4-6

「……先に渡しておく」


 冷たい琥珀の視線で、レイはノックスにウォルク紙幣の束を手渡した。


「先渡ししていいのか?」

「約束を違えれば殺すだけだ」


 彼の瞳がこちらを試すように細められる。だがノックスはそれを泰然と受け流し、言った。


「俺の商品は取締官の情報だ」


 その言葉に少年が反応する。琥珀に閉ざされた感情が、わずかにその殻を破る。


「教えろ」

「この街には、半年ぐらい前からアディクターをほぼ専属で引き受けて殺してる取締官がいる」

「……専属?」

「そうだ。まぁ本人らが望んでるわけじゃねぇが、成り行きでそうなっちまってんだな。けどこれがなかなかに強えー奴らなんだわ」

「名前は?」

「……それを聞きたいなら、追加が必要だな」

「ゲラルトに言え。おれは余分な金は持たされていない」

「情報でいい。それもイエスかノーで答えてくれればいいんだ。お前らが今回やろうとしてることに商品があるのか、ないのか」


 とその言葉に、レイは冷たい眼差しで告げた。


「おれは組織のくだらない目的に興味はない。だが何を企んでいる? ノックス・エイルトン」

「簡単さ。爺さんに商売のおこぼれを貰おうかと思ってな。その取締官二人は、絶対にお前らの商売の邪魔になる。いい情報だぞ?」


 するとしばらくの沈黙を経て、レイは口を開いた。


「……商品は、ある」

「ほう」


 そしてノックスも数拍の間を置いて、言った。


「取締官二人の名前はセルジオ・マックフォート。そしてロイ・ブラウン。たいてい二人だけで動いてる取締官だ。セルジオは金髪の方で『ガンスリンガー』。黒髪のロイは、近接攻撃のスペシャリストだ。所属は二番署。今頃この近辺でお前を探してるんじゃねぇか?」

「…………」

「ま、もしお前がそいつらを殺し損ねるようなことがあったら、俺がケツ拭いてやるよ。それはそれで、爺さんに恩を売るいい機会だ」

「強欲なものだな」

「ハイドラ相手に情報屋なんぞやってるとそうなっちまうよ」

「そうか。――ドアの向こうにいる奴もそうなのか?」

「……ああ。らしいな」



 逃げる間はなかった。

 なぜかここだけ外開きの施工となっていたらしいドアが勢いよく開き、マリィは無様に床に転がる。その物理的な衝撃と、考えもしなかった事実を知ってしまった動揺に心は乱され、マリィの思考は停止しかかっていた。


「マリィ。もうちょい利口な奴だとは思ってたんだがな」


 ショックで動けないこちらを、見たこともない酷薄な視線で見下げて、ノックスは告げる。


「知り合いなのか?」


 声に視線を動かすと、部屋の奥に自分より少し下くらいの年齢の少年が立っていた。


「ああ。鬱陶しい小娘ガキだ。こっちはスクープとやらに欲深い馬鹿でな」


 その言葉尻、不吉な鉄の音を聞いた。

 キリ……と絞るような音。視線を戻すと、いつの間にかノックスは黒いリボルバーの銃口をこちらに向けていた。

 マリィはへたり込んだまま後じさるが――背後にはすぐ壁があって、間もなく退路は断たれた。立ち上がろうと思ったが、腰が抜けて足がいうことをきかない。


「先……輩……」

「言おう言おうと思ってたんだが、その呼び方やめろ。背中むず痒くなる」


 そしてノックスは静かに引き金に手をかけた。銃口はこちらの胸元をぴたりと照準している。一切の震えなく、寸毫の狂いなく、冷静冷徹に。


「せめてもの手向けだ。記事にならないようにはしてやるよ」


 銃声は三度。

 マリィが最後に見たのは汚れた天井と、徒花の如く廊下に散った赤だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る