第21話 偽婚約者のサイドストーリー

 閑話休題。

 私はデリカシーに欠ける人間だが、プライバシーの意味が分からない人間ではない。

 桜子のデートを尾行するにあたって、彼女の姉に一言、相談した。

 デートの前日、彼女に電話を入れると、なんとも不機嫌だった。

「仕事中か?」

「非番よ。でも、デート中よ」

「そうか。気が利かない話で、すまん」

「いいわよ。彼氏、ちょうど、レジに並んでるところだから」

「レストラン?」

「ドンキホーテよ」

「デートで、そんなところ、行ったりするものなの?」

「どーでもいいでしょ。ひとそれぞれよ。で、何?」

「桜子が、前に言った渡辺君とデートすることになった。それで、我々もそれを尾行することになった」

「我々もって……どんだけ、野次馬、ついてまわるの」

「恋仲になるように手伝ってたイモ歴女と、助手若干名だよ。で、のこのこ尾行する人間がなんだが、やっぱり、悪いことをしているようでなあ。あ。桜子本人からは、了解を得てるぞ」

「相手の渡辺君って人からは?」

「まだ、だ。てか、頼んでも了解してくれないだろうなあ」

「なによ、それ」

「桜子からは、妨害してみせろ、と挑発されてるんだが。どーしたもんだか、と思って」

「一番悪いのは、サクラちゃんよ。アテツケでなんて、相手に失礼。本気じゃないなら、断るってこと、しなきゃ」

「妹のことだけあって、辛辣だな、梅子」

「プラムって呼んでよ。で? 尾行するのが後ろめたいから、背中を押してほしくて、電話した?」

「そんなところだ」

「原因がそもそも、タクちゃんの見合いなんだから、そっちの進展具合を聞いておく必要、あるわね」

「そもそもウソの交際なんだから、参考にならないだろ」

「ウソだからこそ、参考になることも、あるの」

 私は、梅子に説得されて、渋々語った。

「家デートをしましょうと言われて、彼女のご両親がやってる中華料理屋に行ったよ、この間」

 大街道のメインストリートから一筋ずれた路地にある、三階建ての店だった。両親以外に、厨房に二人、給仕四人を雇っているとかで、結構繁盛しているらしい。梅子は店を知っていた。中国人のひとがやっていると思っていた、という。私が招待された日は、ちょうど定休日だった。プティーさんも、ダボダボの黒いTシャツにジーンズと、ラフな姿だった。私はカウンター席に案内された。

 ラーメン餃子チャーハンと言った、炭水化物マシマシの定番から、簡単なコース料理までメニューにある。一口に中華と言っても、様々な種類がある。四川料理? それとも北京料理? と問うと、インド風中華よ、という諧謔が返ってきた。プティーさんは、青椒肉絲に蟹玉スープを供してくれた。

「そういう、ディテールが聞きたいわけじゃなくて」

「結婚観について、聞かれた」

 彼女のは、既に聞いている。一妻多夫主義者だ。

「で、私の結婚観を聞かれた」

「なんて答えたのよ」

「今まで、真剣に考えたことがないから、分からない、と返事したよ」

「プティーさん、見合い相手なんでしょ。情けない」

「面目ない。で、それなら恋愛観の話をして、と聞かれた」

「それで?」

「年齢イコール彼女いない歴なんで、分からない、と頭をかいたよ」

「呆れた」

「それでも、彼女は愛想をつかしたりは、しなかったよ。どんな結婚をしたいのか分からないなら、私の結婚観も受け入れなさいって、強く言われた」

 この間の三人デート、楽しかったでしょ、とも言われた。確かに、楽しくはあったけれど……。

「弟さん、とだったっけ」

「ああ」

 三人で恋愛できても、三人で結婚するとなると、別の話だ。

 結婚は、恋愛の延長でない。

「なかなか上出来? の返事かな」

「一方的に聞かれるのも飽きたから、今度は逆に、私のほうから、聞いたよ。その、テンジン君とのこと。石巻で暮らしてなけりゃ、こんな関係にはならなかったかもって、言ってた」

 彼女たち姉弟は、その容姿のせいで小学校のころから、イジメにあっていたそうである。

「イジメかあ」

「それも、結構、人種差別的に、だってさ。級友には、かばってくれたひともいたみたいだけど。昭和の不良みたいな女子グループがあったってさ。それに、先生たちがどーにも頼りなかったみたい。インド人って、左手でウンコふくんだろ、と言われて、本当にウンコの後始末、させられたってさ」

「うわあ。ひどい」

「本当の友達は弟だけ。イジメに対して味方になってくれたのも、弟だけ。ゲームをするのも遊びにいくのも、弟と。高校に入ったあたりからは、イジメっ子もいなくなって、風当たりが弱くなったそうだけれど、それまでには二人、仲の良すぎる姉弟になっちゃってた、ということらしい」

「イケないことはイケないと思うけど……そういう事情なら、同情の余地もあるか」

「そう。けっこうしたたかで、結構本音で生きたいと思ってる女性、かな」

「弟くんの本音は、どうなの?」

「後日のことだけど、テンジン君に、ステディの彼女がいたことはないのかって、聞いてみた。一度だけあったけど、姉がすぐに自分たちの仲をばらしてしまって、シスコン呼ばわりされた、とか」

「うわあ。独占欲の強いタイプなのかな」

「恋愛至上主義、みたいなところがあるのかも。実は、尾行の手伝いも申し出てくれた。プティーさんと川崎さんと、三人で一度釣りに行ったことがあってね。意気投合……いや、恋愛の応援をしたいって、言ってくれたことがあって」

「タクちゃんと、その川崎ちゃんと、助手くんたちも連れていくんでしょう。それ以上、人数増やしてどーすんの。てか、すぐにバレちゃうよ」

「うん。だから、別動隊のほうを、頼んだ」

「なにそれ」

 私はヨコヤリ・ママのストーカー気質のことを少し話した。今度狙われているのは渡辺啓介だ、ということも。

「息子のヨコヤリ君自身に、頼まれてるんだよね」

 理工系ガールズの誰かが、ヨコヤリ・ママの誘導尋問に引っかかったらしく、デートの日付はバレているらしい。しかし、私たち同様、行先までは特定できてないらしい。

「誰も別動隊、行きたがらなくてさ」

「野次馬ねえ」

 プティーさんは、最初渋った。私たちと一緒に行きたがった。しかし、桜子のデート当日、かち合わないように、ヨコヤリ君がママをデートに誘う、という話を聞いて、俄然乗り気になった。

「母子で、普通の男女のようにデートっていうのが、プティーさんの琴線に触れたらしい。なにやら参考にしたいから、一度くらいは、探偵の真似事をしてみるって、言ってくれた」

「そこまで計画が固まってるなら、もう、私がくちばし挟むこと、ないじゃない」

「それでも、背中を押して欲しくて……」

「どーん。ほら、押したわよ」

 ぷつっと電話は切れ、私はため息をついた。

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