4-7
「二番署周辺。いじょーなしだぜー」
人気のない街路を歩きながら、頭の後ろで両手を組んだロイがぼやく。まだ昼すぎだというのに、厚い雲のせいで街は闇に沈んで見えた。
「……真面目にやれ」
とセルジオ。
今二人は黒い戦闘制服の格好で、レイ・ハスタークの捜索に出ていた。装備も対アディクター用。この恰好はロイが提案したもので、それは取締官を狙う相手への餌の意味もあった。物々しいのでさすがにマスクは外しているが。
するとロイは姿勢を戻して小さくつぶやいた。
「……ま、ウェーバー達の仇だしな。ふざけてばっかもいられねーか」
「今はお前の嗅覚が頼りだ。しっかり頼むぞ」
なおこの捜査は基本的に各公安署に近いところから行われている。なのでまずはシルトワーゲンを使わず、徒歩で臭いを探しているわけである。
「何か変わったことはないか」
「風向き次第で臭いなんざ飛ぶからな……今ンとこ、ピンとは来ねぇ。それに街中は雑多な臭いも多いからな……」
しかしそこで、ロイが不意に動きを止めた。
「なんだ?」
「……D2アディクターの臭いだ。そう遠くねぇ」
「!」
「走るぞ!」
二人は駆け出し、閑散とした住宅街を突っ切っていく。
そしてある一角で、二人はそれを見つけた。
いたのはアディクターが一体だけ。ゆっくりとこちらに歩いてきている。
セルジオは射撃準備を整えようとしたが、ロイが手をかざしてこちらを制した。
「どうせ下水道辺りから出てきたはぐれ野郎だろ。たまには俺にやらせろ」
「感染の危険は可能な限り減らすべきだ」
ロイがデビルダストの影響を受けるかどうかはまだ判明していない。セルジオは許可しかねていたが。
「弾丸は温存した方がいいだろ。しくじらねーから安心しろ」
「…………」
そうまで言われれば、任せるしかない。
しかしまぁ、一体だけのアディクターにロイが後れを取るとも思えない。
そしてロイはブーツに仕込まれた鞘から一本、片刃のナイフを抜いた。
「首を落としてそれで終わりだ」
言葉をその場に残す勢いで、ロイが駆ける。
アディクターの動きは、鈍い。未だにこちらを認識していないのではとさえ思うほどだ。
接敵したロイが、ナイフを閃かせる――。
「っ!」
だが次の瞬間、ロイはアディクターの眼前で急にバックステップを踏んだ。慣性を半ば無視した挙動だったが、彼の強靭な骨と筋肉がそれを可能にする。
数秒前までロイの体のあった空間を、銀閃が薙いだ。攻撃はアディクターの真後ろから。アディクターの首を掻っ切りさらに伸ばされた一手。
首を飛ばされたアディクターは重力に引かれて頽れる。そしてそれで絶命したようで、間もなく体の腐敗が始まる。
と、その後ろには、いつの間にか小柄な人影があった。
「なかなか威勢がいいな。筋も悪くねぇ」
ロイがそう呟くと、相手――琥珀色の瞳と白髪を持つ褐色の少年はこちらを正眼に据える。
裾の千切れた茶色のマントに、滑らかな刃をもつナイフ。まさにお尋ね者といった雰囲気だ。
「君は……レイ・ハスタークか?」
「…………」
セルジオの問いに少年は答えない。
だがロイが警戒を緩めぬまま、小さく告げた。
「臭いが一緒だ。あの服の切れ端を落とした奴はあいつで間違いない」
「……そうか」
「ま、本当にマトリ殺しの犯人かどうかはわからねぇが、少なくともあいつはマトリじゃねぇだろ。アディクター殺しの現行犯。しょっ引く理由はあるな」
するとそこで、少年が口を開いた。
「お前たちは、セルジオ。ロイか」
「! なぜ名前を……」
そう返した瞬間、少年の琥珀(瞳)にひびが入る。
「――殺す」
その言葉を皮切りに少年が動いた。一気にロイに詰め寄り、右手に持ったナイフを薙ぐ。その身のこなしは犬種化したロイに匹敵するものだった。
「ちぃっ!」
絞るように呻いてロイは上半身を反らした。首の皮一枚という距離を少年のナイフがかすめる。しかし少年は即座に足を引くと、渾身の回し蹴りをロイに放った。回避直後で体勢の崩れていたロイはそれをまともにくらい、街路側面の木造民家に叩き込まれる。壁を突き抜け、ロイは屋内に消える。
「ロイ!」
叫んで、セルジオは〈グレイ・ハウンド〉を抜いた。
対人には威力が大きすぎるが、狙う部位を調整すれば人を殺さず無力化できるはずだ。
即座に射撃準備、照準――撃発!
しかし少年は鋼の殺意にいち早く気付くと、舞踏のごとく軽やかなステップでその場から身を引いた。銃弾は彼の目前の地面を穿ち、爆ぜる。
第二射を――!
だがそう思った時にはすでに少年は眼前に迫っていた。剣戟が横から迫る。
回避が間に合わないと判断したセルジオは、攻撃を銃で受け止めようとした。ところが少年はそれすらも読んでいたようで、直前で刃を引き、今度は刺突の構えでこちらの腹部を狙う。
だが。
「なめんなぁっ!」
声の主は、ロイ。少年の背後で飛び上がり、旋風すら伴っていそうな回し蹴りを放つ。
すると少年はとっさにナイフを手放すとロイの足に組み付いた。そしてあるところで手を離し、蹴りの勢いを殺さず利用してその場から離脱する。
「ちょこまかと猿みてーに」
服や顔に少々の擦り傷を作ったロイは、落ちていたナイフをブーツの底で力任せに踏み砕き、少年を見据える。
とそこで、少年は腰からもう一本のナイフを抜いた。巨大な一刀で、刃は鋸のようになっている。そしてグリップを握りこんだかと思うと、その刃はチェンソーのごとく駆動し始めた。
おそらくあれがあの少年の本命の武器。つまり今までは様子見ということか。
「セルジオ。首輪外させろ」
「……やはり、そのレベルの相手なのか」
「そうだな。あいつがそのレイってやつなのかどうかはともかくとしても、放っておいていい相手じゃねぇ。しかもあいつ、何かの薬の中毒者だ」
「中毒者?」
「臭いがいくつも混じっててわからねぇが、大量の薬が体に染み込んでやがる。あの身のこなしはそれの影響かもな」
「ドーピング剤なのか?」
「さぁな。けど、ここで確実にとっ捕まえるべきだろ」
「……わかった。頸部拘束の解除を許可する」
セルジオはロイから首輪を受け取る。
すると相手はロイのわずかな変化に気づいた。
「化け物が、化け物を狩るのか」
「だったらどーなんだ?」
「――殺すだけだ」
そして少年は即座に地を蹴った。
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