3-5
狭い車だと思った。
前後に緩やかに弧を描く低い天井。フロントガラスの先に見える同じような傾斜のボンネットは、すぐ手前で先が見えなくなっている。そのくせフロントにあるエンジンルームが広くとられていて、それは結局のところ乗車スペースの圧迫という形で表出している。
エンジンの小型化が不可能なら車体を大型化すればいいだろうにそれができないのは、どうせダンパーの耐久性が低いとか、その辺りの理由なのだろう。
粗悪な金属と鋳造技術で以って製造された――実質二人しか乗車できないこの国手製の鋼の乗り物。母国のそれよりはるかに劣るその乗り心地を助手席に座る者に嘆きたいところだったが、右隣に座るその相手はおそらく、こちらの話など聞きはしないし答えもしない。
そして運転席に座るカジュアルな私服姿の男は、信号待ちの時間に助手席の男を見やった。
「…………」
シートベルトで座席に固定され、こけた頬と土色の肌で俯くその様はまるで死体のようだった。四肢に力はなく、着ているものはコーディネートなど全く考えられていない古着。
無精に伸びた前髪に隠れて瞳は見えないが、その眼にはおそらく何も映ってはいまい。開ききった瞳孔は必要以上の光を集めているだろうが、舌の存在しない口では苦悶の言葉を紡ぐことなどできはしないだろう。しかし唸ることは可能なはずだから、黙っているということは、そもそも苦痛など感じていないのかもしれないが。
「……こんな奴の輸送とか外れクジだな」
この男はいつかの薬物実験で自分で舌を引きちぎったと聞く。珍しくもない話だが、会話すらできない人間と一緒にいるのは興が乗らない。たとえ目的地までの僅かな時間だとしてもだ。
そしてしばらくして、車はようやく目的地に着いた。
街の西部にあたる街路の脇に、目立たぬように停車する。男はドアポケットにあった器具を手に降車すると、古着の男を車外へ連れ出した。
さも酔っ払いを担いでいるように装って、道の脇のゴミ捨て場に古着男を隠すように座らせる。そして車から持って出た器具――小さなアナログタイマーの付いた注射器を彼の手首に括り付けた。さらに男はポケットから細い鉄心を取り出すと、器具にあった小さな穴にそれをしっかりと差し入れ、抜き取る。
「よかったな。もうすぐ終われるぜ」
男は動き出したタイマーを確認すると、無言で路地を出て、そのまま車で走り去った。
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