第3話 書記の新たな能力?!

「にぁぁぁ!? あ、あれ? 石も木の矢も飛んで来ていないにぅ……?」

「平気かい? えーと……」

「リウにぁ! ここをねぐらにして長いにぁ! ネコ族の女は一人前になる為に、一人旅を――うにゃっ!!」


 鉄の盾で凌いではいるが、間髪入れずに小粒な石と、木の矢が降り注がれている。

 俺の後ろに隠れながら体を震わしているリウは、安心を覚えたのか、あっさりと素性を明かしてくれた。


 ねぐらで暮らすネコ族は、中々に逞しく生きているようだ。


 どれくらいの時間が経ったのか分からないが、正体不明の攻撃はピッタリと止んでいた。

 朝方の静けさを取り戻したと同時に、それまで隠れていたリウは、俺の前にぴょこんと飛び出した。


「お兄さんのお名前なんにぁ?」

「俺はエンジ・フェンダー。ログナという街で書記を生業としていたんだ」

「書記さん? 書記さんは何が出来るのにぁ?」

「文字をこの羊皮紙にこうやって、別の紙の文字を書き写すんだ」

「ふんふん?」


 俺は持って来た羊皮紙を手にして、どう書くのかをリウに見せてあげた。


 ネコ族の彼女がどの程度のことを理解しているのかは不明だが、きちんと聞いて覚えてくれそうなところは、嬉しく思えた。


「さっきの守りも書記さんの力なのかにぁ?」

「いや、違うよ」

「ふみぅ……」

「そ、それよりも、いつも朝方に攻撃を受けているのかな?」

「あい! 敵はきっと早起きさんなのにぁ。でもでも、昼間と夜は忙しくて来ないことの方が多いにぅ」


 敵はモンスターなのか、あるいは冒険者?

 いずれにしても、用心をしなければここで生活なんて出来やしないだろう。


 ねぐらをよくよく眺めると、どこからか拾って来たような錆びた剣や、触れてしまった鉄の盾の他に人一人が何とか暮らせそうな食料が、所々に置かれている。


「……ここはログナの訓練拠点のはずなんだけど、リウはいつからここに?」

「人間がここから去って、いなくなった時からいたのにぁ」


 訓練として使用していたのは、少なくとも俺が学院に通っていた時だ。


 その後は拠点としてしばらく使っていたはずなのに、随分と寂れた感じがする。


「リウはここに長く暮らしているって言ったよね?」

「にぅにぅ!」

「じゃあ、あの攻撃はいつから?」

「ふみゅ? 覚えていないにぁ」

「そうなんだ……襲って来るのは朝だけだね?」

「あい! それ以外は平和そのもので安心なのにぁ~」


 考えられるのは、食料狙いの山賊かゴブリンくらい。

 分からないことを長く考えても始まらないし、ここで生活出来ることだけを優先的にするしかない。


「俺もここで生活したいというか、眠っていたいんだけどいいかな?」

「リウは狩人見習いにぁ。強くも無ければ守れないですけど、書記さんがいてくれるなら心強いのにぁ」

「リウがいてくれてありがたいよ! 俺も見習い冒険者になるだろうし、これからよろしく頼むよ」

「エンジさま、よろしくお願いするのですにぁ!」

「い、いや、さまは付けないでいいよ」

「命の恩人さま! ぜひぜひ、そう呼ばせて欲しいにぁ~」


 思わぬ場所で思わぬ味方を得ることが出来た。


 内心、ログナを追い出されてどうすればいいのか不安だっただけに、人懐っこいネコ族がいたのは心まで助けられた気がしてならない。


 昨夜は遅い時間、暗いままたどり着いたので、ここの全体的な広さまでは把握することが出来なかった。

 明るい内なら、何があって何が出来るのかを試すことが出来るかもしれない。


「拠点……じゃなくて、ねぐらの奥を見てもいいかな?」

「もちろんにぁ! 片づけをしていなくて、奥の奥はモノが散らかり放題にぁ……でもでも、奥の奥のもっと奥には明かりが無くて~ふにゅぅ」

「突き当たりまでは進んでいないんだね? それじゃあ、松明たいまつを持って、一緒に行ってみようか?」

「火、火は怖いですにぁ……」


 さっきまでピンと立っていた耳と、はしゃぐように動いていたリウの尻尾は、途端に元気を無くしてしまった。


 火が怖いということは、松明があることも気付いていないのだろうか。


「大丈夫。俺が持つから、リウは後ろから付いて来てくれればいいよ」

「あい!」


 考えてみれば昼間に狩りをして夜は眠るだけの生活をしていれば、松明が灯りとして役立つことにも気づかないままかもしれない。


 そうして岩肌に備え付けられていた松明を手にした時、またしても全身に何らかの力が注がれたような感覚を覚えた。


 そう思っていると、全身が明るく光り始め、頭の中には耐久性Fといった文字が浮かんでいる。


「にぁにぁ!? エンジさまが光っているですよ~!」

「な!? 何だこれ……この明るさは、松明の……」

「こ、これなら、エンジさまのお傍を歩いているだけで進めるにぁ!」


 明るさは松明程度とはいえ、外からの光が届かない岩窟の奥に進むには、十分すぎる明るさだ。


 鉄の盾もそうだったが、勇者の古代書を転写したことが関係しているのか、見て触れたモノをコピーしているような気がしてならない。


 自分自身の灯りを頼りに、奥まで進むことにした。


「とにかく行ける所まで行ってみよう」

「な、何か出て来ないですかにぁ……」


 リウは俺の腕に完全にしがみつきながら、耳をへたらせている。

 ここでリウの耳に触れたら、ネコ族の聴覚もコピーしてしまうのだろうか。


 さすがにそれは試せないが、触れたモノをコピー出来るのだとしたら、あれもこれもと試してみたい。


「にぁっ! エンジさま、向こう側の方が明るいにぁ!」

「あっ、待って! 何があるか分からないのに、進むのは――」


 行き止まりかと思っていたのに、外に出られるとしたら、ログナのどこかと繋がっているのだろうか。


「エンジさま、来て来て~~! お花がたくさん~」

「花? ログナにそんな場所があったかな?」


 真っ先に進んでしまったリウの元へ急ぐと、彼女の言う通り、地面いっぱいに色とりどりの花が広がっていた。


 彼女は少し離れた所にいて、嬉しそうに走り回っている。


 ここは国外?

 一面花だらけの先は、もやが立ち込めていて、何があるのか見ることが出来ない。


「エンジさま~~! ここのお花から、とってもいい香りが……はにぁ? な、何だか身動きが取れなく……」

「リウ! 今行く!!」


 もしや痺れ草が紛れ込んでいたのだろうか。


 リウの傍にたどり着くと、彼女はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。

 どうやら痺れ草ではなく、眠り草だったようだ。


「リウ! リウ!! 起きて、起きないと駄目だよ!」

「むにぁ~……」


 言葉だけでは起きないし、彼女に触れて起こすしか無いみたいだ。

 触れたからといって、彼女の能力をコピー出来るとは限らないので、体を揺らせて起こすことにした。


「リウ、起きて!」と言いながら、彼女の背中辺りを揺さぶりながら起こすまでに、特に何も感じることが無かった。


 人に触れても内在する能力をコピーするとかは、さすがに出来ないのだろうか。


 それとも、転写スキルにも何かしらの制限があるのかもしれない。


「ふぁぁ~……あれ? エンジさま、ここはどこ~?」

「花畑……かな。リウが触れた花はどれかな?」

「それならこれにぁ! 気を付けないと、また眠くなってしまうにぁ……」

「はは、それなら大丈夫」


 リウにそう言いながら眠ってしまっては、説得力も無くなってしまうが、眠り草に触れてみることにした。


「……うっ」

「エ、エンジさま!? 気をしっかり~眠ったら駄目にぁ~」


 眠り草に触れると、一瞬眠くなりかけたものの、すぐに耐性が付いたのか眠くなることはなかった。


 そして頭の中に浮かんで来たのは、耐性Aだった。

 もしかしてリウに触れたら、彼女は眠ってしまうんじゃ。


「エンジさま?」

「リウ、ありがとう」

「にぁにぁ!? ふにぁ~……何だか気持ち良すぎて眠く……」


 やはり眠り草の特性をコピーしているみたいだ。


 この先の場所を確かめるのは後にして、まずは岩窟の中にあるモノを全て確かめてみよう。

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