5-8
「まさか、あなたが麻薬取締官だったとは……」
シルトワーゲンの後部座席に座ったネアは、運転席のノックスに向かって呟いた。
「すまんな署長さん。内緒にしてて」
「いや、それはいいんだが……」
潜入捜査専門の麻薬取締官はごく少数の関係者にしか正体を明かさない。味方すら欺く方法でなければ麻薬密売組織への潜入などできるはずもない。特にあのハイドラへの潜入となれば。彼の違反報告を上にあげても最終的に緩い罰則で済んでいたのにはそういう裏があったらしい。自分はフリジニア・ミラーとの癒着か何かだと思っていたのだが。
そしてネアは聞いた。
「公安署には応援を呼んでいるのか?」
「いや、まだだ。そもそも連中は未だにセルジオとロイをあちこち探してるだろうから、こんな南の端まですぐ来るかはわかんねぇな。それにこっからだと署まで無線電波が届くかは微妙だ。今はとにかく、あの二人に頑張ってもらわねぇと」
「だが二人だけでは……」
「もう少し行ったら知り合いの薬草農家がある。あんたとマリィをそこに預けたら俺が戻るさ」
するとそこで、ノックスは小さくため息をついた。
「にしても内通者はボードマンだったか。可能性多すぎて、そこまでは絞り込めなかったなぁ」
と、自身の無力を恥じるように頬を掻く。
一連の話を彼から聞き、彼の洞察力に感服していたネアだったが、そのセリフが出てくることそのものにもう一度驚く。
だがそんな時。車内の無線に通信が入った。
『ノックス、聞こえるか! 先頭の機関車両が動き出した! おそらく、ハイドラの幹部の奴もそこに乗っている!』
声はセルジオ。その無線には銃声が混じる。
ノックスは舌打ちして、
「クソッたれ……攻撃が足りなかったか」
『こっちはアディクターとレイに足止めされた! そっちでなんとかしてくれ!』
「なんとかったって列車なんざどう止めろってんだ!」
『レールでも破壊しろ!』
「無茶言うな! ロケットもあれ二本が虎の子だ!」
――と、そこで、ネアはノックスの手から無線をひったくった。
「セルジオ! こっちでなんとかする! 任せろ!」
そしてネアは後部座席から手を伸ばして、無線機の傍にあるコンソールを操作する。並行して車の速度と今までの移動時間を考慮し、移動距離を割り出す。
「おい、署長さん何を……」
――大丈夫だ。ここからなら、ギリギリ二番署に届く!
「二番署署員! 誰でもいい! 応答しろ! 私だ! ネア・レディングだ!」
すると直後、無線に反応があった。
『し、署長……!? え、あの、なんでしょうか……』
答えたのは、声のよく通る女性。
「交通安全課のエバンズだな。今日は夜勤だったな? 今はオフィスか?」
『は、はい……』
「ならアンダーソンとデイビスもそこにいるな? 三人とも緊急出動だ! ヘリオスシティ東部Z‐56地区へ向かって、廃線踏切周辺の街路を緊急封鎖しろ! 武装も許可する!」
『は……はい?』
「いいから行け! 署長命令だ!」
そしてネアは再びコンソールを操作。すると今度は風の音が一瞬入る。
「誰でもいい! 応答しろ! ネア・レディングだ!」
『え、あ、あの……署長?』
今度の声は中年の男性。
「トンプソン、一課は今どこにいる?」
『へ? あ、はい、我々の班は例の二人の捜索で、今は東部のU地区に……』
「でかした! 今すぐ捜査を切り上げてZ‐56の旧鉄道路線にバリケードを作れ! 踏切の所だ! 無理やりにでもシルトワーゲンを線路に並べろ!」
『……了解、しました』
「これを聞いている他の八人も全員一課だな!? お前たちもZ‐56に向かえ! 傍にいる捜査員も連れて、今すぐだ!」
『り、了解!』
ネアがやっているのは十人同時通話が可能である二番署のトランシーバーへの緊急割り込みだった。二番署のトランシーバーは基本的に同じ区域の捜査グループが九台同期していて、電源さえ入っていれば残り一台がこうして割り込めるようになっている。内部機構が複雑になるためデリケートに扱わねばならなくなるが、同時に複数人に指示を飛ばせるのが強みである。
さらにネアはチャンネルを変える。この時間確実に署内にあるトランシーバーは、生活安全課の人間が主に使うもの。今は宿直の者が使っているはずだ。
「応答しろ! 誰かいないか!」
『あの……なんでしょうか』
「コールマンか。どうせ長い休憩中だろう。交通安全課のエバンズと今すぐ駐車場で合流しろ、街路封鎖任務を手伝え。近くにいる喫煙仲間も一緒にな」
『っ……りょ、了解しました』
「二課のガルシアとダグラス、キャンベルは今日待機組だったな? 火器保管庫の宿直の人間と協力して広域発煙弾をありったけシルトワーゲンに積み込め。配達先はZ‐56の踏切だ。着いたら一課と協働して発煙弾を線路にばら撒け」
『……了解』
「一課! よく聞け! 二課のガルシアたちが着いたら彼らと共に発煙弾散布だ。範囲はバリケードから南方の線路に向かって一キロ! いいか、絶対に煙は絶やすな!」
その後もネアは声だけで全員の名前と今の勤務状況を把握し、的確に指示を出してゆく。
テロに加えセルジオとロイの捜査で非常時体制になっていても、その声に淀みはない。
「マジか……この嬢ちゃん……」
「かっこいぃー……」
ノックスは半分引き、マリィは目を輝かせる。
そしてセルジオらがいる地点への救援要請を最後にネアは無線を切った。その後ノックスに視線を送って、
「このまま線路沿いに飛ばしてくれ。この廃線は基本的に市街から外れているが、東部に一か所だけ、市街に近くなるところがある」
「なるほど。そこに連中呼んだってことか」
「ああ。奴らはここで必ず捕まえる……!」
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