第13話 六華の決意

六華は夢を見ていた。それは幼き日の父との他愛ない会話。


「六華、君には守り神が付いているんだ。」


「守り神?」


「そう、六華が困った時に助けてくれる神様だよ。」


「すご〜い!お父さん、その神様はすぐに会えるの?」


子どもらしい無邪気な笑顔を見て、父は優しく微笑む。


「今すぐは無理だよ。六華がもっと大人になって、守りたい人や大切な人が出来た時に会えるかもしれないね。」


「う〜ん、りっかよく分かんない。」


「もっと大人になったら分かるようになるよ。」


「楽しみにする〜♪」


最後にもう一度父が優しく微笑み、そこでその夢は終わる。

同時に六華は目を覚ます。


「お父さん…」


(なぜ今頃あんな夢を…)


ゆっくり起き上がり六華は辺りを見渡す。

ここは六華が借りているジャックの事務所だ。

まだ頭がボーッとしている所為か、いまいち現状が掴めない。

だが、徐々に思い出していき一気に目が冴える。


「そうだ!あの後どうなったの!私はなんで寝てるの」


ベッドから飛び起きて、1階の事務所に駆け下りる。扉を勢い良く開けて2人の名を叫ぶ。


「蓮さん!翔さん!」


六華は大きな声で2人を呼ぶ。


「あの後どうなったんですか?教えて下さい!」


しかし、2人は苦笑いをしているだけで何も答えない。六華は不思議そうに首を傾げている。すると蓮がジェスチャーで胸元を指す。そしてふと下に目線を向ける。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


六華の顔がゆでダコのように真っ赤に染まる。

そう、寝巻きのまま勢い良く動いたためか胸元がはだけ、下着が丸見えになっていたのだ。


素早く手で隠し、扉を閉め2階に駆け上がる。


「起きてそうそう騒がしい奴だな。」


「……」


翔は何も答えない。ゆっくりとコーヒーをすするだけだ。


しばらくすると、いつものゴスロリのワンピに着替えた六華が再度降りてきた。まだ顔が赤い。


「見ましたよね?」


なぜか怒り気味だが、完全に不可抗力だ。あの状況で見るなという方が無理である。


「まぁ見えたな。」


さして興味もなさそうに蓮が答える。


「……」


翔はやはり何も答えない。


六華がまた顔を下に向けプルプルと震えている。


こいつ面白いなと思いながら、蓮は2杯目のコーヒーを注ぐ。


「前にも言ったが子どもには興味がないんでな。そう気にするな、別に手を出したりしない。」


完全に火に油である。六華の震えがさらに増す。


「というか、ブラしてたんだな。お前にはまだ必要ないんじゃないか?」


蓮がデリカシーの欠片もない言葉を放つ。


六華からブチッ!という何かが切れた音が聞こえた気がする。


「フンッ!」


六華は怒りと共に、蓮の脛にローキックを全力で放つ。


ガンッ!という鈍い音が響く。

蓮は小さくイタッと呟くだけだった。

そして六華は大きな足音を立てながら、再度2階に上がって行く。


ここでようやく翔が話し出す。


「さすがに今のは酷いんじゃないか?あれは誰でも怒るぞ」


「そうだな。どうもあいつを見るとからかいたくなってな。後で謝っておく。」


「そうした方が良いな。」


「それにしても、京火といい六華といい、どうして俺の周りはクセのある女が多いんだ。」


「類友ってやつだよ。」


「まさか」


この鈍いところが蓮の欠点ではあるが、翔はあえて口にはしない。


(こっちとしても見ていて退屈しないからな)


翔は若干Sが入っている。


「翔、六華にこの前の事を説明する。下に呼んでおいてくれないか?今俺が言ってもダメだろうしな。俺は京火を連れてくる。」


「分かったよ」


翔はため息をつきながら2階に上がって行く。蓮は事務所を出て京火の元へ向かうのだった。


「六華、あの後の事を説明する。降りてこないか?」


翔はドアをノックして六華を呼ぶ。


機嫌悪そうにゆっくりとドアを開く六華。やはりまだ怒っているようだ。当然といえば当然だが。


「蓮には謝るように言っておいたよ。今人を呼びに行っているが、帰ってきたら謝らせるよ。」


「……分かりました。」


「そういえば、誰を呼びに行っているんですか?」


「ああ、六華はちゃんと会うのは初めてだったな。京火という憎魔の研究者だ。以前少しだけ話が出てきたことがあると思うが。今回六華が寝ている間に異常がないか検査してくれた奴だよ。」


「その方は医者でもあるんですか?」


「いや、そうじゃないんだが。詳しくは全員揃ったら説明するよ。あと20分は来るのにかかるだろうからな。」


そういって翔は次の仕事の資料をチェックしていると、六華が暇を持て余しているのかグチを言い始めた。


「蓮さんは、もう少し女性に対するデリカシーっていうものを持った方が良いと思うんです。子ども扱いするし、下着の件もそうです。」


至極真っ当な意見を述べる六華。


だが、蓮の歯に衣着せぬ物言いは翔が出会った時から。あれはもう治らないんじゃないかなと翔は思っている。


「あいつも悪気がある訳ではないとは思うが。まぁあれだ。六華、君はイジリやすいんだと思うよ。」


「私ってそんなキャラですか?納得いきません。だとしても蓮さんはもう少し翔さんを見習って….」


この後も延々とグチが続いた、よほど溜まっていたらしい。

結局蓮が帰ってくるまで続いた。

聞き役の翔はというと、仕事もしていないのに少し疲れた。


蓮は帰ってきてすぐ六華に謝った。六華の方も翔にグチを散々漏らして発散したのか、怒りも収まっていた。


「さて、こうやって話すのは初めてかな。私は古海京火だ。よろしく」


「初めまして、私は立花六華と言います。蓮さんと翔さんから事前にお聞きしています。ありがとうございました。」


「なに、私も興味深い事だったからね。あまり気にしないでいいよ」


「それで、早速ですがあの後どうなったのですか?私、憎魔と戦っている途中から記憶が無くて。」


ここで蓮が説明を始める。


「やはり記憶はないのか。まずお前が守った軍の人間は無事だ。1人だけだがな。」


「あの女性は無事だったんですね!?……良かった。ですがもう1人の男性が、目の前で殺されるのを止められなかった。」


「なるほど、それがキッカケだったのかもな。」


「どういう意味ですか?」


「あの憎魔はお前が倒したんだよ。俺があの檻から出てきたときには既に憎魔は死んでいた。他ならぬ六華、お前の手でな。あの時のお前は別人のようだったぞ。」


「私が、ですか?あの時は男性が殺された瞬間、目の前が真っ暗になって、それから…」


「記憶にないと。」


コクリと六華は頷いた。


「六華、単刀直入に聞く。お前憎魔を喰った事があるか?」


「憎魔を…ですか?いえ記憶にはありません。」


「お前が寝ている間に、勝手ながら少し血液を採取させてもらった。そこの京火に頼んでな。率直に言うと、お前の憎魔細胞の量は異常だ。推測だが、体内の半分は既に憎魔細胞が占めている可能性が高い。ありえない量だ、普通ならとっくに死んでいる。」


「半分も…いえでも、どうして。お父さんは私の身体に何かしていたの?…まさか、あのリンゴが?」


ここで京火が口を開く。


「リンゴ?もう少し詳しく教えてくれないか?」


「なんの確証もないのですが、10年以上前に色の変わったリンゴを父から貰いました。皮が真っ白なリンゴでした。あの時は幼かったのもありますが、特に疑問を抱く事もなく食べました。」


「真っ白なリンゴ。う〜ん、分からん。君のお父さんは一体何者なんだ。スペリオルも見せてもらった。悔しいが今の私では足元にも及ばない人物だ。存命であれば是非とも話してみたかったが。」


「六華、お前の中には得体の知れないモノが眠っている。その片鱗を俺は見たが、この都市を壊滅させられるほどの力を感じた。」


「私の中に、そんな恐ろしい力が?」


六華は震える手を握った。


「トリガーは分からないが、状況から察するに激しい怒りなどが原因かもしれない。」


そう言われ、六華は固く口を結ぶ。確かにあの時凄まじい怒りの感情が心を満たした。

なら何故、あの時父が憎魔に殺される時この力が発現しなかったのか。そう思ってしまう。


「だが、あの力を制御する事が出来れば役に立つ。ゆっくり探していこうかと思っていたが、研究所の発見を急ぐ必要がある。何か手がかりがある可能性も高い。」


「そうですね。そう言って頂けると心強いです。」


六華は未だ混乱していたが、顔に出さないよう改めて決意を固める。


(強い子だ。この歳で迷いや恐れが見られない)


翔は少し感心していた。

この危険な世界であっても、18歳といえばまだ学生上がり、外の世界を知らない子の方が圧倒的に多い。

しかし、1流のカルマでも死ぬかもしれないLv3の憎魔と戦い、目の前で人が殺され、自分に得体の知れない力が眠っている。

大人でもトラウマになるかもしれない出来事だ。この心の強さの根源は何なのか、翔は気になった。


「私も非常に興味深い、1枚噛ませてもらうよ。もちろん情報提供は惜しまないつもりだよ。」


「ありがとうございます。古海さん」


六華は頭を下げてお礼をする。


「京火で良いよ。六華ちゃん。」


「分かりました、京火さん。」


「お前ら、なんか姉妹みたいだな。」


翔も心の中で同意した。

見た目は全然違うのだが、なんというか雰囲気が似ている気がしたのだ。


「こんな妹がいたら良いかもねぇ。」


京火は少し甘ったるい声でそう言った。


「それと、話は変わるが京火。今回戦ったLv3の憎魔の血液を採取してある。お前にもらった採取器械の全容量分だ。Lv2複数体より良いだろ?」


蓮が京火に渡すと、彼女は嬉しそうに蓮に抱きつく。


「さすがマイダーリン♪ありがとう!」


思いっきり蓮の腕にその大きな胸を押し付ける。


「誰がダーリンだ!離れろ暑苦しい!」


「もう照れちゃって!」


「黙れクソ○ッチ!いいから離れろ!」


なかなか離れない京火と引きはがそうとする蓮。

そして隣の六華はというと、またしても少し不機嫌オーラが出ていた。

翔はため息を出しながら前途多難だなと思うであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る