第2話 肉のかたまり
「人って肉の塊だよな」
したり顔で彼はそういった。
場末のスナックで働いたことがある。
そこは場末ながらも少し敷居が高く
界隈では老舗で知られた店だったらしい。
そのとき水商売がどういう商売かもわからず
飛び込んだ世界がたまたまその店だった。
庶民的ながらもホステスと客には
しっかりと線が引かれていて
それもその夢の一部にさせる、それも代々の方針のようだった。
単身赴任などの男にはありがちなことだと思う。
「仕事」と口実をつけながら閉店間際の店に通い
ママやホステスの警戒心をといてゆく。
そこにゲームのような喜びを感じることが男として
仕事人として「できる自分」ということを確認するように繰り返す。
閉店後になんとなくを装い、声をかける藤沢という男は
すっかり常連だった。
ママからの信頼も厚い。
ママって見る目があるのかないのかわからないな。
藤沢も同様の人種に私には見えていた。
商売人としてなら二人とも上等な人であると思う。
「彼女」藤沢は私を抱いたすぐからそう認識していた。
便利な言葉だ。
愛人、もしくは贅沢なおもちゃ
彼とはセフレというものではなかった。
藤沢の思惑どおり、それから私は彼と密な関係を続けた。
せつなに楽しむためには心も沿っているように
見せかけなければいけない。
ごはんを食べてお酒を飲んでそつのない会話
それらしい会話をしたあとホテルにいく。
藤沢はつねに女を支配しなければ
生活を充実させられないようだった。
それはきっと奥さんというものはパートナーになり
支配するべきでない存在になってしまったからか、など
興味がない邪推をしてみたりする。
好きとか嫌い、冷めている、そういうことではなくて
求められている自分、というものがないと
脆く崩れさりそうなことを本能で知っているのだろう。
その気持ちには少し共感ができた。
藤沢との関係は一年ほど続いた。
セックスで勝利するように見えることが
彼にとって必要であるらしい。
私は私で藤沢の本当の心を知りながら
彼をあたたかい自分のおもちゃにしていた。
恋ではないことを知っていた。
私のような人たちはセックスとかあたたかい手触りを
そう錯覚しがちな人が多いように思う。
たぶんその多くはおさないころから
あたたかいなにかをずっと触っていたら、くるまっていたら安心する。
この欲求が人より強いだけで
親の愛情不足など、セオリーどおりに当てはめれば
そう言われがちな欲求になってしまうけれど、それは違うように思う。
脳がおさない部分を残している。
ただ、それだけ。
それを身体だけでは埋まらないことに気づいている人もいるだろう。
でもそれしか方法を知らない。
藤沢もそういう部分を持っているように思えた。
わかったふうな会話やそぶり。
スナックでの恋愛ゲームと風俗などでの高級マスターベーション。
それらが一緒になっているのだから水商売の女と身体の関係を
持ちたがる男はあとをたたないのだと思う。
しいてはそれなしでは家庭でいい夫として職場で
活躍することが不可能なぐらいに。
単身赴任の期間が終わろうとしていた。
予想どおり私の中で空虚の予感がくすぶりだす。
楽しい習慣とサヨナラしなければいけない。
覚悟がないままタバコやお酒を辞める日だけが近づいてくる。
そういう感覚だった。
恋ではないけど自分から「逃避」するために
お互いを必要としていた。
藤沢も今まで繰り返してきたはずのことなのに
なんだか歯切れが悪い。
私を心配するようなふりをしながら
ー機会があればまた
そう口に出すことは彼のルールに反するのだろう。
無責任な欲求をそれらしく
私に伝えることに苦戦しているようだった。
こういう彼のちいさな一言一言に
彼の歴史をかいま見る。
「会えない」ではなく
「快楽とさようなら」
女が寂しいとぐだぐだすることはストーリーどおりだ。
だが予想外に藤沢がぐだぐだしてくれたおかげで
私の知らない彼の心を知ることができた。
自分の位置や立場から出ることは決してない覚悟をしながら
どんな憎まれ役になっても恋愛ゲームをやめられない男たち。
彼らもまた自分のことを自分で愛する勇気や
自身を受け入れることができないようだ。
「浮気は病気」とか「一生治らない」
そんなことは昔からよく聞く話でもあるけど
ボーダーの孤独よりひょっとしたら深いかもしれない。
表面が浅く見えるぶん、闇はふかいのかもしれない。
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