第15話 反省会二回目

 詳しい話は、直接本人から聞いたほうが、いいかもしれない。

 そう思い、私は渡辺啓介を夕食に誘った。

 石巻の駅前はいわゆるシャッター街、最近寂れつつある。

 しかし歩いて店のハシゴをできそうなのは、このヘンくらい。最近発展著しいパイパス通りは、車でなければ移動が厳しい。人影まばらな通りを、男二人で歩いていく。街路の過去を知っている私は、妙な郷愁を覚える。生粋の仙台人である渡辺啓介には、どう映ってるんだろう。

「昔は、よかった、ですか?」

「さあね。石ノ森章太郎のマンガグッズが増えた」

 かと言って、どこかのテーマパークみたいに、マンガ一色になったわけじゃない。

「この中途半端さが、この町らしいと思うよ」

 私は寿司をおごるつもりでいた。

 渡辺啓介は、ラーメンを食べたがった。

「遠慮しなくとも、いいんだぞ」

「遠慮なんかしてないですよ。トンコツのキツイのを、腹いっぱい食べたいだけです」

 これも若さかもしれない。

「トンコツとはちと違うけど……」

 私は駅前の牧場ラーメンに案内した。

 牛乳味のスープが売り。それにゴマやら抹茶やら、五種類の麺を択んで食べる。

「牛乳味ですか?」

「ゲテモノくさく聞こえるけど、これがまた、うまいんだ。北海道に行きゃ、バターラーメンみたいなのがあるだろ。あれに近い感じ」

 雑居ビル一階の細長い入り口をくぐる。

 入り口レジの後が調理場。

 奥行きこそあるけれど、そんなに広くない店内。

 バタ臭い独特の香りが、かすかに漂っている。

 高校生か大学生か、チノパンにジャージの上着姿の三人組しか、客はいなかった。

「渡辺君、ビールとか、呑む?」

「宴会でならともかく、プライベートでは全然呑まないほうなんです」

 ちなみに、バリバリ体育会系の西くんも、そうなのだそうだ。

「今の若いひとって、みんなこんな感じですよ。酒、呑まない。タバコも吸わない」

 なんだか自分がものすごいオジサンになってしまった感じ、だ。

 つーか、リアルにオジサンか。

「すいません、サクラちゃんじゃないんで、ツッコミところが分かりません」

「……いいってことよ。かわいい観客がおらんと、ボケにも冴えがないし」

 でも、どうも、調子狂うな。

「腹を割った話とか、しにくくない?」

「そんなこと、ないですよ。シラフでだって、マジメな話、できます」

 そう言って、渡辺啓介は、自分の生立ちを語ってくれた。

「生まれは確かに仙台ですよ。長町の駅の裏手のほう。でも、すぐに親父が転勤しまして。千葉の船橋。こっちに戻ってきたのは、僕が小学校に上がるちょっと前です。両親が離婚しまして。結局、父に引き取られることになりました。父親の実家が、こっちなんです」

 幼い子どもの場合、往々にして、母親が親権をとるものだけれど。

 経済的理由でもあったんだろうか。

「違います。離婚の原因、母の不倫でして。相手の男と静岡に逐電しちゃったんです」

「……なんか、悪いこと、聞いちゃった?」

「そんなこと、ないです。だって、恋愛相談なんでしょう」

 そうだった。

 他の塾の場合、生徒さんに手を出すのは絶対のタブーである。けれどウチの塾は……というか、塾長はねじが少し外れているから、ケースバイケースで付き合ってもいいよ、と語らうつもりだったのだ。

「……ご両親の離婚話が、恋愛と関係あるの?」

「恥ずかしながら、今の母親みたいな女性が、タイプなんです。あ。実の母ではなくて。父がこっちに戻ってきてから、再婚した母のほうです」

 ちゃきちゃきの江戸っ子、みたいなタイプだそうだ……山形の出身だけれど。

「もしかして、ネタで言ってる?」

「いいえ。至極まじめに」

 年も、十二しか離れてない。渡辺啓介にとっては、母親というより、姉のような存在という。

「でも、ちゃんと母さんって呼んでますけどね」

「ふうむ」

「サクラちゃんが、そのまま年をとった感じって言ったら、わかりやすいかもしれませんね」

「ふうむ」

「大学合格したときに、実の母のほうが、お祝いとか言って、来仙しました。けど……正直、母って呼ぶのは、抵抗がありましたね」

「ふーむ」

「離婚の原因になった相手とは、とうに別れてました。けど、また、妻子あるひとと、つきあってたみたいです」

「もしかして、ウチの秘書みたいなタイプ? 木下先生みたいな? 美人で年より若く見られて、そのうえセックスアピール百二十パーセントって感じ?」

「それが、逆ですよ。地味、極まるタイプなんです。そう、ちょうど、あの川崎っていう生徒さんみたいな」

「川崎くん、みたいな……」

 生来、おとなしい。お陰で、男の押しに弱い。だから、言われるまま、不倫でもなんでもしてしまう。

「自分の意思、はっきりさせない女性を見てるとですね、いらいらしてくるんです」

「自習時間、不機嫌だったのも、そのせい?」

「いや、あれはですね。自分がなんだか避けられているみたいだったから」

 わざわざ、木下先生を通して、間接的に質問することもなかろう、と渡辺啓介は言う。

「川崎君は、男が苦手なタイプなんだよ」

「じゃあ、僕は、男が苦手な女の子が、苦手なタイプです」

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