2-3
ネアの話によると、今日セルジオらに用事があったのはこのベレー帽の少女であったらしい。なのでその後、ネア以外の四人は話し合いのため署長室を出て、署内の食堂に場所を移したわけであるが――
「はぁ!? 取材!?」
微妙な時間で人気のない食堂で、ロイは椅子を蹴って立ち上がった。テーブルに両手をついて目の前の少女、マリィに詰め寄る。
「はい♪ 昨日のお二人の『処置』を見て興味が湧いたんです。麻薬という悪に立ち向かうせーぎの味方! 薬の番人! カッコいいじゃないですか!」
瞳を潤ませ、なんなら綺羅星のような輝きまで瞳に散りばめて拳を握る少女。
処置の仕事は汚れ仕事といえばそれまでのものだと思っているが、彼女はいったいどこに感化されたのだろうか。
「あの……カーチェスさん」
「あ、名前でいいですよ。私もあなたのこと、セルジオさんって呼びますから」
こちらが名乗った覚えはないが……ネアにでもあらかじめ聞いていたのだろう。
「……では、マリィさん。この件について署長はなんと?」
するとマリィは咳払いなどして、
「――記者クラブの方への協力は、可能な限り行うべきと思っています。あの二人でよければ取材でもなんでも、好きに使ってください」
よそ行き言葉のネアを真似して告げる。
「――という許可を昨晩いただきました」
「あんの女……」
ロイは立ち上がった姿勢のまま、俯きがちに呻く。
「しかし取材といっても……答えられることは少ないと思いますよ。我々には口外禁止事項も多数ありますので」
「大丈夫です! 私も記者クラブの規約は理解していますし、できる限りでいいんです!」
言っていそいそとメモ帳と短い鉛筆を取り出す。
彼女が言う記者クラブとは、各報道局からの記者が特定の機関(主に主要行政機関だが)に常駐し取材を行うために結成された組織である。彼らは所属する機関のサポートを受けて滞在し、正確迅速な報道を使命とする。
当然、この二番署にも常駐する記者らが数名いる。菊の花がデザインされた白いバッジがその証で、マリィもそんな記者の一人というわけだ。
ちなみに彼女の隣に座る――さきほど引きずられていたひっつめの男も記者クラブの人間の一人である。
「なぁノックス。どーいうことだよ」
ロイは、今度はその男――ノックス・エイルトンに向かって視線を向けた。
彼は猫背気味にマリィの隣に座り、髪と同色の暗い茶色の瞳をげんなりと伏せていた。よれた白のカラーシャツに擦れた灰色のスラックスという格好のため、その表情には必要以上の哀愁が漂っている。
なおセルジオもロイも、彼とは知り合いである。会うのは一週間ぶりくらいだが。
「あーいや。その、なんというか……仕事熱心な子でな。うん」
するとそこで、ノックスはズボンのポケットからくしゃくしゃの
彼もマリィと同じ大手新聞社『フリジニア・ミラー』所属の新聞記者だ。そして先述の通り、所属はここの記者クラブ。――もっとも、真面目に仕事をしている姿は見たことがないが。
「ま、一応俺の部下だ。仲良くしてやってくれ」
「部下ねぇ……セルジオ、知ってたか?」
「いや……」
「こいつは一週間前に配属になったばかりだからな。お前らにもまだ言ってねぇよ」
ノックスのその言葉に、セルジオとロイは顔を見合わせる。ロイは先ほど蹴転がした椅子を直してその上に体を戻しつつ、
「なぁ。今って採用シーズンだっけ?」
と、聞いてくる。
セルジオは否定の意味で肩を竦めた。
今は冬場。新卒採用からはかなりずれている時期だ。彼女の年齢は先ほど聞いたが、まさかその年で中途採用というはずもないだろうし、この時期にこの年齢の新人というのはあまり聞かないものではある。
するとロイの疑問にはノックスが答えた。
「今から二か月くらい前に、記者にしてくれと、フリジニア・ミラー本社の人事部に直談判したらしい。で、人事が円滑に追い払うために課題を出したところ、それをクリアしてきたと、そういうわけだそうだ」
「ンだよ課題って」
「三日で有名人のスクープ十件押さえてこいとかなんとか」
「受からせる気ねぇなそれ」
「けどこいつ、人気歌手グループのスクープ押さえやがったからな」
「三日でか」
「いや、正確には一日……数時間だな。あー、ほら先月だったか、なんとかっつー男五人の歌手グループ全員が二股かけてたとかいう報道あったろ」
興味がないので記憶は曖昧だが、そんなことをラジオのニュースで聞いた気がする。
「あれ、元はフリジニア・ミラーの独占スクープでな。裏とったのこいつなんだわ」
ノックスは親指でマリィを示し、
「どーも連中が女とホテル入る現場を偶然、立て続けに目撃したらしくてな。で、二股相手が全員、女優やらアイドルやらモデルやら……とにかく有名人だらけときた」
「十件、と言えなくもないわけか」
「そういうこった。んで首都の本社で一か月の研修期間の後、ここに配属になったと、そういうわけだ。……じゃ、俺はこれで」
それだけ言うと、ノックスは半ば無理やり去ろうとする。が、マリィはメモ帳を持った手で器用に彼の腕を捕まえた。
「どさくさ紛れに逃げようとしても無駄ですよ! 今日は逃がしません!」
振り払おうと思えばできただろうが、こんな少女相手に本気にもなれなかったのか、ノックスはその場に縫い付けられる。
「んで? なんでこんなことになってるんだ?」
と、ロイ。
「そりゃ俺が聞きたいね」
言いつつノックスはマリィに視線を移すが、それに怯むことなくマリィは言った。
「先輩は仕事サボりすぎです! いっつもふらふらしてどっか行っちゃうんですから。権威あるフリジニア・ミラーのいち記者としての自覚を持ってください!」
「権威あるったって、ただのタブロイド紙だぞ? しかもわりとゴシップ寄りの……」
「そ・れ・に! 記者クラブには他紙の人もいるんです! 周囲の目も考えてください!」
声に怯みつつも、ノックスはため息を一つついて席に戻る。
「……お前絶対、学級委員長タイプだろ」
「へ? 中等の時は飼育委員でしたけど?」
「……動物はさぞ窮屈だったろうな」
言ってノックスは無骨なデザインのオイルライターを取り出すと、咥えたままだったシガレットに火をつけ、面倒臭そうに紫煙を見つめる。
そんな彼の様子で、セルジオは察した。
(……逃げていたな)
ここ一週間、彼の姿を署内で見かけなかった理由――おそらくこの一週間、ノックスは彼女から逃げ、公安署に極力寄り付かないようにしていたのだろう。
するとそこで、会話を見守っていたロイが椅子の上に適当に胡坐をかきつつ、口を開いた。
「で、マリィ? つったか?」
「はい♪」
「取材ってどうすんだ。なに答えりゃいい?」
当然というか、それは殊勝な態度からの申し出ではない。単に早く済ませて帰りたいだけだ。しかしセルジオとしても、今はその考えには同意だった。
ロイは胡坐の姿勢のまま椅子を器用に背後に傾けて、ふらふらとバランスを取りながらマリィの言葉を待つ。
「そうですねぇ。普通に一問一答してもあれですし……」
と、マリィはそこで元気よく手を挙げた。
「とりあえず今日丸一日、密着取材させてください!」
がだんっ!
ロイが後ろにすっ転んだ。
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