第2話 追放と出会い

 勇者の元に古代書を返しに行くと、勇者の仲間の人たちが楽しそうに雑談をしている。


 残念なことに、勇者本人だけが場を離れてしまっているようだ。


 本人がいなくては話にズレが生じてしまいそうだったが、正直に転写したことを伝えることにした。


「あの、お話の最中にすみません!」

「はぁ? 書記ごときが冒険者の俺らに何の用? 気安く声をかけられても困るんだけど」

「……というか、サボっていることをギルドマスターに知られたら、大変なことになるんじゃねえの?」


 書記の俺に話しかけられただけで、こんな態度になるのか。


「……ご、ごめんなさい! 俺、間違いでこの古代書をギルド帳に転写してしまいました。そのことをラフナンさんに伝えて欲しいんです」

「――何だって? 転写した!? 何やってんだ、書記! さっさとそれを返してくれ」

「は、はい、本当に何と言ったらいいか……」


 言われた通りに、仲間の一人に古代書を手渡した。


「……いいぜ、そこまで頭を下げられちゃな。勇者に伝えとくから、あんたは仕事に戻りなよ」

「あ、ありがとうございます!」


 返してすぐに自分の場所へ戻ると、ギルドマスターが怒声を上げて俺を呼んでいる。


『エンジ・フェンダー!! 早く戻れ! 言わなければならないことがあるだろう?』


 上手く伝わっていなかったのか、仁王立ちの勇者と共に俺を待ち構えていた。


「エンジ、お前のしたことをもう一度、自分の目で確かめな!!」


 ギルド帳を改めて確認してみると、古代書に書かれていた解読不能の数ページを完璧に書き写していた。


「ラフナンさん、す、すみませんでした!! 古代書をギルド帳に書き写してしまいました。お仲間の方たちには、先に謝って伝えて頂いていたのですが……」

「謝ったって? 悪いが、仲間たちからは謝罪なんてされていないと聞いている。それに古代書もまだ返して貰っていない」

「そ、そんな……皆さんには頭を下げて、古代書もすでにお渡しして――」

「真面目そうな奴だと思っていれば、間違って古代書を転写か」

「――え」


 呆れた表情を見せる勇者と、怒りを露わにしているギルドマスター。

 その後方では、勇者の仲間たちが腕組みをしながら、ニヤニヤと笑っているのが見えている。


 ――まさか、勇者は知っていてこんなことを?


「エンジ。お前はクビだ! たとえ勇者さまが許しても、お前をこのままギルドで働かせるわけには行かない。今すぐここを出ていけ!! ギルドから追放だ!」

「――マスター! 俺の話を……!」

「ウチのギルドでこんなことをしといて、別のギルドで仕事が出来るなんて思うんじゃないぞ!」

「お、俺は、今まで必死にやって来ました! ギルドの為に頑張って来たんです。どうか許してください!」

「エンジくん、この期に及んで土下座なんて、往生際が悪すぎるんじゃないか?」

「はははっ、書記くん必死だな」


 ギルドマスターは俺の言葉に聞く耳を持たず、俺の荷物を目の前に放り投げ、勇者たちはずっと俺を見下しながら笑い続けていた。


 間違って書き写し、必死に謝り続けたのに、どこまで完璧を求められているというのか。


 羊皮紙とペンしか入っていない荷袋を持ってギルドを出ると、そこには勇者パーティーの中で、唯一優しく声をかけてくれた女の子が待っていた。


 何でこの子がここにいるんだろう? 


「あの、中の様子がおかしくて入りづらかったんですが、何かあったのですか?」

「や、やぁ……ギルドから追い出されちゃったよ、は、はは……」

「えっ!? どうして……」

「間違って、あの古代書を転写してしまったんだ」

「それで、ラフナンさんたちは――」

「……ギルドマスター共々、許してくれなかったよ」

「そ、そんな……街に買い物に行っている間にそんなことが起きていたなんて、こんな時にエンジさんの助けとなれず、ごめんなさい」

「俺の方こそ、ごめん。これからどうにか頑張ってみるよ!」

「これくらいしか出来ませんが、良かったらこれをお使いください。水と食料、それにもしもの時の回復薬です」

「ありがとう! またどこかで会えたらいいね」

「はいっ! エンジさん、お気を付けて」


 まんまと勇者パーティーにギルドから追い出されてしまったものの、書記を目指していた彼女によって、何とか気を持たせることが出来た。


 しまった、あの子の名前を聞き忘れちゃったな。


 冒険はおろか、学院に通っていた時以外は外に出たことが無い俺だったが、冒険者として習ったことを思い出しながら、まずは山を目指すことにした。


 山間のログナは周辺の山にいくつかの拠点を設けていて、中でも義務学院が実習訓練として使う為に掘られた岩窟の野営地が、そこかしこに存在している。


 周辺は無数の柵があり、他国の人間やモンスターも寄せ付けないほどの拠点だということを覚えていて、一時的に生活出来るだけの道具が置きっぱなしになっている場所だ。


 そこでなら風雨からしのぎつつ、ほとぼりが冷めるまで辛抱出来るかもしれない。そう思いながら、俺は野営地に向けて歩き出した。


 ログナから出てすぐに、何組かのパーティー連中とすれ違う。

 その殆どは冒険者パーティーばかりで、気になったのか俺に声をかけてくれる人もいた。


「あんた、こんな夜にソロでどこに行くんだ? 冒険者……じゃなさそうだが」

「……山に行こうと思っています」

「ふぅん? 剣も持たずに物好きなもんだな。今の時期に行っても、野営地には人っ子一人いねえぜ」

「そうですか、ありがとうございます」


 連中がログナに着き、ギルドを訪れた時点で追放者と知って嘲笑うかもしれないが、気にする人なんていないだろう。


 息をつき休みながら野営地にたどり着くと、岩窟内は薄暗い松明たいまつがかろうじて点いていた。


 聞いた通り人の気配は全くなく、辺りには無造作に置き去りにされた訓練用の武器や道具が散らばっている。


 それはともかく生活は出来そうなので、土埃を取り払って、寝床を確保することが出来た。


 横になったものの、疲れている筈なのに何故か寝られないくらい、頭と目が覚めている。


 薄暗い中でも書けなくもないので、間違って古代書を転写したことを断片的に思い出しながら、持って来た羊皮紙に書いてみることにした。


 書かれていた文字はもちろん読めない古代文字だったが、何故か書きやすく忘れそうにない文字だったので、気付いた時には持って来た羊皮紙一面に、無我夢中で古代文字を書いていたようだ。


 書き続けてどれくらいの時間が経ったのかと思っていた時、急に立ちくらみが起きてしまい、そのまま倒れるようにして眠ってしまった。


「はにぁ~……い、生きていますかにぁ~?」

「……う……んん――」


 誰かの声、それも女の子の声が聞こえて来ている。


 確かこの野営地には、しばらく人が寄り付かないと聞いていたはずなのに、どういうことなのか。


「も、もしも~し? どうかどうか、無事でしたら寝返りを打つか、返事をするかしてくださ~いにぁ!」

「お、起きるから。体を揺らさないで」


 慌てて体を起こし目を開けると、そこにいたのは頭に獣の耳が生えた小柄な女の子だった。


「キ、キミは……どこから、いつからここに?」

「ずっと、ずっとなのにぅ! 狩りをしに行っていたら、あなたが眠っていてびっくりっ!」

「ご、ごめんね」

「あっ!」

「え!?」


 獣耳を生やした女の子は、慌てふためいた様子で山のふもとを気にしている。


 俺には何が起ころうとしているのかまるで見えないので、眠る寸前まで書いていた羊皮紙を確かめると、どういうわけか無我夢中で書いたはずの文字が、全て真っ白に消えていたことに気付く。


 ショックで思わずよろけ、床に散らばっていた鉄の盾に手を付けてしまう。


 直後すぐに頭の中に思い浮かんで来たのは、触れた鉄の盾のランクらしき文字と、防御力が一目でわかる言葉だった。


 思い浮かんだかと思えば、そこから力の意識が全身に伝わって来て、何となく体が丈夫になった気がした。


「うにぁぁぁぁぁ!? 避けてぇ~~」

「えっ!?」


 獣耳の女の子が耳を押さえながらしゃがみ込んだかと思えば、石つぶてと木の矢が目の前に飛んで来ている。


 誰かが襲って来たようだ。


 避ける暇は無く、防ぐ道具も見当たらないが、ねぐらを借りたうえに起こしてくれた恩もあるので、ここは女の子の前に立って守らなければ。


「わぁぁぁぁ!? お、おにーさん!!」

「あ、あれっ、痛みが無い……?」


 もしや、触れた鉄の盾を転写コピーしたのだろうか。

 強くなったと錯覚するくらいに、石と木の矢を目の前で跳ね返していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る