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 その後四人は、パトロールしつつ取材を受けるということで街に繰り出した。

 ロイはあの後即座に署長室に飛び込んでネアに抗議したが、問答無用で却下され今に至る。


「納得いかねー」


 言葉を地面に吐きつけるような格好で、ロイはだらだらと歩を進める。

 セルジオもロイも、さすがに制服は目立つので普段着に着替えていた。ロイは襟なしの赤い混紡シャツに黒のジーンズ。上にはバーントアンバーのダウンジャケット。セルジオは昨日の張り込みの時と同じ、白いカラーシャツに黒スラックス、黒のロングコートという格好である。

 装備はセルジオが持つ三十八口径の公安官標準拳銃とその予備マガジンのみ。公安手帳は携帯しているが、トランシーバーなどはない。今二番署は故障や修理のせいで使えるトランシーバーの台数が少なくなっているので、取材ありきの外回りで借りるのは気が引けたのだ。

 が、今となっては別に借りておいてもよかったかもしれないとセルジオは思っていた。

 するとそこで、ノックスがマリィを気にしながら小声で耳打ちしてきた。


「ウチのがすまんな。次飲む時おごってやるから」


 ちなみにノックスの格好は先ほどと同じで上着などは羽織っていない。いつだったか北方の出で寒さには強いと、豪語していたことを思い出す。

 なお今回パトロールということにしたのは、単純に無難だからである。

 セルジオとロイは同じ宿舎で寝泊まりしているのだが、私生活に密着取材などされてもあまり気分のいいものではないし、マリィとて男二人の私生活を取材したところで面白味もないだろう。それに自分たちの宿舎は一般の公安官や取締官とは別の、公安署から徒歩十数分の位置にあるボロ家。人を招けるような場所でもない。

 シルトワーゲンを使わず歩きなのは、単に近場の巡回で済ませる予定だからである。


「でもやっぱり薬関係のお店が多いですねぇ」


 写真機をかけた首を巡らせ、上着に羽織った灰色のガウンをひらひらさせて、マリィがつぶやく。パッと見は仕事というより観光半分、といった風である。

 話によれば、彼女は出稼ぎのために国を出てフリジニアまではるばるやってきたらしい。

 国を出たのもふた月と少し前のことで、まだ慣れないことも多いそうだ。まぁこの近辺の国は母国語以外に共通言語を用いるので、言葉の壁がないだけ慣れやすいとは思うが。

 なお彼女の出身国であるカミリアは、遠く離れた南方の小国だ。アイゼンタールほどフリジニアと深いつながりはないが、それなりに付き合いのある国ではあるはずである。


「薬草の栽培と薬剤の製造はフリジニアの主要産業です。特にヘリオスシティはフリジニアの薬草栽培の七割近くを担っている街なので、相応に薬局も多いですね。郊外に出れば薬草農園がいくつもありますよ」


 こちらも取材を受ける取締官というより観光ガイドの気分で、セルジオは告げる。


「この街けっこう広そうですもんねぇ」


 先の農場が半分以上を占めるわけだが、ヘリオスシティの面積はフリジニアにおいて二位。マリィの感想は間違っていない。

 しかしかといって田舎というわけでもないのも街の特色で、郊外はその限りでもないものの、首都であるアイビスシティに次いでの都会、という認識が一般的である。

 その証拠に平日だというのに街路はところどころ交通規制がかかり多くの歩行者で賑わっている。商店街と言うと少し違うが店も多く、快晴の空の下に響く客引きの声と整然と並ぶ焼成煉瓦の建築物群は、街の活気を後押ししている。


「うーん。なんか気持ちいいですねぇ。仕事なんてしてるよりお散歩したいかも」


 マリィが両手を組んで空に向かって腕を伸ばす。

 ――と、ロイがすかさず口を開いた。


「そーだろー? つーことで、今日はこれでおしまいに――」

「でも、先輩みたいな怠け癖はダメですよね。パトロールパトロール♪」

「……あー、そーですかい」


 ロイはもう好きにしてくれってな感じで、道端の小石を軽く蹴飛ばす。

 するとその会話の間に、ノックスがまたしても小声で囁いてきた。


「なぁお前ら、そういや昨日やらかしたんだろ?」

「……どういうことだ?」


 セルジオは別にとぼけたわけではない。疑問は、その先にある。


「何で知ってる」


 昨日の自分たちの失態は、メディア公表されていないはずである。処分が下ったのなら記者クラブにもその旨が通達されるだろうが、お咎めなしとなった事態をわざわざメディアに報告などしない。知っているのは自分たちとネア、組対課と麻薬取締課の人間くらいだろう。なぜこの男が知っているのか。


「署長室の扉、あれけっこー薄いぞ」

「…………」


 先ほどマリィが触れていたが、記者クラブの人間には規約がある。

 主には情報漏えいを防ぐ目的のもので、署内には公安官以外が立ち入れない区域があるのだ。署長室と資料室のある東館三階はその禁止区域の一つであるはずだった。ネアの許可があれば別だが、おそらくノックスはそんなもの取っていないだろう。

 セルジオは遠回しに忠告だけしておいた。


「あの辺りは映像記録装置もあるのに、よくやるな」


 しかしノックスはそれに怯んだ様子はないようで、


「ああいうのには死角ってもんがある。それに、東館のやつは解像度の低い旧型だ」

「…………」

「それにな。署長室の前のは止まってんじゃねーかな。たぶん二、三日前から」

「……は?」

「昨日見た限り動いてなかったぞ。接触不良かなんかだと思うんだが」


 ……なんでそんなことまで知っているんだ。

 というか、昨日は署にいて盗み聞きしてたのか。


「……それで、俺たちの失態それを知ってどうする気だ?」


 するとノックスは大げさに肩をすくめて見せた。


「別になにも? おじさんの雑談にくらい付き合ってくれてもいいだろ? ……心配しなくても記事にしたりゃしねーよ」


 一応、それは信用できることではある。

 この男が公安の発表外のことを知っていたことは今までも多数あるが、それを記事にしたりということは一度もない。少なくとも自分たちが知るここ半年間は。

 ちなみに彼は二番署記者クラブの中では最年長で、配属されてからずいぶん長いらしい。

 そして今まで数々の規約違反を指摘されながらも減給と短期間の謹慎だけで乗り越えてきたという悪運の持ち主でもあり、その点において署内では少々有名であったりする。


「ちょっと先輩。何こそこそ話してるんですか」


 密談を見かねてか、マリィが口をとがらせる。


「ああいや、すまん。こっちの話だ」


 ノックスはひらひらと手を振ってマリィに会話を譲る。

 するとマリィはすかさず聞いてきた。


「あの一つ質問なんですけど、この国の麻薬取締官の人って、仕事の時――特にDアディクターの処置の場合、取締犬を連れてるのが普通ですよね?」

「そうですね」

「でもセルジオさんたちは昨日犬を連れてませんでしたよね?」

「自分もロイも、パートナーとなる取締犬はいますよ。ですが昨日は他の取締官のパートナーが臭気を検知していましたし、出番がなかっただけです」

「へぇ……会ってみたいなぁ」

「それは難しいかもしれません。自分たちの取締犬はどうも人見知りが激しくて、知らない人と会うとストレスが溜まるんですよ。なので必要以上に表には出さないようにしています」

「そーなんですかぁ……あ、そういえば、お二人はいつも一緒にお仕事されてるんですか?」

「ええ。今はあくまで試験的なものですが、取締官にバディを組ませる計画があるそうです。その一環で、我々は生活も共同です」

「へぇーっ」


 マリィはいそいそとメモ帳の上で手を動かす。

 セルジオの言葉は国から指示がある通りの言葉だった。一部嘘はあるものの、概ね全てを語っていないだけである。


「でもお互いだいぶ性格違うっぽいし、大変そうですね」

「それは、まぁ……」


 どう答えたものかと思っていると、横から声が飛んできた。


「そこの三人さん! 新作の試食があるんだよ、食べてみて」


 見ると、横の惣菜屋の店先で、恰幅のいい中年の女性がエプロン姿で手招きしている。彼女の言葉にどこか違和感を覚えたセルジオだったが、一応勤務中なので断ろうと――


「わーい、いいんですかぁ♪」


 だがセルジオが口を開くより早く、マリィはさっさと店先に食いついてしまう。


「……なぁ、何してんだ俺ら」


 と、これはロイ。


「……イメージアップのプロモーションだとでも思え」

「あのな! 俺は玉葱と休日潰されんのは大っ嫌いなんだ! 観光気分の記者なんぞに付き合ってられるか!」

「今日一日だ。代休も出る」

「前回休み潰れた時も、代休なんざひと月先だったんだぞ!」


 するとセルジオとロイが言い合っているところへ、マリィが木の串に刺さった小ぶりな丸い揚げ物を三つ持って戻ってきた。


「もう、喧嘩しなくても、ちゃんと三つ貰って来ましたよ。おいしかったら広めてね、だって♪ 一個一ウォルクぽっきり♪ こーいうのも活気のある街ならではですねぇ」


 と、ご機嫌である。


「ったく」


 ロイはろくに見もせず、奪い取るようにしてその試食を口に放り込んだ。

 が直後、ロイの顔から露骨に血の気が引いてゆく。

 そして震える声で、マリィに尋ねた。


「おい……お前……これ、なんだ……?」

「へ? えっと確か……店長お墨付き! 産地直送採れたて新鮮無農薬小玉葱の、まるごと特製オニオンフライ、だったかな」


 彼女がその長い商品名を言い切った時には、ロイはその場で卒倒していた。

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