第4話 書記、勇者との開幕戦を開始する

「エンジさま! リウは日課の狩りをするので、お先に戻るのにぁ」

「うん、気を付けてね!」

「はいにぁ~!」


 眠っていたリウはスッキリしたのか、勢いよく岩窟の中へと戻って行く。


 俺は岩窟に戻る前に眠り草以外の特性を知りたくなり、他の花を触れまくってみることにした。


 どこまで広がっているか分からない花畑の端にまでは行かず、なるべく岩窟に近い花だけに絞ってみた。


 眠り草のすぐ近くに痺れ草があり、触れるとすぐに痺れた。

 触れただけなのに全身に回るのが早いなんて、これは猛毒草だろうか。


 まずい……意識が朦朧もうろうとして来たかも――


 何とかなると思っていたのに、全身に麻痺が回り目の前が真っ暗になったと思ったら、耐性Sという文字の他に、『編集』という文字が浮かんで来た。


 何だこれ?


 迷っている余裕は無く、少しでも気を抜くとそのまま闇に沈みそうだったので、頭の中で編集を選んでみた。


 すると途端に全身を駆け巡っていた麻痺はすぐに消えて、手の平から何かの力を出せそうな感覚を覚えた。


 もしかして魔法のたぐいに変わったのだろうか。


 すでに耐性が付いてしまったので、他で試してみるしか無さそうだ。


 ひとまず、眠らせる能力と麻痺させる能力を編集出来るようになったので、このままリウのいる所に戻ることにした。


「エ、エンジさま~~!! いい所に! た、大変にぁ~!」

「そんなに慌ててどうしたの?」

「昼間なのに襲って来たにぁ~~!!」

「襲って来た? 例の不明な敵が?」

「はいにぁ! 食べられそうな山菜や木の実を摘んでいたら、ピカピカなのを着ていた人間が向かって来たにぅ」

「ピカピカ? それって、勇者なんじゃ……?」

「と、とにかく人間が数人来ているにぁ!!」


 ラフナンたちがここに来た?

 まさかとは思うけど、ログナの学院に討伐でも依頼されたのか。


 朝方にいつも襲って来ていたのは、ここを訪れようとしていたログナの人間なんじゃ……?


「石も木の矢も飛んで来ていないんだね?」

「にぅ! でもでも、早く何とかしないと~」


 リウの姿を見られた以上、ここに入ってくるのは時間の問題か。

 ここに入って来られるわけにはいかないので、先手を打つことにした。


「いいかい? 俺が外の人間を追い返して来るから、リウは奥で隠れてて」

「はいにぁ!」

「あ、その前に……リウの頭を撫でていいかな?」

「にぅ? ふぁぁ……むむぅ~何だか眠く……」

「おっと、危ない危ない。お、奥で休んでてね」

「ふみゅぅ」


 触れたらすぐに眠気を感じたみたいだ。

 魔法に変わっているなら、離れた所にいる相手に放てないものだろうか。


『我が名は勇者ラフナン! 拠点を不法に占拠している賊!! 隠れていないで、今すぐそこから出て行くんだ!! こちらとしても手荒な真似はしたくない』


 声を聞かずとも自ら勇者と名乗る辺り、よほど正直な性格をしているのか。

 ギルドの依頼で来たとしても、あまりに来るのが早すぎる。


 ここは大人しく引き返して貰わないと。


『何もしないと約束して欲しい! それなら今すぐ外に出る!!』


『いいだろう! 何者かは分からないが、キミには何もしないと誓おう!』


 さすがに勇者と名乗る以上、卑怯な真似はしないと信じて、姿を見せることにした。


 岩窟から外に出るとそこにいたのは、勇者と俺を騙した仲間たち数人の姿があった。


 どうやら優しくしてくれたあの女の子は、ここに同行していないみたいだ。


「まさか追い出された書記? ラフナンさん、あいつですよ」

「勝手に拠点に住むなんて、国への反逆なんじゃ?」

「……なるほど、冒険者でもないエンジくんか。そうだろうと思っていたけど、一丁前にここで生活を始めていたとはね」


 放置していたはずの拠点に来るなんて、勇者は暇なのだろうか。


「ラフナンさんは何しにここへ?」

「いや……何てことはなくてね。かなり前からここに見回りに来ていた者が、岩窟に得体の知れない獣が棲みついていると泣きついていたものでね。それでギルドから依頼を受けて来たわけさ」


 確かに獣で間違いないけど、石と木の矢を投げるだけ投げて、侵入までは試みなかったということか。


「そんなことの為に仲間を引き連れて来たなんて、大げさすぎなのでは?」

「だから見ての通り、回復士は連れて来なかった。書記のキミと獣がもう一匹程度なら、警戒する必要も無かったね」

「獣ではなく、女の子ですけどね」

「あぁ、それは失礼したね。そういうことだから、今すぐそこから出て行ってもらおうか!」


 相変わらず回りくどく、言い方だけは無駄に丁寧な勇者だ。


「むにぁ? あれ、エンジさま?」

「――ま、まだ出て来ちゃ駄目だよ、リウ」

「にぁにぁ!? ピカピカな敵が?!」


 眠り魔法で眠らせていたリウが、予定より早く目を覚ましてしまった。


「に、逃げるにぁ~~!!」

「落ち着いて、リウ! そっちに逃げたら駄目だよ!」

「はみゃっ!?」


 無駄につややかに光沢な勇者の鎧に驚いてしまったリウは、間近に迫っていた複数の人間に驚いてしまったのか、慌てて外に向かってしまった。


「おっと、逃がすかよ!」

「にぁあ……は~な~せ~!!」

「コイツ、バタバタしてて面倒すぎる。ラフナンさん、どうします?」

「そのネコ族が棲みついていたとすれば、追い出さないといけないな。しっかり尻尾を掴んで逃がさないでくれ」

「放せ~~!! エンジさま~助けて~~!」

「書記に助けを求めたって、無駄だ」


 あぁ、やはり捕まってしまった。

 手荒な真似はしないというのも、口だけのようだ。


「その子に酷いことをしないでくれないか」

「もちろんしないさ。ただ、逃げられても困るんでね。捕まえてさせてもらった」

「今すぐ放して、俺の所に――」

「それは出来ないな。書記のキミはともかく、ネコ族が噛みついて仲間が傷つけられるかもしれない」

「何もしないって約束したはず!!」

「……キミには何もしないが、獣は何をするか分からない。これはあくまでも自衛によるものなんだ。聞き分けてくれないか?」


 恐れていたことが起きてしまった。

 勇者のくせにへりくつを言うとは、思った以上に面倒な奴かもしれない。


 俺と勇者が立っている位置から、リウと勇者の仲間がいる所は、数メートル離れている。


 見た感じ勇者の仲間は、魔法耐性に高くない戦士と、ハンターのようだ。

 これはもう頭でイメージして、魔法を放つしかない。


「さて、エンジくん。大人しく獣と出て行くなら――」


 麻痺を魔法に編集……離れた場所に放つには、名前を付けて対象に向ける。 


 頭の中で思い悩んでいると、イメージと共に方法が浮かんで来た。


「対象は人間二人に絞り、獣には干渉しないものとする……」

「ん? キミは一体何を言っている?」


『敵なす者々、放つはパラリシス!!』


 それが正しいのかは分からなくとも、リウに向けている敵意の者たちに向けて手の平をかざし、麻痺の魔法を放った。


「なっ……!? 何をしたんだ? 書記エンジ!!」

「……あの子を解放してもらいますよ」


 手の平には僅かながら、静電気のような感じが残った。


 数メートル離れた場所に魔法を放ったことの、反動かもしれない。


『うぁっ……!? う、動けな……』

『ラフナンっ……!』


『みゅっ!? う、動ける~! エンジさま~~!!』


 良かった、リウには影響が無いみたいだ。


「麻痺……? まさか、魔法なのか?」

「早く仲間の元へ行った方がいいと思いますが、どうします?」

「……くっ!」


 捕まっていたリウはすぐにそこから逃げ出し、そのまま岩窟の中に身を潜めてくれた。


「く、くそっ!! いいか、下手な真似はするんじゃないぞ? エンジはそこで待っているんだ!」

「……逃げも隠れもしないので、仲間を介抱した方がいいと思いますよ」

「う、うるさいっ! こんな時にあいつがいないなんて、役に立たない……あぁっ、くそ!!」

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