第9話 不幸の神
これがね、運命なんですよ。
だから紅羽、あなたは――
そう言って母は笑った。
「お母さん! お母さん! 置いて行かないで!」
喉が裂ける程叫んでも、母は笑っているだけで。
手を伸ばす。母の巫女服の袖に触れそうになった瞬間だった。
お父さんがわたしの手を掴んだのは。
「お父さん! なんで……!?」
「あいつが決めたことだ」
「嫌だ! お母さん!」
泣きじゃくりながら母を求める様はきっと惨めだったのかも知れない。
わたしの身体を抱き締めて離さない父だって、本当は手を伸ばしたいだろうに。
わたしを守る為に其れをしないのだ。
『良いのかな? 嫁御殿』
母は神山を護る神、大和様の問い掛けに是と頷いた。
その瞬間、母の身に光が纏う。その姿はあまりに神々しい。
これが――神嫁の姿。
これが――神山若葉という人間の終わり。
「おかあ、さん……」
泣きじゃくり過ぎて、顔はぐしゃぐしゃだ。
母はこちらを一度も見ることなく、大和様の傍に寄る。
父は悲しそうに眉根を寄せていた。
ああ、わたしのせいだ。
わたしが人並みの幸せを求めてしまったから。
「……広也さん」
ごめんなさい。
わたしがあなたと居たいと願ったせいで、色んな人を傷つけてしまった。
広也さん自身も、きっと傷つけてしまった。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているから、きっとあなたは帰ってしまったのでしょうね。
もう、わたしは――
「……紅羽!?」
父と母。どちらの声だったのだろうか?
力が暴発するように身体中を巡って、頭がぼうっとする。
ああ、このまますべてを壊してしまおうか。
だってわたし、家族が壊れてしまうくらいなら。
広也さんと居られないなら。
こんな不老の身なんて――要らないから。
『あは、はははははは!!』
自分の声とは思えない程の声が溢れ出す。否、実際に己の声ではないのだ。
なんで、と思っても、目尻から零れた雫が形となって足元に波紋を作り『わたし』という存在を消していく。
『ふ、あはははは! ようやくこの娘の身体を乗っ取れたぞ!』
あなた、だれ?
『不幸を司る神。と言えば、賢いお前は分かるだろう?』
にやりと笑ったその神は、また高らかに笑ってわたしという存在を喰い始めた。
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