第15話 訓練の意味
組手が始まってから僅か10分、六華は荒い息を立てながら、地面に倒れていた。蓮の攻撃は容赦なかった。たしかに実践に近い形でしなければ意味がないのは確かだが、六華にはまだ荷が重かった。
(き…鬼畜。)
六華は心の中でそう愚痴った。
普段5秒先まで見る事に慣れていた六華は、1秒という時間がとても短く感じた。見えてはいるのだが、身体が付いて来ないのだ。
避けた時には、次の攻撃が当たる未来が見える。六華は攻撃を躱したのにあたって見えるという矛盾した光景に混乱していた。
「まだまだ先は長いかもな。」
蓮がそう言うと、六華は根性で立ち上がる。彼女は負けず嫌いなのだ。
「次、お願いします」
蓮はニヤッとすると、構えて六華に攻撃を仕掛ける。
凄まじい速さで顔に迫るストレートパンチ。
それをギリギリで躱す。そして次は左のショットアッパーが迫る。それを半歩下がり躱す。その次はミドルキック。
そうして遂に、六華は躱しきれなくなった。
「今のはまぁまぁだったな。」
「ありがとうございます」
六華は肩で息をしながら答える。
「一旦組手はここまでだ。実際に戦ってみて気づいたこともある。そちらの話もしておきたい。」
一旦休憩も兼ねて蓮は話を始める。
「簡潔に言うと、お前は眼の能力にリソースを割きすぎている。」
蓮はそのまま話を続ける。
「当たり前の事だが、カルマはあらゆる身体能力が普通の人間を大幅に超える。肉体強度、反射神経、運動能力全てだ。」
だが、と蓮は続ける。
「六華の場合、さらに憎魔細胞の量が桁違いに多い。生み出されるエネルギーも膨大だ。ならば先ほどのレベルの組手で1秒先が見えていながら、何故反応出来ないかを観察してみた。」
「その原因がこの眼という事なんですね。」
「その通りだ。まぁ仕方ないとも言えるがな。数秒先の未来が見える能力という、あまりにも強すぎる力を発現するんだ。必要とするエネルギーも莫大、つまり非常に燃費が悪い。」
「そう、だったんですね。たしかに使い続ければ今みたいにすぐバテますが。」
「だから眼を長時間維持できる訓練も同時にやってもらおうと思ってな。とりあえず目標は30分。」
「30分ですか。」
「そう、30分だ。5秒先の未来から1分刻みで4秒先の未来、3秒先の未来と変えていく。そうして慣れてきたらおのずと必要なエネルギーも最適化されていく。と思うぞ」
そこは自信があまりないんだ。と思う六華だった。
「俺の能力じゃないからな。だが、意識して使い続ければ、必要な時に必要な力を使う感覚が養われる。要はペース配分だな。1kmを走りきるのにいきなり全力疾走する奴はいないだろ?」
「分かりました。そっちも頑張ってみます。」
「じゃあ早速やってもらおうか。今日は倒れるまでな。大丈夫、後で運んで帰ってやるから。」
(この人ドSだ…)
笑顔で鬼のような指示をだす蓮を見て、六華はそう思った。これから訪れる苦難を考え辟易とする。
(ああ、翔さん助けてください。)
声無き声で翔に助けを求めるが、もちろんその想いが届くはずもなく。
その後六華は本当に倒れるまで訓練させられた。気付いたら事務所のソファに寝かせられていた。こうして六華が翔に言う愚痴がまた一つ増えたのだった。
「起きたか、六華」
「あ、はい。」
疲れに疲れたのか、六華は気の抜けた返事をする。
「とりあえず飯でも食え」
正直あまり食欲のない六華であったが、食べないわけにもいかない為、食事の席に着く。
そこで蓮が話を始める。
「翔から連絡があった。まだ情報の精査に時間が掛かるそうだ。2、3日は待ってくれと言われた。という事で明日からまた続きをやるぞ。」
六華はビクッと一瞬身体が震える。完全にトラウマになっている。
そんな様子を察したのか蓮がフォローを入れる。
「そう怯えるな、今日はお前の限界を知る為にやった事だ。明日からは倒れるまでやらせたりしない。」
六華はホッとする。
「最終目標は、眼の能力を発動し続け、尚且つ身体強化をしつつ30分間戦闘を継続できる様にする事だ。」
「自分で言うのも何ですが、なんか出来る気がしません。」
「そう弱気になるな。そんな直ぐにできるなんて俺も思っちゃいないよ。まずは眼を使わない戦闘の訓練と、未来予知の能力を発動し続ける訓練を別々に行う。そして最後に複合訓練だ。」
「あの蓮さん、話が少しずれるのですが、スペリオルを使った訓練はしないのですか?」
そう、六華はずっと気になっていた。そもそも実戦ではスペリオルを使って戦闘をする事が圧倒的に多い。
「そうだな。簡単に言うとカルマとスペリオルは掛け算の関係だ。カルマを2としてスペリオルを1.5とする。そうすると総合的な力は3となる。まあ簡単な話だ。」
「それは分かります。」
「カルマの数値を大きくすればするほど、スペリオルを使った時の値が大きなる。だが、カルマは経験や訓練によってその能力を底上げできるが。スペリオルの数値は武器を変えなければ変わらない。」
たしかに、と六華は思う。
「とはいえスペリオルは非常に貴重で高価なものだ。そうおいそれと高性能の武器に変えれるものでもない。」
「なるほど、だから分母の値であるカルマを底上げするのですね。」
「そういう事だ。スペリオルが使えない場面も、もしかしたらあるかもしれない。戦闘中に壊れる事があるかもしれい。そういった状況も考慮しなければならない。あくまで道具であるという認識が必要だ。」
「良く分かりました。スペリオルに頼りすぎるといざという時に対応できない。たしかにその通りですね。」
「軍でも常に訓練を行っているし、カルマの養成学校でも半分以上はスペリオルを使わない訓練だ。それほど重要ということだ。気になるなら一度見学してみたら良い。大佐に紹介するぞ。」
「考えておきます。」
そう言って六華は食事を続けた。
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時は遡り、六華と蓮が特訓している頃、翔はヤマト軍大佐『清村克人』と会っていた。
「九藤君、急に呼び出してすまないね。」
「いえお気になさらず。こちらも仕事ですので。」
翔は会釈をし、大佐の隣に座る女性に目をやる。蓮と六華が助け、自分が病院まで運んだカルマ隊員だ。
「はじめまして、白井加奈と言います。この度は命を救って頂きありがとうございます。」
「回復されたのですね。良かったです。あとで仲間にも伝えておきます。」
ここで清村が話を切り出す。
「早速ですまないが、今回の件で情報交換をしておきたい。まずは白井君、改めて可能な限りの情報を教えてくれるか?」
「はい大佐。」
そこから白井の話が始まった。やはり目立った情報は見当たらないなと思っていた翔であった。しかし、一つだけ気になった情報があった。
「人に似た何かが憎魔を食らっている様に見えた?」
そう翔が質問した。
「はい、仲間の1人が高所から双眼鏡で辺りを警戒している時にその話を聞きました。かなり遠くだった為、双眼鏡でもはっきりとは見えなかったと言っていましたが。」
翔は顎に手をやり考える。
(さて、どうしたものか。そもそも憎魔が共食いするなど聞いた事がなかったが、まさか人間の可能性が浮上するとは。もしや蓮の様な特異体質の人間か?)
翔が考えている中、清村が話し出す。
「ここまで異常に異常が重なると驚きも少なってくる。慣れとは怖いものだ。」
「確かにそうですね。」
翔は苦笑しながら答える。
「しかし、大佐はどうなさるおつもりなのですか?再度部隊を派遣する考えなのですか?」
「いや、Lv3の憎魔が確認された以上、おいそれと次の部隊を派遣出来ない。」
「でしょうね。」
「かといって放置もできない。早急に調査しなければならないのも事実だ。故に上層部は、特殊作戦群01部隊に命令をだした。」
翔は少し驚いた。特殊作戦群は極秘の任務や、危険度の高い任務をこなすカルマ軍の精鋭。厳しい訓練と実戦経験を積んだ猛者が集まる部隊だ。
「あの腰の重いお偉いさん達にしては決断が早いですね、珍しい。それに01部隊と言えば、あの『白銀』の部隊ですね。確かに彼らならLv3にも対応できるでしょうね。」
「そうだ、あの白銀だ。それだけ上層部も本気という事だ。」
「であれば今回の件、我々が出る幕は無さそうですね。」
「いつもすまないな。本来であれば軍がやらなければならない事をさせてしまって。どうにも万年人不足でな。」
「構いませんよ。こちらも報酬は頂いていますので。あと、大佐にお尋ねしたいことがあるのですが。」
翔はそう言って、カバンから六華のペンダントの写真を見せる。
「このペンダントに描かれている花と、同じものが刻まれているスペリオルもしくは研究所をご存知ですか?」
清村は写真を受け取り考え込む。
「いや、見たことがないな。」
「でしたら、立花龍司という名に聞き覚えはありますか?」
「いや、その名も初耳だ。」
「そうですか。」
「力になれずすまないな。もし良ければその写真を貸してもらっても良いか?知っている者がいたら報告させてもらうよ。」
「お手数おかけします。」
そう言って翔は時計をチェックし、席を立つ。
「では、私は失礼します。ありがとうございました。」
(めぼしい情報は得られなかったか。またふりだしだな。さて、次はどう動くかな。)
翔はいつものように思考をめぐらしながら帰路に着く。
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