第7話 アプローチ仮免許
さて。
「基礎技術の習得は、このへんで、いったん切り上げ。これから、本戦に臨む。覚悟はいいかね、川崎くん」
ハイ、という返事とともに、川崎マキは、しっかりうなずいた。
そう、あの図書館での修行を始めて、はや一ヶ月。
とうとう、成果を試すときがやってきたのだ。
場所は、ここ、東松島野蒜海岸そばの民宿。
二階を借り切っての新人講師歓迎会、焼肉パーティーの席上、だ。
ゴールデンウイーク過ぎに採用、新人研修を終えたアルバイト講師の御披露目である。
学習塾最大の稼ぎ時、夏季講習に向けて、現スタッフたちに栄養を蓄えてもらう、という意味もある。
出席者は講師と事務方ばかりなのだけれど、なぜか毎年桜子も参加する。
塾講師に興味があるから、ではない。
単に焼肉を食いにきているだけだ。
今年は、その桜子のオマケとして、川崎マキも参加……という段取りなわけだ。
「一応みんなにはビールを振舞うけど、君らは飲んじゃダメだぞ」
「そんなの分かってるわよ。それより、なんで今年は石巻市内じゃ、ないわけ」
「ここの民宿、塾生のお父さんが経営しててな。安く見積もり上げてくれたんだ」
服に匂いが移るから、一張羅なんか着てくるなよ、とスタッフたちには釘をさしてある。
まあ、たいていは着古したスーツか、それに準じた姿だ。
ちなみに我が姪は、学校のジャージ姿。
食い気まんまんで、「よだれかけ」まで用意してきている。
マキちゃんには、さりげなくおしゃれを命じた。
女性スタッフに囲まれても、見劣りしないようにという、老婆心だ。
宿のパンフにはオーシャンシーと明記してある。けれど、実際には時代劇に出てくるような松原と、砂浜に囲まれた場所だった。ふつうの民家みたいな、二十坪ばかりの庭が玄関脇にある。裏には殺風景な駐車場。この日はあいにくの入梅だったが、確かに潮の香りはする。水着のまま、海水浴場まで、歩いていける距離。宿の主人が指差した先には、確かに石垣の防波堤が見える。テニス場や乗馬倶楽部も近所にはある、と宿の主人は商売気たっぷりに教えてくれた。
蒸し暑い。
しかしこれが幸いした。
この日のマキちゃんは、桜子が選んだ水色のキャミソールに、膝までのフレアスカート姿。
薄手の上着をとると、健康的な色気をアピールできる。
これだけ暑ければ、自然に脱げる。
ウチの女性スタッフで、さすがに肌を露出した格好をしているのは、いない。
これで、点数、いくらか稼げればいいんだけど。
少なくとも、影の薄いのはカバーできているはず。
渡辺啓介は新人の隣に陣取って、黙々、焼肉奉行をしている。
私自身の挨拶、新人講師の挨拶、宿のご主人の祝辞のあと、桜子の音頭で乾杯。
宴会の……もとい、背面アプローチの、はじまりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます