5-10

「ごおぅあぁぁぁっ!」


 アディクターと化したボードマンがセルジオに向かって拳をふるう。

 しかしセルジオはそれを間一髪で躱して拳に銃撃、一瞬でも隙を作る。そこへロイが渾身の踵落としを食らわせ、ボードマンの腕の骨をへし折った。

 だがそのロイの攻撃直後の隙を狙って、レイがナイフを薙ぐ。


「ちっ……」


 セルジオは振るわれたナイフに向かって銃撃した。レイはそれを剣の腹で防ぐが、普通のナイフでしかないそれでは〈グレイ・ハウンド〉の威力は殺しきれず、刃は根元から折れ飛ぶ。

 そしてそれは偶然にも、ボードマンの目に突き刺さった。


「ぐごああああああああああああああああああああああああああ!」


 さすがに効いたのか、ボードマンは暴れる。怒りは近くにあった客車に向けられ、一時的に視界を奪われたボードマンは列車を破壊しだす。

 その敵意がそれた一瞬で、セルジオは銃をリロードする。ただその隙を見逃さず、レイがこちらに飛び込んできた。右手のナイフを突き出す。


「くっ……」


 セルジオはリロードを中断してバックステップを踏むが、レイはさらに踏み込んでくる。

 しかし今度はロイが彼を止めた。

 素早く間に割って入って、レイの右手を掴まえる。


「やっと捕まえたぜ……!」

「…………」

「さぁ、観念しな……!」


 が、ロイが彼の左手に手をかけようとしたその時、レイは左手にナイフを放って持ち替えた。その左手をロイの喉元に向かって閃かせる。


「っ!」


 ロイは寸前で身を反らせ回避した。しかしその隙にレイは拘束から抜け出し距離をとる。


「ったく……厄介なガキだ」


 言いつつ、ロイは再び身構える。

 レイも同じように構えたが――その瞬間、彼が大量に吐血した。


「……薬が切れてきたな?」


 彼を見据えて、ロイが呟く。

 ノックスから聞いたが、レイはいわゆる強化人間――薬で無理やり常人以上の力を身につけさせられた人間であるらしい。前回戦った際、ロイが彼の体から漂う妙な薬の臭いを検知していたが、それはそういうことであったようだ。

 ハイドラが過去実験した無数のドーピング剤の被検体。それが彼だ。

 今回の黒幕であるゲラルトという男は、数年前から彼を護衛として利用しているらしかった。両親がどこぞの組織からデビルドロップの強制投与を受け、最終的にフリジニアの取締官に処置されたという、彼のその恨みを利用して。


「お前、薬の予備もねぇんだろ?」

「…………」


 レイは無言だったが、その沈黙には肯定のニュアンスがある。しかし同時に、だからどうしたとでも言いたげな眼の光が、セルジオには印象的だった。


「もう抵抗はやめとけ。これ以上体を酷使すりゃ、死ぬぞ」


 彼の眼の光は、消えない。揺るがない。


「このまま戦っても、そんな体のお前に俺たちは殺せねぇ。なまじ殺せても、その先お前が生き残れる保証はねぇぞ」


 と、そこでレイは歯を――薬物漬けでぼろぼろになった黒い歯冠を見せつけるように笑った。

 残忍なその笑みは、こちらを心底見下した、嗤笑。


「なら、こうするまでだ」


 その瞬間、レイは傍にいたボードマンに向かって飛んだ。

 各所の傷を再生しつつある彼の視界に飛び込み、その口に腕を突っ込む。


「! やめろっ!」


 レイが何をするつもりか察したセルジオは叫ぶが、すでに遅かった。

 ボードマンは彼を鷲掴みにするとそのまま口に押し込んだ。ばりばりと音がしてレイが捕食される。そしてレイという栄養を取り込んだボードマンの傷は再生を早め、その体はさらに膨れ上がった。

 まさに悪魔というべき化け物が、二人の前には立ちはだかる。


「こおおおおろおおおおおしぃぃぃぃぃてええええええあ、ぐ、ひひひひひひひ!!」


 その声と共に、巨大な拳が二人に向かって打ち下ろされた。

 だが同時に、二人は互いに弾かれるように動いた。拳は地面を穿ち、レールを変形させる。

 ボードマンはさらに暴れだす。巨大なうえにその瞬発力は凄まじく、通常のアディクター以上にその攻撃は苛烈だ。

 しかしセルジオとロイの動きは、それを大きく上回っていた。

 セルジオの〈グレイ・ハウンド〉が連続して吠え、それはボードマンの右肩に突き刺さる。初弾が皮膚を裂き、その銃創に寸分の狂いなく次弾が滑り込み肉を断つ。そして次の弾はさらにその奥へ刺さり骨を砕く。

 そしてロイがその腕をつかんで引っ張ると、ボードマンの右腕は肩口からあっさりと引きちぎられた。


「いいいいいいああああああ! いいいたあああいいいいいいいあああああああ!」


 悶え、地面に転がるボードマン。

 ――とそこで、ロイが口を開いた。


「ったく。因果な仕事だぜ! 俺ら絶対、地獄行きだ!」


 言いながら、ボードマンの首を捕まえて、彼を列車に向かって投げ飛ばす。客車を潰して、その残骸の中でボードマンは痙攣する。

 さらにセルジオの銃撃が刺さり、ボードマンの黒い血が大量に噴き出す。


「そうだな。……なら二人で地獄の番犬にでも転職するか」


 すると、ロイは小さく笑って、


「お前も犬かよ」

「忘れたか? 俺たちは、ドラッグドッグだ」

「ああ。――そうだったな!」


 飛び上がったロイが上空からボードマンを急襲する。ボードマンの右足をブーツで踏み抜き、肉ごと骨を砕く。そしてロイが飛びのいた後、その傷痕にはセルジオの銃撃が向かう。

 完全に連携のとれた二人に、ボードマンは手も足も出なかった。四方からのセルジオの銃撃に、至近で繰り出されるロイの高速格闘術。二人の攻撃は烈火のようでいて、しかし互いの攻撃を、回避を、一切邪魔しない。むしろ無言のうちに援護し合って、ボードマンはそれに圧倒されていく。


「うぎ、ぎっぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……ぃいいいいいいいいぃいいいいい!!」


 それでもボードマンは最後の力で立ち上がるとセルジオに突撃する。


「終わりだ」


 セルジオが引き金を引き、銃弾がボードマンの右足に突き刺さる。ダメージの蓄積していた足はあっさり千切れ、ボードマンは前のめりに倒れこんだ。その無防備な頭部に、セルジオは照準。至近で〈グレイ・ハウンド〉を連射した。


「ぐるぅ……! お、お、お、お……!」


 俯せになったボードマンが残った左手を伸ばすが、弾丸の雨はそれすらも容赦なくねじ伏せて、彼の命を削ってゆく。

 そして。

 頭部の八割以上が消し飛んだ時、ボードマンの体が腐敗し始めた。その肥大した心臓は背中側からでもはっきりと認識できる。

 セルジオはその醜悪な肉塊に銃口を合わせ、


「処置――完了」


 〈グレイ・ハウンド〉の最後の吠声が、ボードマンの鼓動を止めた。

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