4-3

 夜が明けてすぐのこと。

 交代のために起きたセルジオらが署内の妙な喧騒に驚いていると、突然、ネアから呼び出しがかかった。


「ウェーバー達が殺された!?」


 厚い雲が陽光を遮る署長室に、ロイの声が響く。口にしなかっただけで、セルジオも同じくらい驚きはあった。しかしネアは淡々とした声音で状況説明を始めた。


「事が起こったのは今朝未明だ。出現したD2アディクターの処置に向かった二番署うちの麻薬取締官五名が惨殺された。全員、鋸のようなもので体を上下に切断されたようだ」

「……少なくとも、アディクターの仕業ではなさそうですね」

「しかも人の体を真っ二つにするなんざ、そうそうできねぇな」

「ああ。下手人は相当な手練れ……加えて特殊な武器を持っているかもしれない」


 そしてネアは続けた。


「これが被害の第一報だ」


 その意味に、セルジオは奥歯を噛みしめる。


「その後、一番署や三番署の麻薬取締官も巡回中に相次いで襲われた。手口は同じで、白髪の少年だという目撃情報も一致した。各現場を移動する時間を考慮しても、同一犯と考えて、間違いないだろうな」


 白い髪の少年――ネアの言っていたハイドラ幹部と嫌でも結びつく特徴だった。


「殺されたのは取締官ばっかか。マトリへの復讐のつもりかね」


 腕を組んで、ロイが独り言のようにぼやく。


「やはり、ハイドラが動いているのでしょうか」

「可能性は高い」


 この一件が先日から発生しているテロと無関係とも思えない。

 ただセルジオとしては疑問があった。


「しかし幹部クラスの人間が直々に動くものでしょうか?」

「私もその点は気になっている。ただハイドラ絡みの事件で、幹部の人間が表に立ったという話は意外と多い。今回の場合もそのパターンかもな」


 確かに、銃で武装した大人五人を同時に相手にして、しかも最終的に近接攻撃でそれを皆殺しにした技量は相当なものだ。第一線に立っていても不思議はないかもしれない。


「にしてもテロといいこれといい、ハイドラに何の利益があんのかねぇ」

「誰かが金を積んで依頼した可能性もある。麻薬密売が主な収入源というだけで、奴らの本質はあくまで闇商人。金になるなら何でもやるだろう」

「で、今後俺らはどーすりゃいい?」


 するとネアは机に肘をついて、顔の前で両手を組んだ。


「二人には猟犬となってもらう」

「猟犬……?」

「一番署の人間が殺害されていた場所に、その場の誰のものでもない衣服の切れ端が落ちていたそうだ。まだここにはないが、現物がじき到着する。ロイにはその臭いを追ってもらいたい」

「……そーいうのは一課の公安犬がやるべきじゃねーかね」

「当然彼らにも動いてもらう。だが臭いの情報を具体的に伝達できるのはお前くらいだ。一課への協力という形にしてあるので、よろしく頼む」

「へいへい。ま、数人まとめてぶった切るようなのと戦えんのも俺らくらいだろうしな。他の連中より先に見つけてみせるさ」


 その言葉に、ネアの瞳が僅かに揺れた。


「……すまない。いつも危険な仕事ばかりで」


 手を解き、俯きがちにネアが呟く。

 するとその時、ロイが机越しに手を伸ばしてネアの顔を片手でつかんだ。

 さらに両側から頬をむにっと押して、顔を変形させる。


「ふぉら! ふぁいふぉふふ!」

「お前が殊勝な態度とか気持ち悪ぃんだよ。いつもみたいにふんぞり返って命令しとけ」


 それだけ言って、ロイは手を放す。そして今度は親指でセルジオを指す。


「まぁ俺の主人はセルジオだが、その次の次ぐらいにはお前の命令も聞いてやらんでもない」


 そしてロイは踵を返す。


「いくぞセルジオ。仕事前にとりあえず朝飯だ」


 言って一人勝手に退室してしまう。


「なんなんだアイツは……まったく」


 頬をさすりながら、ネア。

 するとそれを見ながら、セルジオは言った。


「万年反抗期の、子供ですよ」

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