三章 Devil never come singly.―悪魔は単独では来ない―

3-1

 Xアディクターとの遭遇から二日後。

 セルジオとロイの二人は出勤して間もなく、薬物捜査研究所――通称DRI薬捜研から結果が届いたとネアから知らされ、署長室へと向かった。二人が入室すると、麗らかな昼の光の中、いつもと変わらずネアが執務椅子に腰かけていた。


「臨時休暇はゆっくり過ごせたか?」


 開口一番彼女は告げて、微笑む。

 セルジオらはいつも通り彼女の執務机の前に起立して、


「はい。配慮に感謝いたします」

「まぁ配慮ってんなら、そもそも記者の取材なんざ断れって話だがな」


 ロイは面倒そうな顔で、無理やり閉められた襟元をしきりに気にする。

 するとネアはロイを軽く睨んで、


「交番の変更を了承してくれた人間には素直に感謝しておけよ。お前たちの悪いイメージを払拭するためにもな」

「けっ、ンなもん今更だな」

「細かい積み重ねを、馬鹿にしないほうがいい」

「……へーいへい」


 そしてネアはロイのいい加減な返事を聞き流しつつ、本題に入った。


「今朝、薬捜研から結果が届いた。一般にはまだ公開していないが、第一遭遇者の二人には、確認のためにも先に結果を見せる。結果に異論があれば申し出てほしい」

「承知しました」


 セルジオはネアから差し出された数枚の書類束を受け取る。書類には該当薬物の投与時血中濃度を表したグラフ、最少有効量、中毒量、致死量、クリアランスの値や具体的な成分などが記入されており、ページの頭には薬捜研による解析を証明する捺印がある。


「だめだ俺こーいうの頭痛くなる」


 最初から読む気もないくせに横から覗き込んだロイが、やれやれと首を振る。

 それを見かねてか、ネアは補足もかねて説明した。


「結果としては、当日に二人から聞いた予想と同じだ。デビルドロップをベースとして開発され、似た特性と作用機序を持つ新薬。ただこちらは投与後まもなく人体を不可逆に侵食し、それは数秒で脳脊髄膜をも突破する。特徴的なのは投与された個体の唾液、血液に薬物と同じ成分が含まれるようになること。よって傷口などからそれが別の個人に吸収された場合、その人物にも人体変異作用が発生する。空気による酸化と、投与後の個体が人間敵視の性質を持つことはデビルドロップと同じだな。ちなみにこの新薬は、薬単体でもDアディクターと同じ臭気を持っている」


 すでに暗記したらしい薬の特徴を、ネアは淀みなく口にする。


「それと先も言った通り、国家組織としては二人が第一遭遇者となる。一般非公開の資料に名前が載るが、構わないか?」


 セルジオは手にしていた書類をめくり、自分とロイの名前が記載されているものを見つける。


「はい。問題ありません」

「よし。ならその資料一式は取締課のウェーバーに渡してくれ。組対課のボードマンには後で私が渡しに行く」

「……組対課にも、我々が行きますが」

「嫌だろう? ボードマンと顔を合わせるのは」

「……お気遣い感謝しますが、そこまで署長に面倒を見ていただくわけにもいきません。ミスがあって以降まともにお会いできていませんし、謝罪と共に手渡してきます」


 その言葉にネアは数秒沈黙したが、その後机にあった茶封筒をセルジオに差し出した。


「なら、よろしく頼む」

「はい」


 すると会話の切れ目に、ロイが言葉を放った。


「で、これからその新薬は増えてくんのか?」

「それはなんとも言えないな。今までも急に現れて結局流通しなかった薬はいくつかある。国が確認していないものも含めれば、その数は未知数だ。密売組織の連中が金にならないと踏めば、収束していくだろう」

「ま、メンドーはやめて欲しいねぇ」


 と、そこでロイがふと思い出したように尋ねた。


「そういや、名前はなんだ? その薬」


 言われて、セルジオも持っていた書類のページをめくる。

 見つかった新薬は薬捜研が名前を付け、それを書類の最後に記す決まりになっている。

 だがセルジオがその名前を見つけるより早く、ネアが口を開いた。


悪魔の塵デビルダスト――」

「…………」

悪魔デビルを冠する特級危険薬物に二つ目が追加だ。中毒者の呼称はD2ディーツーアディクター。一般には早ければ明日にも公開されることになるだろう」

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