4-2

 夜明け前。

 未だ闇の領域となっている街の路上に、その闇と同化する衣服を着こんだ人影が五つ。彼らは巨大な拳銃を構え、もはや肉塊と化したものたちを囲っていた。彼らのうち二人には、それぞれ一匹のシェパードが付き従っている。

 そしてあるとき犬を従えていない男が腰のトランシーバーを取り出し、告げた。


「一斑班長ダン・ウェーバーから二番署へ。警戒中発見したD2アディクターの処置を完了。J‐21区画です。どうぞ」

『――こちら二番署。遺体の回収班を向かわせます。しばらく、周辺の警戒を。どうぞ』

「了解。警戒に当たります。通信終了」


 ダンは無線をしまい、周囲の五人に通信内容を簡潔に伝達する。

 すると、隣にいた班員の一人が告げた。


「まったく……この厳戒態勢の中、どうやって運んでくるんでしょうね」


 その視線は、腐敗するD2アディクターの亡骸に向けられている。


「いくら警戒しても穴はできるものだ。一都市の公安署だけで、完璧な網など張れんよ」


 アディクターの侵入は地下からもある。街中に張り巡らされた地下インフラなどからの侵入はどうやっても防ぎようがない。


「街の広さも、今は恨めしいです」

「そうだな」


 しかし今はまだ出現が緩慢になったほうだ。初日は休む暇さえなかった。

 ……もっとも、あの二人が処置したアディクターの数には劣るだろうが。


(あれも難儀な連中だ)


 理由は不明だが、彼らが優先的にアディクターに差し向けられているのは理解している。上は何も言わないが、現場を見ていれば察しはつくというものだ。

 ただ自分にできることはそうない。詮索など意味もないし、上が明らかに隠していることに首を突っ込むほど子供でもない。せいぜい周囲と同じように振る舞って、可能であれば彼らにアディクター処置権を譲ることが役目だと思っていた。

 ダンは告げる。


「さて、警戒を怠るなよ。どこにアディクターが潜んでいるかわからないからな」

「はい――」


 するとその時、その場にいる二匹のシェパードが突然唸った。そして次の瞬間、小さなモーターの駆動音のような音と共に、目の前にいた班員の上半身が地面に落ちた。


「!」


 ダンを含む残った四人は驚愕しつつもその場に踏みとどまる。

 倒れる班員の下半身の向こうに見えたのは、フードとマントを身に着けた小柄な人影。


「っ!」


 ダンは言葉を繰るより早く体を動かした。対人戦術を無視して、得体の知れぬ相手に向かって素早く飛び込む。

 ただ事でないと――何より早く拘束しなければと、歴戦の勘が告げていた。

 しかしその人影はダンの突撃を難なくかわすと、即座に別の取締官に狙いを絞る。飛び掛かってきた犬二匹をあっさりと蹴り飛ばし、足音も薄く駆け、右手に持っている大型のナイフらしき得物を閃かせる。直後、狙われた取締官は上下に斬断された。


「う……うぁぁぁっ!」


 残りの班員らが思わず〈グレイ・ハウンド〉を向け発砲する。だが小柄な襲撃者は銃撃に怯みもせず突っ込むと、容赦なく三人目を葬る。マズルフラッシュに一瞬映ったのは、白い髪と琥珀の瞳。


「っ……逃げろっ!」


 ダンはそうとだけ指示を出し、謎の襲撃者に銃撃する。が、相手は人間離れした挙動で銃撃を回避した。その後、背中を向けて逃げ出そうとした残る班員の一人を仮借なく切り伏せる。

 ダンは再度銃撃するが、銃弾が当たらない。


「化け物かっ……!」


 銃撃を縫って、相手は一瞬で間合いを詰めてくる。

 眼前で、彼の右手の得物がこちらの懐へ滑り込んだ。


「ぐ……!」


 ダンは勘頼みで軌道を見切り、銃でそれを受け止めた。

 やはり得物は大型のナイフらしく、鋸のような刃を持つそれは、鉄の臭いに濡れていた。


「何者だ……貴様……!」


 問うたところで答えないのはわかっている。だが聞かずにはいられなかった。

 すると襲撃者は答えとばかりに唸りを返した。

 しかしそれは機械の音。小さなモーターの回転音。


「!」


 ナイフの刃がチェンソーのごとく駆動する。その力に押し負け、ダンは銃を手放し後じさった。藁にもすがる思いで腰のトランシーバーに手を伸ばし、回線を繋げる。


「二番署! 応答願う! 白髪の少年に――!」


 紡げた言葉はそこまで。

 天地が揺れたかと思うと、次の瞬間ダンの意識は途絶えた。

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