一章 Bad medicine is also bitter.―悪薬も口に苦し―

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 冬の空気が張る早朝の街路を、一台の車が突き進む。

 ルーフにある青いランプを回転させてサイレンを鳴らすのは、小型のガソリン式自動車――四角く無骨なデザインの警邏用無線装甲車両シルトワーゲンである。

 その車が走っているのは街のメインストリートだった。セメント・コンクリートで舗装された街路の左右には切り揃えられた樹木と黒鉄の電気灯が等間隔で並び、石畳の歩道と整然と並ぶ煉瓦造りの建物が瀟洒な景観を生み出している。

 現在の時刻は午前七時三十二分。相応に交通量もあったが、そのシルトワーゲンは交通規則を半ば無視して車の流れの間を突っ切る。他の車も道端の歩行者も、何事かと注目していた。




「十分遅れか」


 シルトワーゲンの車内に備え付けられたアナログ時計をちらりと見やって、運転席でステアリングを握る男が呟く。年齢は二十歳そこそこ。すっきり整えられたブロンドと、隙のない青い瞳が特徴的な青年だった。

 着ているのは、医者が着る術衣のようなデザインの黒い衣服。肩のケープ、首の小型コルセット、頭のマリンキャップも黒一色で、手袋やブーツも同じく。完全な黒づくめである。

 唯一色があるとすれば、服の左胸と帽子の正面にある白金の紋章。六弁花をベースにデザインされた国章をアレンジしたそれは、この国の治安組織『公安』のシンボルマークである。


「セルジオ。神経質すぎると将来ハゲっぞ?」


 声は、右の助手席から。

 そこには運転席の男――セルジオと同じ格好をした男が、しかし帽子を指の先でくるくると弄びながら座っていた。年齢はセルジオと同じくらい。ショートとセミロングの間でざっくり整えられた黒髪と、どこか皮肉っぽい視線を湛える黒の瞳がセルジオとは対照的だった。


「処置に限った話じゃないが、わずかな時間差が致命的になることもある」


 と、セルジオ。


「たかが十分だろ?」

「されど十分だ」


 セルジオはにべもなく言い切ってギアチェンジし、ステアリングを切る。


「ロイ。もうすぐ現場だ。準備しておけ」

「へいへい」


 いい加減に返事して、黒髪男――ロイは帽子を適当に頭に乗せる。

 いつの間にか、周囲の街路の交通はやけに少なくなっていた。

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