3-9

 ネアは女性士官用の更衣室で、急ぎ活動制服に着替えていた。スカートを脱いで防弾防刃繊維のスラックスに履き替え、ブラウスの上から防弾ジャケットを羽織る。


(目的は、なんだ……?)


 長い髪をまとめてキャップに押し込みながら、ネアは胸中でそんなことを独りごちる。

 第一報を受けたのは、事が始まって間もなくのことだった。

 署長室に電話してきたのは、麻薬取締課のダン・ウェーバー。彼はあくまで冷静に、しかし声に明らかな焦燥を滲ませて言ったのだ。


 ――ヘリオスシティ市街各所で、D2アディクターと思しき者たちが多数出現しています!


 一瞬耳を疑ったが、時を同じくして署長室に駆け込んできたボードマンも、ウェーバーと同じ凶報を持ってきていた。

 そしてネアは直接指揮を執ることを両者に伝え、ここに駆け込んだわけである。


「…………」


 ネアは無言で拳を握る。

 デビルドロップが増える中で、また新しい特級危険薬物が見つかり、それがすでに何らかの形で蔓延している。裏で糸を引いているのは十中八九、麻薬密売組織。

 もしかすると、ハイドラの手の者かもしれない。


「……これ以上、悪魔どもの好きにさせてたまるか」


 ネアはロッカーの戸を閉めると更衣室を後にする。

 日の差す廊下は普段と変わらない光が満ちていた。

 しかしそこを行く彼女の灰の瞳が見据えていたのは、底の見えぬ深淵だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る