第25話 ストーカーにだって、愛はある(てか、ありすぎる)

「こちらスネーク。本部、応答願います」

 見慣れない携帯電話から、連絡があった。

 声で、テンジン君だと判明する。

「テンジン君、そういうノリはいいから」

「スパイ映画とか、好きなんじゃないんですか? 007とか」

「嫌いじゃないけど、その話は、また今度。今、どこにいます?」

 中里のインターネットカフェ、という返事が返ってきた。

「それで? ヨコヤリ・ママの様子は?」

「それが、まんまと逃げられてしまって……言い訳になりますけど、僕らにこの手の尾行は、むつかしいですよ。いくら変装したところで、もとが目立つ容姿なんですから」

 経過報告を聞く。

「最初は普通の主婦の一日みたいな感じでした。近所のコンビニに宅急便を持っていったあと、銀行の用事。スーパーで買い物でもして帰るのかなと思ったら、近くの小学校へ。ヨコヤリ君の母校だそうです。ノミの市、というかバザーをやってました。知り合いらしい年配女性グループの出店を二、三ひやかして。陶芸グループから、湯飲みを買ってました。僕は姉にねだられて、ハンドバックを買わされました。シャネルとかエルメスとか、ああいうブランドって、中古でも結構な値段、するんですね。自分のカネで買えよって言ったんですけど、それじゃあ、デートっぼくないって言われて……。デートじゃなくて、尾行だろって思ったんですけど、尾行だってバレないようにデートっぽくしなきゃって、もっともな反論されちゃいました。じゃあ、あとで清算してくれって頼んだら、それは探偵役を頼んだ依頼主に言いなさいよって、言われちゃったんですけど」

「あー。まあ、了解。経費として現金で出す、じゃ無粋だし、今度の三人デート、全部私のおごり、でいいかな?」

「それなら、サッカー観戦に行きませんか? Jリーグ。利府までの交通費もバカにならないし、こういう機会がないと、ナマで試合、見れないしなあ……でも、ウチの姉、サッカーに興味なくて」

「そういうのは、あとでじっくり聞くし、尾行の話に戻ってくれないか、テンジン君」

「どこまで話しましたっけ」

「シャネルのバッグを買ったとこ」

「バザー本部のテントで、他の男の子たちと甘茶を飲んでたヨコヤリ君を発見。ボランティアか何かで、駆り出されていたみたいですね。ヨコヤリ・ママは息子を連れだして、ネットカフェへ、です」

「そういうところを利用するの、基本、二十代くらいまでの若者ばかりでしょう。母子で来てれば目立つだろうし、まかれる状況が、イマイチ分からない」

「バザーを出たところで、尾行はバレてたと思います。車で追いかけて、気づかれないのは、007の中だけの話ですよ。ヨコヤリ君たちがペアシートを取ったんで、僕らも、ならいました。ネットカフェに来たのも初めて、もちろんペアシートも初めてっていう姉が、なんだか盛り上がっちゃって……せっかくだから、デートっぼいことをしよう、とか言い出して。肝心にインターネットそこそこに、僕に抱き着いてきたり、キスしてきたりして」

「普通、ああいうところではNGじゃないの? そういう行為。店員さんに注意されたり、出禁を言い渡されたり、しなかった?」

「姉がエスカレートしそうになったら、席を外しましたから。ヨコヤリ君たちの監視を口実にして」

「口実っていうか、そもそも、それが目的だよね」

「ええ、まあ……。ペア席個室のドアのところには、ビール瓶くらいの横窓がついてて、チラチラ、中を覗ける状態でした。行き来する一瞬で、ヨコヤリ・ママが息子さんの腕にすがって、肩に頭を乗せているのが、見えました。過保護な身内女性のせいで苦労してるな、と少し親近感を覚えました」

「OK、それで?」

 一時間ほど見張っているうちに、ペアシートに、ヨコヤリ・ママが一人、ぽつんと取り残されているのが、見えた。

「最初は、ヨコヤリ君、トイレにでも行ってるのかな、と思ってました。けれど窓を覗きにいくたび、同じ光景なんです、ママのほうが、ぽつん……。それで、今度は姉も連れだして、ゆっくりゆっくり歩いて、スパイしました。なんのことはない、それ、母親の服を着て、カツラを被ったヨコヤリ君でした」

 彼は、携帯電話も財布もママに取り上げられ、母親が帰ってくるまで、待つように言われたらしい。

「アリバイ作りに、利用されたか」

「僕らのほうは、彼を知っているけれど、彼のほうは、僕らの正体を知りませんからね。バザーから尾行してきたことは、さすがに、彼のほうも感づいていました。女の人のほうが警戒されなくていいだろうと思って、姉を呼び寄せました。庭野先生の婚約者だと、自己紹介させたけど、いいですよね? お金を清算して、ママのところに連れていってもいいよ、と僕らは申し出ました。けど、やんわり断られました。なんでも、家では母親の監視がキツくて、おちおちエロ漫画もエロビデオも鑑賞できない。鬼のいぬ間になんとならで、じっくり、そういうのを堪能したい、と言われてしまって」

 ちなみに、テンジン君が横目で観察すると、「美人ママとイケないことをする息子」なるタイトルのエロビデオが淡々とディスプレイに流れていたという、オチがつくのだが……。

「スパイ相手を見失って、すっかり白けた姉さんがゴネるんで、尾行はここまでにします。ええっと、さっきの小学校のバザーに戻ります。なんでも、ハンドバッグだけじゃなく、スカーフの掘り出し物を見つけたから、だとかで……」

「そっちは、テンジン君の払いにしてくれよ」

 私の軽口を聞き流し、テンジン君は素朴な疑問を口にした。

「ヨコヤリ・ママって、なんであんなに、ストーカー体質なんでしょうね」


 この疑問については、渡辺啓介担当理系ガールズの一人、古川さんの分析が、いみじくも、当たっているような気がする。

 これは、川崎マキ・誹謗中傷事件のとき、理系ガールズへの事情聴取したときの、話だ。

 古川さんは、断言した。

「ヨコヤリ・ママのストーカー行為は、引っ込み思案の裏返し」

 ヨコヤリ・ママは、思い込みが激しい性分じゃない。

 他人のものならなんでも欲しがる、といった欲張りでもない。

 他人と張り合うのが好きな、見栄っ張りというのでも、ない。

 もちろん、愛に飢えてるわけでもない。

 古川さんは、続けた。

「……マカロンでお茶したときの、ヨコヤリ・ママのお菓子の勧め方が、いかにも自信なさげでした。旦那さんにも息子さんにも拒否されちゃったけど、どうぞ……とか、おいしくなかったら、遠慮なく言ってね、とか、いっぱいエクスキューズがつくんです。でも、私たちが少しつまんで、おいしいって褒めると……」

 とたんに、息子や夫の味覚をけなし、他クラスの女の子たちにも、おすそわけしてあげて、と積極的に売り込みを始めたという。

「渡辺先生の場合も、たぶん、似たような心境かなって、思うんです。自分は引っ込み思案だから、彼のほうから気づいてほしい。で、なかなか気づいてくれないから、気づいてくれるまで、渡辺先生の前に姿を現わそうとする」

 しかも、見てほしいのは、自分だけじゃない。

 息子、ヨコヤリ君のほうも、だ。

「……川崎マキちゃんのほうは、引っ込み思案。ヨコヤリ・ママのほうは、引っ込み思案の裏返し。これが当たっているとしたら、ヨコヤリ・ママの一番の理解者は、実は、マキちゃん自身なのかな、と思います」

  

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