第3話 相談者とターゲットについて

「……で、だ。わざわざ私でなけりゃ、ダメって相談に来たってことは……もしかして、スーツ姿の私の姿にメロメロになって、告白に来たとか?」

 先輩の代わりに、姪が答える。

「アホタレ。そんなわけ。ないでしょ。しょっぱなから、はずさないでよ」

「今のは、川崎君をリラックスさせようとして、かましたんだ」

「チョーつまんない。オッサンくさい」

「どうせオジサンだよ」

 川崎マキは、桜子と私を交互に眺めて、言った。

「仲、いいんですね」

「よくないよ」

「だって、いつも授業の終わりとかには、色々話してるみたいだし」

「見てきたように言うね。桜子とは、違うクラスなのに」

 桜子のケタタマシイ笑い声や、私のブツブツ言うボヤキを、何度も廊下で耳にしたらしい。

「テレビで吉本新喜劇見てるより、面白いっていうのが、塾のウリのひとつって、聞きましたけど」

 私は頭痛がしてきて、コメカミを揉んだ。

「それで、なんだかサクラちゃんがうらやましくて」

「なにが?」

「男のひとと、平気で会話できるところが」

「だって、ほら。タクちゃんと私は、叔父と姪だから」

「正確には、イトコ叔父と従姪だけどな」

「タクちゃんは、黙ってて」

 例によって、教卓の端を叩く。

 マキちゃんが、おずおずと続ける。

「それでも、うらやましいの。私、従兄弟の男の子とだって、うまくしゃべれないもの。それに……他の先生とだって、塾生とだって、サクラちゃん、平気で話すじゃない」

「先生たちには、純粋に質問に言ってるだけよ」

「他の塾生たちには?」

「純粋に、質問されに言ってるんだ。桜子アニキ、本当は女の子っつうのはウソでしょ? なんてね」

「ちょっと、タクちゃんは黙ってて」

 本人曰く、川崎さんの男嫌い・人嫌いは、その育成歴にあるらしい。川崎さん家の家業は、お寺さん。パパはもちろんお坊さんで、お母さんは先ほど紹介してもらった通り、薙刀の師範代だ。万事が古風な家柄。「不良」になっては困るからと、イマドキ携帯電話は持たせてもらっていない。かといって、直接かけてもムダ。妹の同級生の男の子(六歳)から電話がかかってきても、両親がシャットアウトしてしまうそうだ。

「同級生の飼い犬ポチ(六歳・オス)から電話がかかってきても、シャットアウト?」

「まだワンちゃんから電話がかかってきたこと、ありませんけど……たぶん取り次いでもらえないと思います」

 なんだかヤケに真剣に答える。

 場を和ませるつもりだったんだけど。

 しかし、ねえ……。

 いかに田舎娘とは言え、いまどき男のひとと話すのが苦手だなんて。

 天然記念物なみ、かも。

「あれ? でも、今こうやって、私とは普通に会話してるよね?」

「そりゃ、タクちゃん、男と思われてないからでしょ」

「ちょっと待て。今、サラッと重大発言せんかったか?」

「空耳よ、空耳。タクちゃん、小さいことにこだわる男って、モテないよ」

「そうかなあ」

「まあ、先輩には、最初から男って思われてないわけだけど」

「あ。ほら。また、言った」

 マキちゃんが、おずおずと挙手する。

 とにかく、手でもあげないと、桜子のマシンガントークに割り込めない。

「はい、川崎くん」

「庭野先生、ウチのお父さんと、どことなく似てるから……」

「ほほう。そうか。お父さんと」

「タクちゃんも髪が薄くなってきたからね。まあ、坊主頭には、ほど遠いけど」

「似てるっていうのは、ハゲてきたところだけかいっ」

「まあまあ。そういきり立たないで。せっかくの童顔が台無しじゃない」

「うむむ。そうかな」

「額に青筋立ててると、塾生の女の子たちに、かわいいって言ってもらえなくなるよ。ほら、マキ先輩も言ってやって。隣のトトロと似てるとか、ドラえもんに似てるとか、信楽焼きのタヌキに似てるとか、いろいろ」

 なんだか……これは、さっきと同じパターンだ。

「トトロとかドラえもんはともかく、トックリ下げのタヌキは、ちと、なあ……」

「あら。じゃあ、ショ、ショ、ショジョジのタヌキ」

「一緒じゃん」

 マキちゃんが悲しそうに口を挟む。

「あのう。私、お二人のマンザイは、じゅうぶん、堪能しましたから」

「……」

で、ようやく本題。

 モジモジしてなかなか切り出せないマキちゃんに代わり、姪が単刀直入、説明する。

「この塾の先生、好きになったんだって」

「ウチのスタッフを?」

「理系向け数学担当、ワタナベ先生」

 渡辺啓介は週一で講義に来てもらっている、現役の東北大生だ。百八十を超える身長と、優しげな目線が、ウリといえばウリだろうか。線は細いが、スポーツマン。渓流釣りとスノーボードが、三度のメシより好き。シーズン中は週末ごと、オンボロなレビンで蔵王に通いつめている。

「夏には弱いけどな。パイプ椅子を四つ並べて、クーラーの下で昼寝して、風邪ひいてたぞ、去年。夏季講習にドテラ着て、毛糸の帽子をかぶってきたのは、創塾以来、アイツが初めて、だ」

「ちょっと、タクちゃん。マキ先輩にとっちゃ、憧れのひとなのよ、ワタナベ先生。もっとこう、ローマンスをかきたてるような話、できないわけ?」

「うーむ。塾講にはもちろんスーツで来てもらってるけど、私服姿もこざっぱりしてて、カッコいいぞ」

 しかし、これは、仙台人の特色かもしれない。

 オタクだろうが喪男だろうが、それなり見栄えのする格好をして歩くのだ。秋葉原や、大阪・日本橋なら、今でもチェックのネルシャツにリュックサックという、定番スタイルを見かけることが、あるかもしれない。けれど、仙台駅東口、市で一番の電器屋街で「いかにも」なひとには、なかなか出会わない。

「へえ」

「仙台って、女の人も、きれいですよね」

「うーん。たぶん……名古屋と水戸には、勝っていると思う」

 なんだか、また話が逸れた。

「で。何が問題なの?」 

「ワタナベ先生にステディがいるかどうか調べて」とか、「好みの女性のタイプを調べて」とか、ならできる。

 でも、彼の前で流暢に話せるようになりたい……とか言うのは、難しいぞ。

「それは川崎君本人の問題だし、私より他のひとに相談したほうが、よさそうな話だし」

「先輩の相談って、そういうことじゃないわよ」

「じゃあ、どういうこと?」

「チャンスを作ってって、こと」

 文型クラスの川崎さんには、直接渡辺啓介の授業を受ける機会は、ない。

 言うまでもなく、彼氏のほうは理系クラスを受け持っているからだ。

「じゃあ、見合いの席を作ってって、ことだね?」

「そういう、なんていうの、不自然な感じ、じゃなくて」

「何が不自然、だ。見合いっつーのは、日本古来からの、由緒ある交際術のひとつ、だぞ」

 時間・金・情報探索にかけるエネルギーの、大いなる節約。恋愛なんてものは、ここ半世紀ばかり、キリスト教的価値観が蔓延してからの現象に過ぎない。

「クリスマスがなんだっ。バレンタインが、なんだっ」

「ふっ。マキ先輩、気にしないでくださいね。年齢イコール彼女いない歴の男の、寂しい雄叫びなのよ」

 マキちゃんは、苦笑しながらも、慰めてくれる。

「でも庭野先生、今、モテてるじゃないですか。塾生の女の子たちに」

「……仮にも生徒さんだもの、手は出せないよ。ましてや、自分の娘くらいの年齢の女の子たちなんだよ」 

 正直、恋愛対象の異性って感じではないのだ。

「先生は、結婚に興味、ないんですか?」

「なくはない。見合い話も、ときどき持ち込まれるけど。どうもイマイチ、な感じの女性が多くて」

「もうガケっぷちなのに、余裕こいてどうすんのよっ」

「こいてないって」

「あのう……」

 そう、いまはこんな話をしている場合じゃない。

「本題に戻るよ。見合いのところから」

 喫茶店でも自習室でも、見合い場所には不自由しない。

 渡辺啓介を呼び出すのも、難しくはない。

「仲人役は、もちろん私と桜子で引き受けてあげるし」

 ここまで言うと、なぜか桜子とマキちゃんが顔を見合わせた。

 二人、発言を譲るかのように、ダンマリしてしまう。

 やがて、桜子がおずおずと切り出した。

「ダメな理由が三つ、あるのよ」

 一つ目。そういうセッティングをすれば、川崎さんの気持ちが、隠しようもなく相手に伝わってしまうということ。

「その、伝わっちゃうことの、何がダメなんだよ」

 つーか、告白するための依頼、じゃないのか?

「だから、告白する以前に仲良くなる、チャンスがほしいって……」

「よく分からん」

「だからあ、いきなり告白する勇気がでないっていうか。あたって砕けろ、じゃあまりにも成功率が低いでしょ。少しは仲良くなって、OKもらえそうな感触、ほしいじゃない」

「うむ」

「それと。付添いつきの告白なんて、他力本願ぽいところ、印象あんまりよくないんじゃないの。たとえはよくないけど、友達経由の告白が成功しないのと、一緒で、ダメなのよ、やっぱり」

「そうかなあ」

「それに、マキ先輩を紹介する場面、想像してみなさいよ」

「というと?」

「この子はウチの塾生の一人で、イトコ姪の先輩で、とか切り出すんでしょ」

「そりゃ、当たり前だ」

「でもさ、たぶん、ワタナベ先生、こういうと思うのよ。あれ、こんなひと、いたっけかなあ」

「うむむむむ」

 確かに、影の薄そうなタイプだしな。

 桜子の言葉に、マキちゃんはしょんぼりうつむいてしまった。

 まあ、第一印象で勝負するのは、超・苦手なタチなんだろうなあ。

「理由、その二。ワタナベ先生も、無口なタチでしょ」

「まあね」

「当事者より、仲人がぺらぺらしゃべりまくりってことに、なっちゃいそう」

「……」

 そこまで言うと、桜子は急にだんまりになった。

「理由、その三っていうのは?」

 桜子は横目で先輩を気遣いながら、言った。

「実はね……それとなく理系クラスの友達から伝わってきたことなんだけど、さ。ワタナベ先生、どちらかというと、元気印の女の子が好みなんだって。ちょっと気が強くて、スポーツもよくできて、けれど男にあんまり免疫がなさそうな」

「ほうほう。その、免疫がないっていうの、もうちっと、詳しく」

「ほら。彼氏のためにお弁当とか作ってきて、『べ、べつにアンタが好きで作ってきたんじゃ、ないんだからね』、とか言うタイプ」

「ずいぶんとベタなたとえだな。要するにアレか。ツンデレ娘」

 そういえばヤツはコテコテの理系、スポーツも好きだが、パソコン中毒の男、でもあったな。

「それでね……具体的にこの塾ではどんな女の子が好みかって、その友達が質問したんだって」

「さすがに、川崎くんの名前はでなかったか」

「うん。代わりにね……私の名前が出たのっ」

 驚天動地だ。

「桜子、デレする相手がいないじゃん。ツンツン娘だな」

「うっさい」 

 まあ、でも……。

 彼女の両親が聞いたら、盆と正月が同時に来たように、舞い上がるかもしれん。

 川崎くんには悪いが、ここはひとつ、桜子の味方をするべきか?

「いや、あの、その……あたし、ワタナベ先生、全然タイプなひとじゃないから」

「ふむ。成長したな、桜子。先輩にそこまで気を使うとは。でもな……ここでいつもの台詞、カウンターでお見舞いさせてもらうぜ。……選り好みしてると、行き遅れるぞ、桜子っ」

「え。いや。えり好みとか、そういうのじゃないでしょ、ワタナベ先生の場合。どちらかと言えば、高嶺の花とか、そういう感じ。女の子の憧れの的、みたいな」

「そうかなあ」

 自分が男だから……というか、いい年したオジサンだから、そういうのには鈍くなっているのかもしれん。

 ヤツに「女生徒に告白されました」なんて相談、持ちかけられたこともないしな。

 まあ、渡辺くんの受持ちクラスは、理系でも工学部志望者がメイン。最初っから8:2くらいの割合で、男子生徒のほうが多い。

「じゃあ、桜子。本当にいいのか。せっかく言い寄ってきた男とくっつける応援、せんでも」

「なによ、その、言い寄ってきたって言い方は。好みのタイプがどーのこーのっていう話の中で、名前が出てきただけだし。第一、あたし、ああいうかっこいいタイプって苦手だし」

 どちらかというと、砕けたタイプ、一緒にいて肩の凝らないタイプがいいとのこと。

「背は高いほうが好みか? やはりスポーツ好きがいいか?」

「だからあ、タクちゃん、あたしの話はいいから」

「ふうむ。じゃ、川崎くんの話に戻す。……しかし、好みのタイプが違うっつーのは、問題だな」

 しょっぱなから、暗礁ってヤツだ。

 渡辺啓介にネットで拾ってきたイモ娘の画像でも見せて、洗脳するか。

「ちょっとお、洗脳だなんて……でも、少しはしてもらったほうが、いいかな?」

 川崎マキが、困ったふうな顔で、けれど少しは期待がこもった顔で、私たちのほうを見回す。

 引っ込み思案な性格は、分かるけど……。

 ふと、気づいた。

「ところで、川崎くん。渡辺啓介の、どこが気に入ったの?」

「戦国バサラの、伊達政宗に、雰囲気が似ているところです」

 マキちゃんは、すらすら、藩祖公の生涯をおさらいしてみせた。

 ふむ。

 ただのイモ娘じゃ、ないらしい。

「イモ歴女か」

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