第12話 それぞれの思い、波乱の予感
その男は蓮たちが戦いを繰り広げた場所に佇んでいた。
「実に…素晴らしかった…」
男は歓喜に身を震わせているのか、小刻みに震えていた。
「君なら、僕を解放してくれるかもしれない。」
両手で身体を抱えながら、狂気的な笑みを浮かべている。人が見たら気味悪がりそうな笑みだ。
そんな不気味な男の背後に、ゆっくりと忍び寄る影があった。
小型の犬型憎魔だ。犬型と言っても口だけが三つある異形だが。男に気付かれぬようゆっくり忍び寄る。射程圏内に入ったと同時に男に飛びかかる。男は気づいた様子はなくまだ身を震わせていた。このまま噛み殺されるかと思いきや…
後ろを見ないまま、驚異的な速度で裏拳を放つ。
ボンッ!と憎魔の頭部が粉砕された。あまりの速度に憎魔は自分が殺された事に気付かぬまま地面に着地する。頭部のないままあたりをキョロキョロするような動作をするが、死が身体に追いつきそのまま倒れこむ。
「あぁ、次会った時は君と殺りあいたいなぁ」
男は右手に付着した憎魔の血を舐め取りながら空を見上げる。
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蓮は大急ぎで要塞都市ヤマトに帰り、事務所に向かう。
「翔!帰ったぞ!急ぎ頼む!」
「了解!」
蓮は事務所に帰るなり、翔にそう告げる。帰る最中、事前に現状を伝えていたので、2人の動きは迅速だった。
翔は唯一生き残った女性のカルマ隊員を連れて病院に向かう。そして蓮は六華をソファに横たわらせる。
六華も病院に連れて行くか迷ったが、身体に傷は一切ない。あの力で回復したのかもしれない。それに病院は基本的に国が運営している。調べる最中に、あの力に気付かれるかどうかは分からないが、もし気付かれると厄介だ。
よって、蓮は京火を呼び出していた。憎魔やカルマに関する事なら彼女に調べてもらうのが一番良いと判断したのだ。それに簡単に口は割らない事も長い付き合いで知っている。
そもそも、六華は寝息を立てている。それを見て蓮も気が抜けたのだ。これなら別に病院に行くほどでもないと。
(久々に濃い1日だったな、さすがに疲れた。)
「蓮、来たぞ。君からの呼び出しなんて珍しいじゃないか。しかも用件も言わずに急ぎで来てくれなんて。」
今日の事を思い返していると、京火がやってきた。
「突然すまんな。少し見て欲しい奴がいるんだ。」
「私は医者じゃないんだが?」
「知ってるよ。ただかなり特殊でな。カルマにも詳しいお前なら調べたら何か分かるんじゃないかと思ってな。付いてきてくれ。」
蓮は京火を奥に寝かせている六華の元へ連れて行く。それを見た京火がまた意味不明な事を言い出した。
「蓮、私という女がいながら別の女に手を出すとはどういう了見なんだ?しかもこんな少女を。もしかして蓮はそういう趣味なのか?私のような大人な女より、子どもっぽい女が好きなのか?ロリコンなのか?」
「…殴るぞお前」
妄言を長々と捲し立てられ、もはや訂正するのも面倒くさくなってきた。
「まず俺はロリコンではない訂正しろ。それといつからお前は俺の女になった。」
「なんだ?なんなら今から君の女になってもいいのだぞ?」
蓮は頭が痛くなってきた。
「もう茶番はいい。それより詳しく説明するから座れ。」
「相変わらずつれないなぁ」
蓮は無視して事の顛末を説明する。
「そんな事があったのか。確かに興味深いな。こんな少女がLv3の憎魔を一方的に殺したとは。君はどう見るんだ?蓮」
「さぁな。俺も長く見たわけじゃないが、あの状態の六華を止めようと思ったら、俺の全力を出さないと無理だろうな。あの2年前に戦ったあいつと同等の気配を感じた。」
蓮は今の世代では半ば伝説となっている、Lv4の憎魔と戦った経験がある。文字どおり死闘を繰り広げた。その時の傷跡はまだ蓮の身体に刻まれている。相手にも致命傷を与える事は成功したが、逃げられてしまった。蓮も追撃するほどの余力は残されていなかったのだ。
「それは凄まじいな。先にも後にもあの時だけだった、君がズタボロで帰ってきたのは。今でも鮮明に覚えているよ。そうか、それほどなのか。」
「ああ、だからお前に連絡した。病院で血液でも取られたら、六華の特異性に気付かれる可能性もある。それにむさいオッサンに身体を調べられるのも嫌だろ。その点、お前は生物学的には女だからな。適任だったというわけさ。」
「ん〜、なんか引っかかる言葉もあった気がするが。それにしても君がそんな所まで気を回すなんてどういう了見なんだい?明日雪でも降るんじゃないか?」
意趣返しとでも言うように京火が言葉を放つ。
「ただの気まぐれだよ。」
「ふ〜ん、まあいいさ。では早速だが、彼女を少し調べさせてもらうよ。本人に了承を取ってないのに良いのかい?あとで怒られても知らないよ。」
「事態が事態だ。きちんと説明するよ。」
そう言って蓮は部屋を出ていった。あとは京火に任せるだけだ。
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翔はすぐに依頼人に連絡を入れ、早急に医者を用意するように伝えていた。唯一の生き残りの女性は、六華と違いかなり衰弱が激しい。それに毒で身体の自由を奪われている可能性が高いと蓮から聞いている。早急に治療が必要だった。
病院に着くなり彼女を医者に預け、とりあえず一息つく。
「九藤君。」
そう呼ばれ翔は声のする方を振り向く。
「これはこれは大佐。この後伺おうと思っていましたよ。」
翔に大佐と呼ばれた男、名は清村克人(しむらかつと)。ヤマト軍に所属する軍人だ。服の上からでも分かる筋骨隆々とした肉体が示す通りバリバリの武闘派だ。ジャックの2人に定期的に仕事をくれる、いわばお得意様だ。
「今回に限っては、いてもたってもいられなくてね。すぐに報告を聞きたかったのだ。それで九藤君。生き残りは彼女だけだったのか?」
「そのようです。10人中生き残ったのは彼女だけ。遺品を回収できたのも2人だけです。残りの7人も恐らくは…」
「そうか…残念だ。Lv2位なら問題なく対処できるメンバーだったんだが。一体何があったんだ?」
「詳しくは報告書にまとめて後日渡しますが、そもそもLv2の憎魔というのが誤った情報でした。今回彼らが相手にしたのはLv3です。」
「Lv3だと?馬鹿な。そんな奴が近くに潜んでいたというのか。ここ最近の出来事は異常だ。」
「何かが起こっているのは間違いないですね。今回に関しては彼らは気の毒だったと言わざるを得ません。軍内部でもLv3に対処できるカルマなど、大佐を含めても数える程でしょう。」
翔は慰めるように言う。
「彼らも軍の人間だ、危険も承知の上だったろう。しかし、最近の情勢を鑑みれば、もっと慎重に動くべきだだった。上司である私のミスだ。」
清村はその強面の見た目とは裏腹に、非常に部下思いな人間だ。そんな人物だからこそ今回の出来事は堪えたのだろう。
「だが、いつまでも悔やんではおれん。この失敗は次に繋げなければならない。でなければ死んでいった彼らに顔向け出来ん。」
「その言葉は、残った部下に言ってやってくださいよ。」
翔は苦笑いしながら大佐に答える。
「それもそうだな、すまん。それと、1人ではあるが君たちのおかげで部下が生きて帰れた、感謝する。」
「蓮に伝えておきます。大佐、それではまた後日。」
翔は踵をかえして病院を出る。
帰りながら、翔は今日の事を考えていた。
(大佐の言う通り、ここ最近はあまりに異常だ。それに六華の件もある。何かが動きだしているのか?それとも奴が帰ってきたのか?)
翔はかつて蓮が戦ったLv4の憎魔の事を思い出していた。
(いや、そもそも関連性があるのか分からない。やはりもっと調査が必要だ。だが、奴がもし再び現れたら、俺も動かざるを得ないかもな。)
情報の少ない今、考えても答えは出ない。しかし、妙な胸騒ぎを感じながら翔は帰路に着くのだった。
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