追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました

遥 かずら

零頁:落ちこぼれ書記

第1話 落ちこぼれの書記

「エンジ! 今夜は冒険者が多いんだ。チンタラしていないで、素早く丁寧に書き写しな!」

「はっ、はい!」



 俺はエンジ・フェンダー、山間やまあいの小さな国、ログナに住んでいる。

 辺り一面を山に囲まれていることもあり、ログナの国民のほとんどは腕自慢の冒険者ばかりだ。


 ログナで生まれ育った者は、冒険者になるための義務学院に入る決まりとなっている。

 卒業をする頃には、何かしらの固有スキルを覚えられるのだが――。


「エンジは何のスキルを覚えた? オレは命中スキル! これなら戦闘の時に苦労しなさそうだろ?」

「俺は転写だったよ」

「て……転写!? お、お前、この三年間何をしてたんだ。転写なんて、落ちこぼれが覚えるようなスキルなのに……」

「実技以外の時間で剣や槍を手にすることが無かったし、魔法書も読まなかった。どっちかというと、筆記をすることの方が多かったから、そのせいだと思う」


 学院で教わるのは、ほとんどは戦いに関することばかりだ。

 文字を書いて覚えるよりも、実技を覚える人の方が圧倒的に多い。

 

 それに引き換え、俺は文字を書いて知識を蓄える方が得意で、剣を振るといったことは好きじゃなかった。魔法書を読んで試し撃ちするよりも、書かれている文字を書き写すことばかりしていた。


 その結果、卒業で与えられた固有スキルは、≪転写≫と呼ばれる落ちこぼれスキルだった。


 冒険者となりギルドには所属することが出来る。

 だが落ちこぼれスキルを得た者は、冒険する資格が無い――というレッテルを貼られたも同然だ。 


 卒業していった同級生たちは冒険へと旅立ったが、俺は国に留まり、宿付きのギルドで働くことになった。


 義務学院で常々言われて来たことは、生きていく上で使えるスキルを使いこなすこと。

 それが大事なことだとずっと聞かされて来た。 


 しかし俺に与えられた唯一のスキルは、落ちこぼれスキルの転写だった。


 そして今日も、使スキルを使って、ギルド帳や宿帳に文字を書く筆記作業をしながら、生計を立てている。 


「エンジ! 今夜は弦月げんげつだ。ログナの卒業生から出世した名のある冒険者が、こぞって飲み食いをしに来てくれる日でもある! 粗相のないように、丁寧に転写しな!」

「はい、頑張ります!」

「転写なんか頑張る必要なんて無いだろうが、くれぐれも失礼のないように!」


 ログナの義務学院を卒業し冒険者となってから名を挙げると、ただの冒険者では無くジョブ名で活動出来るようになる。


 俺の知る限りでは剣と魔法を極めた者がなれる勇者と、知能に優れた智者が賢者と呼ばれていて、順に魔法士、ハンター、テイマーなどなど。

 国から出ずに冒険に貢献している合成士や薬師なんかも、固有スキルと共にジョブ名を名乗れる。


 しかし俺のように冒険には役立たない転写を生業としている人間には、冒険者として認められることは無い。


 悔しいという思いはそれほどでもなく、勇者や魔法士に憧れを抱くことも無かったりする。


 冒険者でなくとも、義務で学んだ知識と実技は認められた。

 旅に出ようと思えば出られるし、スキルが無くても威力無しの魔法もどきくらいは、出そうと思えば出せるだろう。


 それでもやはり、せっかく手にした転写スキルを使って、見たことのない本や魔法書を手に取りたいという思いは持っているわけだが。


 そんなことを思いながら、ギルドの端で訪れの客を待っていると、一行が次々と中へ入って来た。


「エンジ! 仕事だ、仕事!! 勇者さまたちの名を書き写して、ギルドの名声を上げるんだよ!」

「い、今すぐにっ!」


 ギルド帳には訪れた冒険者の称号と名前を書き写すだけで、これといって難しいことは無い。

 しかし今夜訪れた勇者一行は、何故か俺に声をかけて来て威圧的な態度を見せて来た。


 声をかけて来た勇者と仲間は俺よりも年上に見えるが、見た感じはまだ熟練者でも無さそうだ。


「君、ログナの人間だよね?」

「そ、そうですけど」

「義務で得られたスキルって、もしかしなくても転写かな?」

「そうなりますね。ギルド帳に書き写すことが仕事なので」

「凄いな!」

「え?」


 目の前の勇者は何故か俺を褒めてくれている。

 どう見ても、凄いのは冒険者である勇者のはずなのに。


「みんな、彼は凄いぞ! 席につく前に、彼を誉めようじゃないか!!」


 勇者一行は疲れているようで、奥に置かれている椅子に腰掛けようとしていた。

 ところが、興奮状態の勇者の声に反応したのか、こっちへ近付いて来る。


「おおー! 確かに凄い!!」


 勇者に便乗していた他の冒険者たちも、あり得ないといった表情で俺を見ながら感嘆の声を張り上げた。


「すみません。他の冒険者の方も来店されているので、席へ着いていただければ……」

「いやぁ、すまない。僕には覚えようとしても覚えられないスキルだから、褒めずにはいられなかったんだ」

「え、どういうことですか?」

「――転写スキルはね、狙って覚えられるスキルじゃないんだ。それなのに君は選ばれた男! なかなか難しいスキルに好かれるなんてことは、誰にも出来ることじゃない! 良かったら名前を聞かせてくれないか?」

「エンジ……エンジ・フェンダーです」

「エンジくんか! 君とはまたどこかで、冒険の合間でも会いたいものだな!」

「はぁ、どうも……」


 褒められているはずなのに、嫌な感じがする。俺からすれば勇者の方が凄いと思うのだが。


「――仕事がありますので、もういいですか? 勇者さん」

「おっと、名前を教えてなかったね。勇者ってのは世界に僕一人じゃないから、名を覚えてもらわないとね」

「いえ、すでに書き写していますので」

「僕は勇者ラフナン。どこかで出会ったら、名前を呼んでもらえると嬉しいね!」

「はぁ……」

 

 どうやら勇者であるということで、調子に乗っているみたいだ。

 勇者ラフナンがこの場を離れると同時に、同じ仲間らしき女の子が俺の前で頭を下げている。


「あの……ラフナンさんはああ言ってましたけど、転写は決して難しく無いって分かっていないだけだと思うんです」

「君も転写スキルを?」

「いえっ、そんな……、書庫で作業していただけで、覚えられるようなスキルじゃなかったですから」

「そうなんだ。俺は気にしていないから、勇者の仲間なら早く戻った方がいいよ」

「はい、ありがとうございます!」


 調子に乗った勇者パーティーの中に、あんないい子がいるというだけでも、嫌な気分が晴れた気がする。

 

 仲間たちの所で騒ぐ勇者から視線を外し、台帳机に目をやった。

 するとどこかのダンジョンで持ち帰って来たらしき古代書が、すぐ傍に置かれていることに気付いた。


 ――すぐに本の存在に気付くだろう。

 そう思いながら、俺は次々と訪れる冒険者の名を書き写していた。

 そんな時だ。


 見たことのない書物が目につき、惹かれていくと思っていたら、何故か勝手に転写を始めていた。

 ――このままではマズい、そう思って勇者に返しに行こうと古代書を手にする。


 そこから自分の運命が変わる出来事が待ち構えていようとは、この時は知る由もなかった。

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