第24話 コスプレ尾行の行方
桜子が神社にやってきたのは、私たちが到着して、すぐだった。
学校に用があるとかで、今朝はデートの待ち合わせ時間、一時間以上も前に、家を出た。緩い坂をテクテク上ってくる。家を出るとき乗っていた自転車は、校内の駐輪場らしい。
ミニスカートの代わりに、黄色いホットパンツ。薄手のオーバーニーソックス。上はしまむらで買ってきたTシャツ。ポシェットだけは楽天の通販で買った、高い皮製のもの。なんだか、思いっきり普段着姿に見える。
けれど、川崎マキはハンカチを噛んで言った。
「ああ。サクラちゃんたら、あんなおしゃれして。ワタナベ先生には、気がないって、あんなに言ってたのにぃ」
私には、思いっきり普段着姿に見えるんだが。
「校則で、男女とも半ズボン禁止なんですよ。だから今日は、普段着ないような、よそ行きの服ってことですっ」
「……つくづく、自分がオジサンだと感じるよ、君らのおしゃれのセンス、よく分からん」
木下先生が、私のパジャマの襟を直してくれながら、言う。
「でも、塾長。サクラちゃん、ああいうスポーティっていうか、飾らない格好のほうが、似合ってませんか」
「いや、似合うと逆に問題なのだが」
最終目標、川崎マキと渡辺啓介をくっつけること。
中間目標、桜子と渡辺啓介が、くっつかないように、すること。
「つまり……?」
「つまり、桜子的には、振られるためのデートだってことです、木下先生」
ガッツリ遅刻してこい、と言いつけたのに、我が姪は待ち合わせにわずか十分ばかり遅れて、神社にやってきた。
片や渡辺啓介のほうは、境内に上がる階段に、腰を下ろしていた。
ライトブルーの半袖ワイシャツに、緑のストライプの棒タイ。暑さに弱いはずなのに、めいっぱい頑張っておしゃれしてきたんだろう。なんだか、妨害するのが気の毒になってしまう。
日和山の駐車場は本殿のすぐそば、一の鳥居は丘を下ってずっと下のほうにある。長さ五十メートルほどの急階段が、下まで続いている。渡辺啓介を見つけると、我が姪はひょこひょこ石段を降りていった。
「で、塾長。どうやって妨害するンす?」
西くんに言われて、はっと気づく。
何も考えて、こなかった。
「んー、もう。じゃあ、このまま指をくわえて、渡辺先生とサクラちゃんが、アレしたり、コレしたり、○○××△△したりするの、見てろって言うんですかっ」
マキちゃんが、本当に指をくわえ、爪をガチガチかじりながら、言う。
「うむむ。手でも握ったら、偶然を装って、顔を出すか」
「それって、変装の意味がないんじゃ……」
「火事とか事故とか、何かアクシデントでも起こして、人目をひく」
「警察や消防のひとに怒られちゃいますよ」
私の提案は、ことごとく西くんと木下先生に却下された。
「もう、アイデア出ない。川崎くん、何か思いつかない?」
薙刀で成敗以外に……と声をかけると、彼女はいなかった。
拝殿前で、人のよさそうな老夫婦につかまっている。マキちゃんのすがるような目つきに呼ばれ、私は車椅子を走らせた。すっかり白髪の老人が、鼻眼鏡を直しながら、言う。
「おうおう、あんたらもご祈祷かえ? 快癒祈願?」
私は、いや、まあ、とあいまいに笑った。
確かにそういう設定で変装してきたわけだが……。
「ワシ、鼻の調子が悪くってなあ。年がら年中、花粉症ぢゃっ」
グズグズ鼻をすすりながら、言う。実際は何かのアレルギーらしい。一緒にいたお婆さんが、おじいさんのツヤツヤの鼻をこすりながら、マキちゃんにぺこぺこ頭を下げている。
巫女さん、ご祈祷をお願いします、だそうだ。
なんだかなあ。
投げやりな気分が、マキちゃんにも伝染したらしい。
どこから取り出したのか、払え串をしゃんしゃん振ると、怪しげな祝詞(?)を唱えだした。
ちちん……ぷいぷい……ちちん……ぷい……ふんがふんがの鼻よ……私にやつあたりされる前に……さっさと直ったほうがよいぞよ……ぷいぷい……ちちん、ぷい……せんせい……サクラちゃんたちが心配だから、ちょっと見に行って……ぷいぷい……でもなんで、私がこんなことしなきゃならないわけ……ちちん、ちちん、ちちんぷい……サクラちゃんの裏切り者、ワタナベ先生の浮気者……
ゴリラになった西くんのほうは、小学生くらいのちびっ子軍団に囲まれていた。
わーわーきゃーきゃー、騒ぎながら、子どもたちは西くんの顔を覗き込んだりしている。誰かが、大きな台湾バナナを西くんめがけて、放った。皮をむき、むしゃむしゃおいしそうに食べる西くんに、今度はブドウが渡される。その着ぐるみを着てたら、一生食うものには困らないかもな、西くん。
いや、でも、ちと待て。
フルチン、子どもらに見せたら、まずくないか?
しかも、なぜか、しっかり勃起してるし。
こっそり近づいて咎める。
「でも、塾長、犬や猫がフルチンだからって、咎めるひと、誰もいないっスよ。オレは今、動物なんスから、隠すほうが、おかしいっス……それになんだか、チョー気持ちイイっス」
おいおい。
もしかして、もしかしなくとも、西くん、露出趣味なのか?
こら、そんなに足を広げるでない……子どもがあまりはしゃぐので、親御さんたちも三々五々、集まってくる……しっかし、こんなところにゴリラがいるの、どうして誰も不思議に思わないんだろ。
黙って聞いていた木下先生が、くるっと車椅子ごと、きびすを返す。
「塾長。川崎さんや西くんに負けないように、私たちもっ」
そんな、変なところで対抗心、見せんでも。
それに、ご祈祷にきた患者なんて、どんなふうに演技したらいいんだ?
「ううん。じゃあ、私に思いっきり、甘えてくださいっ」
公明正大に許可が下りたので、私は車椅子から身をひねって、木下先生の胸に顔をうずめた。
「看護婦さん。祈祷を待たずに死にそうなんです。バストのほうは堪能しましたから、冥土の土産に、今度はヒップに顔をうずめさせてくれませんか……」
尻フェチの醍醐味を堪能させてください……と言いかけた、そのとき。
ごちんっ。
後頭部に、ものすごい衝撃が走った。
これは……いつもの、パターンだ。頭の後ろをさすりながら振り向くと、案の定、我が姪が仁王立ちになっていた。
鬼の形相で、私をとって食わんばかり。
「桜子、デートの最中じゃないの?」
「マキ先輩と木下先生が心配で、抜け出してきたんじゃないっ」
何、油売ってんのよっ。
私の頭を、無理やり木下先生の胸から、引き剥がそうとする。
「だから、これは演技だってば。患者と看護婦に化けるための演技」
「演出過剰で、NGよ」
桜子の怒りの矛先は、木下先生にも向かう。普段の自分を棚に上げて「スカート短すぎ」だと。前の職場の忘年会で支給されたというナース服は、確かに、病院よりキャバクラ勤めが似合いそうなデザインではあるが……。
「でも、急なことだったから……手持ち、これしかなかったんですよ」
しゅん、となりながら、木下先生が言う。
私はすかさず、とりなす。
「ばれないうちに、さっさと戻ったほうがいいぞ、桜子。渡辺先生、待ちくたびれてるかもな」
「そのほうが、いいわよ。私、嫌われるためにデートしてるんだからね」
「デートの中断以外に、何かアクション起こしたの?」
「待ち合わせの開口一番、神社で待ち合わせなんて、ジジくさって、言ってやったわ」
しかし渡辺啓介は華麗に受け流した。
それ、よく、塾長に言ってる台詞だよね、なんだかサクラちゃんが身近になった感じで嬉しい……と逆に大喜びだったと言う。
「うむむ。逆境に強いタイプというか、被虐趣味の持ち主なのかもしれんな」
私のつぶやきに、あらぬ方向から返事があった。
「そんな。マゾなわけ、ないでしょう」
声の主は、渡辺啓介だった。
「あちゃーっ。早速、ばれた」
「ばれたって……もしかして、尾行してきたんですか?」
「尾行だなんて。そんなわけ。あるわけないだろう。だって渡辺くん、君らの待ち合わせ、この神社だったんだろ」
デートが始まる前なのに、尾行もへったくれも、ない。
「はあ、そうですけど……て、何で、待ち合わせ場所のこと、知ってるんです?」
「塾長たるもの、講師と生徒の行動なんぞ、なんでもお見通しなんだよ」
「はあ。しかし、その格好……」
「持病のシャクがでちゃってね。病魔退散のご祈祷にきたんだ」
木下先生は付き添いの看護婦、祈祷担当に川崎マキくん……というお決まりの説明をする。でも、当たり前なのだが、渡辺啓介は全然信じている様子ではなかった。
「なるほど。塾長、シャクってどういう病気です?」
そんなもの、私が知るはずがない。レンタルビデオで水戸黄門か大岡越前でも借りてきなさい。やたら色っぽいお女中が道端にしゃがんで、通りすがりの主人公におなかをさすってもらいたがる、という病気だったような気がする。
「タクちゃんっ。どうしてそう、オゲレツなほうに説明を捻じ曲げるのっ」
渡辺啓介は、我が姪のツッコミを無視して、快活に言い放った。
「そうですか。じゃあ、お大事に。サクラちゃん、行こうか」
「ど、どこにだい、渡辺くん」
「塾長には関係のない話ですよ」
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