第6話 訓練開始
年齢イコール彼氏いない歴から脱したいから……と桜子も参加することになった。
まあ、一人でも二人でも、同じである。
スカートもちょうど二着あるし。
マキちゃんが、両手で裾をしっかり押さえながら、言う。
「見えちゃったら、見えたって、言うんですか?」
「いんや。お尻、ぺんぺんする」
けれど、実際、マキちゃんのお尻をぺんぺんする場面は、ほとんどなかった。
ガードが異様に固いんである。
いや、最初から後ろに目がついていたから、というわけじゃない。
後ろにばかり注意がいって、前の作業がおろそかになっているのだ。
「川崎くん。本棚、全然きれいになってないよ」
「え。でも……」
「デモも、ストも、へったくれもないよ。右手か左手か、どっちかスカートから手を離しなさい。でないと、掃除、できないでしょ」
「え。でも……」
「バケツで水を絞るときには、当然両手で、ね。そうしないと、ダラダラ垂れちゃうでしょ」
「そんな……」
いち早く、私の気配を感じるのは、悪くない。
けれど、私が二メートル以上先にいるのに、そそくさ逃げるのはどうかと思うのだ。
「距離感掴む、練習にならないよ」
十回目の指摘のあと、マキちゃんはため息をついて、言った。
「せめて、尻尾でもついてれば、ガードできるのに」
「尻尾はないけれど、猫耳はあるよ。川崎くん、つける?」
ごそごそ秘蔵の段ボール箱を漁っていると、姪の鉄拳制裁が飛んできた。
「マジメにやれ、この高齢童貞オタクっ」
マキちゃんとは対照的に、我が姪のガードは甘かった。
つうか、全然してない感じ?
本棚が次々、きれいになっていくのは、確かに嬉しい。けれど、姪の行く末に一抹の不安を感じてしまう。
「もう少し、恥じらいってのを持てよ、桜子」
「何よ。タクちゃんこそ、手加減してよ。もう、結構痛いって」
十回目の「ぺんぺん」でお尻を叩くのをやめた。
仮にも嫁入り前の娘、小猿みたいな真っ赤っ赤なお尻になっては、情けない。
川崎マキが、あきれたように言う。
「でも、本当に、サクラちゃん、ガードとかしない人なのね」
いくら身内でも、恥ずかしくない?
姪に代わって、私が答える。
「いや、まあ……去年まで、一緒にお風呂、入ってたからね」
「ウッソー」
「いや、本当なんだってば」
余計なことを言わないで、と桜子が顔に朱を散らして、言う。お尻より、さらに赤い顔だ。
「同居の事情は、さっき説明したよね」
夜、家を空ける両親に代わって、小学二年生をお風呂に入れるのは、まあ、ふつうのことだと思う。
「で、そのとき桜子が約束してくれたわけ。生理が始まって大人になるまで、一緒に入ってあげるって」
ところが、その初潮がなかなかやってこなかった。中学入学時、いい加減にしなさいと、桜子はたしなめられた。反抗期に入っていた姪は、両親への反発もあって、約束をかたくなに守ると言い張った。
「で、去年ようやく、その約束のときがやってきたって、わけ」
嘘かマコトか、同級生で一番最後だったという。
「御赤飯、どんぶりでバクバク五杯も食ったのよ、このひとは」
「うむ。感無量だったからさ。父親気分を満喫したら、ちと、寂しくなったんだ」
マキちゃんが、意味ありげに、私たちを見る。
「ふうん」
「さっ、続き、続き」
今度は叩くのはよして、撫ぜることにした。
痛くはないはずだけど、やはり桜子の顔は真っ赤なままだった。
なんだか、眼の端から、涙がこぼれているような気がする。
「すまん、桜子。やっぱり、痛む? これくらいで、修行、やめとく?」
「続けるわよ。先輩もやってるのに、中断できないでしょ。それに、もう、痛まないし」
「しかし、顔、赤いぞ」
「赤くても、痛くないのっ」
「でも、触るたび、ぴくぴくお尻、震わせてるからさ」
「ええいっ、余計なことを言うなっ」
「しかも、一向に上達しないし」
脚立で最上段の掃除をしているときが、最悪だった。ガードどころか、お尻を突き出しているようなきがする。
こっちは一生懸命やっているのに。
もっと、マジメにやっとくれ。
罰を兼ね、再び、スパンキングだ。
あんまり強く叩いたつもりではなかったのだけれど、姪は「きゅう」とうなって、倒れた。
「桜子、大丈夫か」
見ようによって幸福そうな顔をして、床に転がっている。
私は姪を抱き上げて、ぺちぺち頬を叩いてみた。
マキちゃんもそばによって、アドバイスをくれる。
「顔より、お尻をぺちぺちしたほうがいいと思います」
言われたとおりにすると、桜子はすぐに気づいた。
「ええいっ。いつまで触ってんのよ。スケベっ」
「桜子、もしかして、お尻ぺんぺんされて……イッちゃった、わけ?」
なんと変態ちっくな姪だ。
「こんなんで、本当に嫁にいけるのかね」
すかさずマキちゃんが、声を励まして、言う。
「大丈夫ですよ、先生。最近は、こういうプレイが好きな男の子も、結構いるみたいですから」
「……」
なんか、姪に負けず劣らず、ツッコミどころがありそうな娘だぜ。
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