってしまったせいで、ギルドに戻ることもままならず、やむを得ず俺に助けを求めるしか無かったといったところか。


「……来ましたけど、どうすれば?」

「麻痺の魔法が使えたなら、治すことも出来るだろう? 頼む、治してやってくれ」

「その前に、リウを捕まえたことの言葉を頂けないですか」

「……く」


 こんなつもりじゃなかったと言わんばかりの表情で、勇者は悔しさを滲ませている。


「ラフ……ナ……謝ることなんて……ない……」

「……俺らは……悪く……ない」


 痺れで口も動かせなくなっていながら、謝る気は無いみたいだ。


「エンジくん、僕らはギルドの依頼で正当な行いをしたに過ぎない。危害を加えるつもりもなく、加えてもいない。それなのに、無抵抗な彼らに麻痺を与えるなんてあんまりだとは思わないか?」

「謝るつもりは無いんですね?」

「いや、見ての通り彼らは口も動かせなくなっている。代わって、僕が握手で応えよう」


 モノはいいようとはよく聞くけど、勇者はあくまでも落ち度が無いと言いたいらしい。


 猛毒を含んだ麻痺草は相当に強かったのか、それとも魔法に編集したことで強化したのか、彼らはずっと動けないまま、俺と勇者の動向を見つめているだけだ。


 岩窟の陰からリウも心配そうに眺めているし、ここは穏便に済ませるしかないか。


「ラフナンさん、俺たちは逃げも隠れもしません。ギルドの依頼は断って、ここへは来ないで下さい」

「……君とネコ族がいることは分かったんだ。約束しよう。だけどここが国の拠点になっているのは、承知しているんだろう? ひと月ほどの猶予を与えるから、他を探すことを進言しとくよ」

「そうですね……、では――」


 勇者の言うことを聞くいわれは無いものの、ここは大人しくしとこう。

 勇者と握手をしたら不思議なことに、手の平から全身に力が伝わって来た。


 鎧ランクC 物理耐性B 口先上手 コピー完了


 頭の中に浮かんだのは、勇者が着ている鎧のランクと耐性、それと……口先上手? 口だけは上手いということかな。


 思ったよりも勇者の装備は凄くない。


「さて、仲直りの握手を済ませたんだ。二人の麻痺を治してくれ」

「治したら、二人が襲って来ないと約束出来ますか?」

「勿論だ。たとえそうなったとしても、手は出させないさ!」


 口だけは何とでも言えるという意味かもしれない。


 実を言うと、麻痺と睡眠のコピーは出来ても、治せるような花や薬をコピーしていないままだ。


 さらに言えば肝心の二人からは、治ったと同時に襲い掛かるといった殺気が、ひしひしと感じられる。


 反省の色を見せるどころか、やって当然だろうの態度で腕組みをしている勇者の動きも気になるので、勇者には二人を抱えて帰ってもらうことにしよう。


 睡眠を編集、魔法名付与同時効果として、徐々に回復を付与。


『……対象者に”ソムヌス”を追加、即発動とする』


「うぅっ!? ラ、ラフ……」

「く、くそ、書記ごときに」


 麻痺が抜けないままの二人に睡眠魔法をかけたことで、すぐに眠らせることが出来た。


「なっ!? 何をしたんだ? エンジ!!」

「見ての通り、麻痺を和らげるために眠らせました」

「僕は治せと言ったんだぞ!!」

「それは無理ですよ。俺は書記なので、回復まではさすがに……」

「ど、どうすれば……」

「このまま放置してもしばらく目を覚まさないと思います。ここは外ですから、二人がどうなるかは何とも……」

「くそっ!! レシスさえ連れて来ていれば、こんなことには!」


 もしかして回復士の子のことだろうか。


「日も暮れてしまうと思うので、ラフナンさんがどうにかした方がいいかと」

「君がやったことだ、君にも協力を――」

「俺はログナから追放された身なので、それは出来ないです」

「あぁっ、くそ! い、いいか! 今回は警告に留めておく! 次に来るまでに、拠点から出て行っててもらうからな!」

「分かりました、努力します」


 この場所からふもとへの距離と、麓からログナへも結構な距離と時間がかかる。


 ぶつくさ言いながらも勇者ラフナンは、眠りについた二人の男たちを両脇に抱えながら、山を下って行った。


 思わぬ形でコピーと魔法を使えるようになったけど、勇者が言った通り、回復もコピーしたいな。


「……エンジさま~? もう平気かにぁ?」

「うん、大丈夫。ごめんね、怖い目に遭わせて」

「もう来ないにぁ?」

「しばらくは来ないだろうけど、また来るかもしれないんだよ」

「ふみゅぅ~~」

「そろそろ暗くなるし、今はゆっくり休もう」

 

 口先だけの勇者のことだし、ひと月と言わずに数日で来るかもしれない。


 そう思うと、もっと色んなバリエーションでコピーをしておく必要がありそうだ。


 リウの寝息を聞きながら、自分も少し眠った後、俺は岩窟内の物を手当たり次第に触れてみた。


 さすがに食べ物や水をコピーすることは出来なかったものの、編集が可能な物があったので、出来るものは魔法に変えていった。


 岩窟内の中には、リウが拾って来た木の実や木片がほとんどで、とてもじゃないけど対抗出来そうに無い。


 本物の火が欲しいし、ちょっとコピーして来ようかな。


 リウを怖がらせても駄目だし、こっそり町か村に行くか、それとも街道に出てみるべきか。


 いずれにしても、花畑の奥がどこまで続いているかも調べる必要があるし、今は守りの魔法だけでも編集しておこう。

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