第3話 刺激、快楽の代替

「きれいな別れなんてないよ」

酒を飲みながら藤沢はよく言っていた。

忘れてしまったのだろうか。


遊びなれた男たちは自身を守るため

約束ごとのような境界線をひいたり

やってしまったことを女の目が誘っていた、なんて

どうでもいいようなことをいう。


ネットの規約みたいにすっ飛ばされることを相手に望みながら

それらを呪文のようにとなえることは

彼らの儀式のようでもあった。


結局、別れの言葉もないまま藤沢は去った。

去ったあともメールがときどき入る。

私の感情も宙ぶらりんの状態だ。


あらためて別れをきりだすことは

藤沢と快楽を共にしていたときのことを

「恋愛」と変換しなければならない。


めんどくさい。

冗談のようになってしまうが藤沢は固太りを越えて少し太っていた。

けれど女の扱いにはスマートだった。

だから主導権をあずけていた。

なのにこうなってしまう。


私は私で藤沢と快楽におぼれていた時間をなにかでうめなければと考えていた。

元々の依存体質であること、それはある程度の年齢を重ねて自覚していた。


当時パソコンを購入したことの理由はそれが大きい。

今まで触ったことのないもの。

夢中になれそうなもの。


周りも持ちだしてからずいぶんたつ。

ずっと先延ばしにしていたもののひとつだった。



藤沢との関係が「恋」ではないことの注釈を

繰り返しているにもわけがある。

私はボーダーだから。


罵声を浴びせたり、こちらにふり向かせるような工作を

藤沢には一切したことがないのだ。


一度でもボーダーの被害にあった人はご存知だと思う。

ターゲットと見なすと魅惑的に目が光り相手を手に入れる。

そして関係が落ち着いたころボーダーは隠していたスイッチを

あちこち連打するようになっていく。


あの巧妙な話の捻じ曲げ

あの凄まじい責めたて

矛盾しながらも指摘されないために

相手の痛いところをピンポイントで挟みまくる。


それを大声でまくしたてるもんだから

やられた相手はなだめようとするか謝罪せざるを得ない。

そして、なだめられようが謝罪されようが、逆にキレられたとしても

それさえもボーダーにとっては新鮮なネタ投下にしかならず

さらにエンドレスに物語は続く。

時間にして二~三時間ぐらいだろう。


これを無意識でやっていた私はある意味天才かもしれない。

スイッチが入れば半分意識がない。

思考せずによくもまあ、あそこまで狂えてたものだ。


これには通常を越えた連想力や想像力の資質がないと

なかなかできないことだと思う。


ささいなできごとから瞬時に洞察を入れ

妄想力の強さ、思い込みの強さで

自身を本当にその物語に寄せていきながらヒートアップ。

相手を責めたてることだけに、脳をフル回転させている状態は圧巻だ。


昔だったら狐憑きと言われもののけ退散。

外国だったらエクソシストに悪魔認定をあっさり受けていたに違いない。

大真面目にそう考える。


どこかでは霊的ななにかもあったかもしれない。


だが多くはこういうことだろうと想像する私がいる。


もし仮にどこかの霊能者に見てもらったとしたら

家系の因縁とか呪いだの言われてもフシギではない話にも変化しそうだ。


因縁というより遺伝子。

社会や世間のねじれがそれに加担する。


はじめからうまく使えるはずのない「生まれもった力」の

取り扱いは本当にむずかしい。

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