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(……まさか、連中の狙いが彼女だったとはな)


 後部に近い位置にある無蓋貨車と先頭の機関車両から黒煙を上げる列車にちらりと視線を送って、セルジオは呟いた。今セルジオがいるのは八両ある列車の後方左側面――線路を二本はさんだ隣にある道路である。

 そこに停車したシルトワーゲンの陰に身を隠し、徐々に密度を増す銃撃をしのぐ。隣には〈グレイ・ハウンド〉専用の弾薬ケースと、弾頭部のなくなった対戦車ロケットの発射機が二本立てかけられていた。

 雨はいつの間にか止んでいて、周囲には雨上がり独特の臭いが停滞する。列車からはこういう事態を想定してのものであろうサーチライトが向けられていて、夜間だというのにそれなりに光量があった。

 するとそこへ、ロイがネアを連れて滑り込んできた。


「可憐な署長のご帰還だ」


 言って彼は、抱えていた彼女をシルトワーゲンの後部座席に放り込んだ。


「「んぎゅう!?」」


 妙な声がしたがそれは無視して、ロイがドアを閉める。

 銃撃はさらに激しさを増すが、装甲車両シルトワーゲンの名は伊達ではなく、堅牢なボディと強化ガラスは降り注ぐ銃弾をしっかりと防御してくれている。

 なおここは、ヘリオスシティの南端にある旧工業地帯の一角――二十年以上前に廃線となったフリジニア、アイゼンタール間を結ぶ鉄道路線の敷地内であった。

 かつてハイドラが使っていた輸送路の一つでもあり、今回彼らはそれを利用するつもりだったようだ。老朽化が進んでいた線路も此度の商売のためにアイゼンタールまでの距離約百キロ間を極秘に修復させていたらしい。


「なんて連中だ。まったく」


 セルジオは気を見計らって一瞬顔を出し、〈グレイ・ハウンド〉を撃ち込む。遠方の構成員の一人が足に銃弾を受け、その場で倒れた。


「そういう奴らさ。金のためなら準備と手間を惜しまないってのが、奴らの商売の基本でね。統率も取れてるもんだから、時に常軌を逸したことでもあっさりやってのけやがる。だが普通じゃない事ほど、作戦たり得るもんだからな」


 言いながら、車内から身を低くして出てきたのはノックス。彼は車の床から取り出した追加の弾薬ケースをセルジオに手渡す。


「お前も、十分非常識だと思うがな」

「なはは。ま、助かったんだから良しとしようぜ」


 言いつつ、ノックスも車の陰から一瞬顔を出して銃撃し、ハイドラ構成員を数人黙らせる。




 ――あの直後、ロイは正気を取り戻した。

 そして驚くセルジオに、ノックスは灰色の公安手帳――潜入捜査専門の麻薬取締官の証を掲げて言ったのだ。

 俺の権限で、ロイ専用の免疫増強剤を持ってきた、と。



(……だがそれを弾丸に入れるか、普通……)


 あの弾丸はノックス手製の弾丸の一つらしく、弾頭内に液体薬物を詰められるような構造になっているらしい。着弾と同時に内部の薬液を対象に投与できるような仕組みになっていて、射程距離さえ間違えなければ銃創もごく浅くしか形成しないのだという。

 事実もまさにその通りで、完全発症前に免疫増強剤を投与されたロイはみるみる回復し、撃たれた銃創からもあっさり弾頭が出てきた。


「ったく。俺じゃなきゃお前の一撃で死んでたかもしれねぇぞ」

「お前だから撃ったんだよ。


 笑みを湛えつつ、ノックスはさらに列車に向かって銃撃する。

 彼は、十数年間もハイドラ専属の情報屋として潜入捜査を行っている麻薬取締官であるとのことだった。しかも五年前のハイドラ一斉摘発の功労者の一人で、その後もハイドラの一員として振る舞い、彼らの動向を探っていたのだとか。

 なおハイドラの側にはフリジニア・ミラーの記者として公安に潜入するスパイという形で話が通っているらしく、いわば彼は二重スパイのような形で活動していたらしい。故にノックスという名も偽名である。ちなみにロイが人造人間であることもかなり前から知っていたらしい。

 そして今回のテロに際し、彼は独自に動いてハイドラの目的を探っていたのだった。




 テロの目的がアイゼンタールのハイドラによる金儲けであるといち早く察知した彼は、その幹部に接触を図り、此度の商売に現物の商品があることを突き止めた。

 本当は協力者がいるのかも確認したかったらしいが、ハイドラは商談の関係者以外への情報提供を異常に警戒するきらいがあるため、あえてそれはしなかったという。

 そしてノックスは、アイゼンタールのハイドラがこの厳戒態勢のヘリオスシティから安全確実に商品を運び出すならこの廃線を使うだろうと、目星をつけた。

 さらに彼は先日のセルジオらのミスがきな臭いと踏み、特殊な人造人間であるロイか、先天性灰色症のネアのどちらかが今回の商品ではないかとまで予想していたという。

 ただ最後の最後、ノックスは一つ選択を迫られた。

 彼は最初、ロイをマークしつつレイとの戦いを陰から見ていたらしいが、セルジオらが逮捕されるという状況を目撃し、今回の商品をネアと断定した。

 しかしロイが骨片による攻撃を受けたことで例の免疫増強剤が必要と踏んだ彼は、急ぎヘリオスシティ北端の薬捜研まで車を飛ばしたのである。この時ノックスは自身の権限でロイのデビルダストに対する検証結果までをもいち早く把握していた。

 本来ならネアの警護を固めるべきだったが、公安内部含め誰がハイドラ関係者かわからない以上、それはできなかった。なのであえて泳がせ、セルジオとロイを現場に間に合わせる作戦で行動したということだった。

 なお、セルジオらの使ったバイクには彼が発信機を付けており、橋までの位置もそれで割り出したらしい。彼曰く、適格すぎるセルジオらの逃走ルートは、犯罪者の心理、視点を身を以て知る者としては非常に予想しやすかったのだとか。

 そして彼のその選択のおかげで、ロイは死なずに済んだのである。

 さらにセルジオの持つ〈グレイ・ハウンド〉も、その弾薬も、先ほど列車に撃ちこんだ対戦車ロケットも、ノックスが自前で隠し持っていたものである。




「……感謝する。ノックス」


 その呟きに、ノックスは拳でこちらの肩を小突いてきた。


「じゃ恩返ししてもらおうか。あいつら頼めるか?」

「ああ」

「よし」


 するとノックスは予定通り車に乗り込み、エンジンをかける。


「署長をよろしく頼む」


 だが答えは後部座席から返ってきた。


「はぁい♪ 任せてくださいっ」


 赤いベレー帽を乗せた栗色の髪の少女が、車内でひょっこり顔を出し、適当に敬礼する。


「こらマリィ! 伏せとけっつったろ!」

「いいじゃないですか挨拶くらい――ひゃぁっ!」


 防弾の強化ガラスがついに割れた、車内にガラス片が飛び散る。


「ったく、言わんこっちゃない……車出すぞ! こいつら安全なとこに送ったら戻ってくる! なんかあったらさっき渡した無線で連絡しろ!」

「わかった」

「えーっ! 先輩約束が違います! 準備とか手伝ったら逮捕現場撮らせてくれるって――」

「後だ後!」


 その声と共にシルトワーゲンは猛スピードで発進する。

 そしてセルジオらは車が移動したことで一瞬それた敵の注意を利用して、列車に向かって駆け出した。

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