第22話 デート妨害戦準備
この次の日曜日。
私は川崎マキや木下先生とともに、日和山神社にいた。
目的はもちろん、デートの妨害。
そう、渡辺啓介と桜子が、ここで待ち合わせするはずなのだ。
行きたくありません……と言っていたマキちゃんだけど、私が車で迎えに行くと、きちんと支度して、待っていた。
朝の挨拶だけを交わすと、彼女は無言で車に乗り込んできたものだ。
目的地の日和山まで、小一時間。
桜の名所ではあるけれど、夏間近の日曜の朝だけあって、神社には誰もいなかった。近くには、市立の女子高、そして我が母校にして桜子たちの高校もある。私も若かった時分は、ちょくちょく部活動で走りこみに来たものだ。
散策がてら歩くのには悪くない、シチュエーション。ただ、車で来るには、道幅がちと狭くてつらい。我が愛車ハイエースの場合、運転しづらさはなおさらだった。
「でも塾長。それなら歩くなり自転車なり、違う移動手段があるっスよ?」
質問をしてきたのは西くんだ。
なぜか彼も今回の「デート妨害団」に名を連ねている。
私は、必死でハンドル操作しながら、答える。
「徒歩だと、尾行できない。ワタナベ先生のデートプランなら、お得意のドライブに決まってるじゃないか」
彼の愛車はオンボロのレビン。昭和のころに流行った、年代物の車だけれど、人気のスポーツカーだ。整備もきちんとしているし、運転手の腕もあって、乗り心地は抜群だ、という話だった。
都会向けのデートマニュアルによると、しょっぱなからドライブは避けるのがセオリー、と書いてある。車の中は密室で二人っきり、女の子の抵抗が大きいから、だそうだ。
「しかし、石巻あたりだと、他に移動手段がないしな。田舎暮らしをすると、デートひとつもままならないもんだ」
「でも、塾長。だとすると、サクラちゃん、ワタナベ先輩を憎からず思ってるから、ドライブする気になったんスかね?」
私は声なき声で、咎める。
「こら。後ろに川崎くんが乗ってるんだぞ」
私の声が聞こえなかったのか、西くんは懲りずに続ける。
「塾長、サクラちゃんが貞操の危機、とかなったら、どうするんスか?」
それはない、と私が言いかけたのを遮り、川崎マキが目を三角に吊り上げて、言った。
「二人とも、成敗しますっ」
言い忘れたが、マキちゃんご自慢の薙刀を、車に積んであるのは言うまでもない。
駐車場から境内に向かう前に、全員で服装チェックをした。
それぞれ、正体がばれないようにと、変装を言いつけてあるのだ。
私は、リラックマ柄のパジャマで、車椅子に乗る。背後で押し役をやってくれるのは、ナース服姿の木下冬実先生。
川崎マキは、赤い袴の巫女姿。
稽古着で和服は着慣れているのか、すんごく様になっている。
「マキちゃん、それ、わざわざ買ってきたの?」
「趣味です。ちなみに、九の一の衣裳も、持ってます」
「うむ。ヘタレ・むっつり・イモ歴女コスプレヤーか」
これだけ売りを持っていて、恋愛がままならないほうが、不思議な感じがする。
「まあまあ。完璧な人間はいないってことっスよ」
横からとりなす西くんは、ゴリラの着ぐるみ姿だ。
「西くん。さすがにそれ、不自然じゃないか?」
「そんなこと、ないっスよ。オレが一番、うまく化けてるっス」
まあ、確かに、どこから見ても、ゴリラだ。
ゴッホゴッホとうなる仕草も、板についている。
「そうです。そっくりですよ」
なぜか、川崎マキが勢い込んで加勢してくれる。
なんでも、男性としゃべるのが苦手なマキちゃんが、こうして西くんと自然に会話できているのは、その人間離れした容姿のせいらしい。
「ゴッホ、ゴッホ」
マキちゃんに褒められて(?)西くんは嬉しそうに胸を拳で叩いた。
「いや……まあ、ねえ」
お父さんに似てると言われて、マキちゃんに警戒感を解いてもらった自分としては、ちょっと複雑な心境だが……。
西くん。
これって、自慢するところとは、違うんじゃないか?
「それに下。なんでフルチンなんだよ」
なぜか着ぐるみのそこの部分だけが、見事にくりぬかれている。
さっきから女性陣二人が、見て見ぬふりをしてくれてはいる。いや、川崎マキのほうは、横目ながら、目に焼きつくくらいの視線を浴びせている。
ここいらへん、さすがにヘタレ・むっつり・イモ歴女コスプレーヤーだけはある。
西くんはゴリラになりきって羞恥心が飛んだのか、平気の平左で言う。
「リアリティの追求っすよ」
この着ぐるみの股間には、何もついていなかった。去勢されたサルでもない限り、これはありえない。けどパンツをはいていたのでは、不自然だろう、と西くんは胸を張っていう。
「パンツをはいたサル、か」
一昔前、栗本慎一郎という学者さんがそういう題の本を書いているけれど……というか、ゴリラのモノは人間様に比べて小さいため、全然目立たないものなのだ、というけれど……まあ、いいか。
「じゃあ、ゴリラが神社にいる理由は?」
私は長患いで健康回復の祈願にきた患者。木下先生はその付添い看護士。そしてマキちゃんは祈祷してくれる巫女……という設定なのだ。
「塾長のペットって役で、どうっス?」
私はアメリカの某有名ミュージシャンのペットから名前を拝借して、西くんゴリラをバブルス君と呼ぶことにした。
「飼い主もそっくりだろ。マイケル・ジャクソンだよ」
どんな女性もとりこにする、ハンサムガイだ。
我が姪の代わりか、マキちゃんが的確なツッコミを入れてくれた。
「ああ。分かります。整形前の顔ですよね」
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