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 ヘリオスシティ第二公安署地下二階、特別安置室。

 そこは無駄な内装のない薄暗く四角い部屋だった。窓はなく、部屋一方の壁にはドアというより搬入口とでもいうべき引き戸がある。床は打ちっぱなしのコンクリートで、テーブルや椅子なども一切置かれていない。

 しかし今、部屋の中心には頑丈なストレッチャーに乗った巨大な鋼鉄の箱が一つ鎮座していた。寝かされたそれの天板には強化ガラスを使用した覗き窓があり、それはまさに棺といった様相だった。

 そしてその前に、男が立っていた。紺瑠璃を基調とした公安官の執務制服を着た、ダン・ウェーバーである。

 するとその時、部屋の扉が開いて一人の少女が姿を見せた。

 背中に届く長い灰色の髪と同色の瞳を持つ少女で、年の頃は十七、八というところ。繊細な目鼻立ちに細い顎、白磁の肌という見た目には、百合の花の如き楚々とした雰囲気が漂う。

 彼女もデザインは違うものの、ダンと同じ色合いの制服を身に纏っていた。こちらはタイトなスカートをはじめ、丸みのあるフォルムで構成されている。


「無事で何よりだ、ウェーバー巡査部長」


 怜悧でいて可憐な少女の声が部屋の空気に溶ける。ダンは彼女に敬礼し、少女もそれに返礼した。

 少女は鉄棺に視線を送る。


「これが、今朝のアディクターか」

「はい。……遺体の到着が遅れてすみません。予定では午前中に返還されるはずだったのですが、薬捜研での解剖が遅れたようで」

「ままあることだ。謝らなくていい」


 ダンは、咳払いなどして、


「最終処置実行者はセルジオ・マックフォート巡査、並びにパートナーのロイ・ブラウン巡査です。直接の死因はブラウン巡査の格闘術による頭部圧壊。私もこの目で見たので間違いはないでしょう」


 言って、ダンは手に持っていた用箋挟クリップボードを少女に手渡した。

 少女はそれを受け取ると、傍の鉄棺の中を覗きつつ、挟まれていた書類に目を通す。そして一通り確認を終えると、胸ポケットから小ぶりな万年筆を取り出し、書類の末端にネア・レディングと自身の名前をサインした。


「遺体の焼却・破砕処置を許可する。ご苦労だった」

「はっ。では私はこのまま、焼却施設に遺体の引き渡しに向かいます」

「ああ、よろしく頼む。……そういえば、ハリス巡査の容態はどうだ?」

「しばらく入院が必要になりますが、命に別状はないようです。Dアディクターの攻撃を受けて骨折と打撲で済むとは、運のいい奴です。自分の取締犬パートナーも軽い怪我と打撲で済みました」

「そうか。よかった」


 ふっと表情を緩めて、ネアは踵を返す。

 だが彼女はドアのところで思い出したように立ち止まると、振り返った。


「ウェーバー、あの二人が今どこにいるか知らないか?」


 それが彼らのことであると、ダンはすぐに察する。


「今朝戻ってすぐ雑――末端使用者摘発の任につきましたが」


 俗称の方を言いかけて、ダンはあわてて言い直す。

 そしてそれを誤魔化すように続けた。


「彼らに伝言でも?」


 するとネアは一瞬考えたようだが、ふるふると首を横に振った。


「いや、すまない。なんでもない」


 そう言って彼女は、部屋を後にした。

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