5-7

 銃弾の中を一気に駆け抜け、セルジオは敵の銃口めがけて引き金を引く。五十口径もある〈グレイ・ハウンド〉の弾丸は相手の銃の内部にまでは到達しなかったが、銃口で炸裂した弾丸の衝撃が相手の手から銃本体を弾き飛ばす。

 そして怯んだ敵めがけてロイが飛び込み、それをまとめて蹴り飛ばした。別の人間まで巻き込んで、数人の男が一塊に重なる。


「黒幕は確かにボードマンだったぜ! とっとと奴とハイドラ無力化するぞ」

「了解だ」


 セルジオとロイは互いに連携して列車周辺の敵をさらに追い詰める。


「くそっ! なんだこいつら……!」


 毒づいて、ハイドラ構成員の一人がリロードのためにマガジンを取り出す。

 だがそれをセルジオは見逃さない。

 発砲!

 男の手からマガジンが吹き飛び、衝撃で銃弾が数発中空にこぼれる。セルジオはそのプライマーに向かって、それぞれ射撃。

 複数の銃弾が暴発し、さらに敵を怯ませた。


「うおらぁっ!」 


 そこをすかさずロイが叩く。流れるような格闘術は人の急所を的確に打ち抜き、構成員らはまとめて無力化される。さらに近くにいた男の持つ銃の銃身を素手で握り潰すと、そのまま相手の顎を蹴り上げる。


「こ、この野郎ぉっ!」


 声はロイの背後から。

 いつの間にか後ろへ回っていた男がナイフ片手に迫っていた。身を翻して初撃は交わしたロイだったが、相手はかなりの使い手のようで、隙の少ない連撃でロイを追い詰める。回避直後でバランスの崩れていたロイの体が、仰向けに傾いた。


「もらったぁっ!」


 ロイの首元にナイフが迫る。

 しかしロイは迫る刃を歯で噛んで受け止めた。さらにそのまま刃を噛み砕く。


「ひぇっ……!」

「残念だったな!」


 ロイは一度地面に倒れてから背筋の力だけで飛び上がり、ナイフの柄だけを持って蒼白になった男に渾身の頭突きを食らわせた。地面にめり込むような勢いでナイフ男は倒れ、そのまま動かなくなる。


「ば……化け物めぇっ!」


 残りの敵からの斉射。しかし既に半数以上が無力化されており、その程度の弾幕でロイの動きは止められない。戦闘制服を翻し、着々と敵を撃破してゆく。


「――くそがぁぁっ!」


 その声に、援護に徹していたセルジオは勘で走った。直後、凄まじい数の弾丸が背後で跳ね、レールの上で火花を散らす。

 見ると、かなり古びた木造の客車――その側面の昇降ドア付近で、一人の男が機関拳銃マシンピストルを両手に構えて連射していた。車内にまで伸びる長いベルトマガジンはしばらく弾切れしそうにない。

 セルジオは走りながら彼に向かって銃を構える。

 素早く数度発砲。

 しかし弾丸は全て客車の壁に命中した。散った大量の木片が一瞬男を怯ませ、銃撃が止むが、彼はすぐに銃を構え直す。


「ははははっ! どうした? 銃ってのはこう使うもんだ!」


 ――と、セルジオは相手に向かって一直線に走った。


「馬鹿が! トチ狂ったか!」


 男が叫んで引き金を引く。

 だが銃弾は、出なかった。


「!?」


 男の目が驚愕に見開かれる。

 彼の両手のマシンピストル――そのエジェクターには木片が挟まっていた。擬似的な弾詰まりジャム――これではいくら引き金を引こうが銃弾は出ない。


「自分の使う武器の弱点は知っておけ」


 接近していたセルジオは素早く車両入り口を駆け上がって、相手を車内に蹴り込んだ。すかさず銃撃し相手の銃を二丁とも破壊する。


「よし……これであらかた……」


 だがその時。怖気ふるう絶叫がその場に轟いた。



 急ぎセルジオが外へ戻ると、周囲の敵はロイによってほぼ無力化されていた。

 しかし当のロイは先頭車両の方向を眺めて、苦々しげに歯噛みしている。

 何事かと彼の視線の先に目をやると、そこには縦横共に人の二倍以上はあるであろう大きさの化け物が立っていた。


「こぉぉぉろぉぉぉすぅぅぅぅぅぅっ!!  こぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉすぅぅぅぅぅぅっ!!」


 背筋が粟立つような唸り声が周囲に響き、その化け物が一歩踏み出す。僅かに残っていた動けるハイドラ構成員も、突如として現れたその化け物に戦き、蜘蛛の子を散らすようにその場から引いてゆく。


「……こんなときにか」


 セルジオはその化け物を見据え、身構える。

 それは最低限人型をした、しかし異様に膨れた体を持つ化け物だった。

 青黒い肌に巨大な腕。歪な顔。それは、まさしく。


「Dアディクターだ」


 一言、ロイが告げる。

 そしてさらに、彼は言った。


「こいつ、ボードマンだ」

「なんだと……?」

「微かにあいつの臭いがする。どうせ積み荷かなんかにデビルドロップがあったんだろ。そいつを一気に投与しやがったってわけだ。臭いに急性中毒者特有のクセがあるぜ」

「きぃさぁまぁらぁぁぁぁぁぁ!!  こぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉしぃぃぃてぇぇぇ!! いぐふふふふふふうっ! けけけけけけけけけけけけけけけけけけ!」


 僅かに原形が残ったその口元は嗤っていた。変色した舌が口内を這い回っているのがわかる。

 とその時、アディクターの背後――列車の前方数両が重い軋みをあげて揺れた。


「!」


 四角い機関車両が蒸気を吹き上げ、列車はレールの上を進みだす。半分以上の後部車両は切り離されているようで、先頭付近の数台は徐々にスピードを上げてゆく。


「まずい……!」

「ちっ……これだけやってもまだ逃げる気かよ!」


 連中はこの短時間で列車を復旧させたらしい。スムーズな発進ではなかったのでいくらか爆発の影響は残っているのだろうが、このままでは逃げられる。

 だが駆け出そうとしたセルジオとロイの前に、一人の少年が立ちはだかった。


「お前たちは、おれが殺す」


 その少年――レイは両手にナイフを構えた。例の機工武器ではなく普通のナイフのようだが。


「……クソッたれ」

「仕方ない、まず彼らだ」


 セルジオが命じる。


「ロイ。首輪を外せ」

「了解」


 ロイがセルジオに首輪を放り、セルジオはそれを回収する。犬種化に伴ってロイの瞳が赫々と燃え上がった。


「全力でいくぜ。……死んだマトリの弔いでもあるからな。ここでケリつける」

「ああ。わかっている」


 そして二人は拳を合わせ――同時に眼前の敵を指差した。

 二匹の犬が、高らかに吠える。


「ライアン・ボードマン。デビルドロップの急性中毒者としてお前の処置を実行する!」

「そしてレイ・ハスターク。てめぇはマトリ殺しの容疑で緊急逮捕だ!」

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