第11話 覚醒

憎魔は内心焦っていた。今まで出会ったことの無い強者に出会ってしまったからだ。人間とは弱い生き物ではないのか。最高のオモチャではないのか。恐怖に顔を歪ませる人間を見るのが何より好きなこの憎魔は、このままでは自分は死ぬ。そんな状況が許せない。


言葉で思考しているわけではない。だが、至福を肥やした権力者が平民に反旗を翻された時、こんな顔をしているのではないだろうか。


「そろそろ終わりにするぞ」


蓮は刀に力を込めて、憎魔を両断すべく構えた。重力の力も乗せた必殺の一刀だ。


憎魔も自身の危機を直感で感じ取る。このままでは本当に殺される、そう理解した。憎魔は決して使いたくなかった奥の手を切ることにする。


瞬間、自分の片腕に噛みつきそのまま引きちぎった。その時の痛みで絶叫する。しかし技の発動には必要なプロセス。


自らの腕を引きちぎる様子に蓮は一瞬呆気に取られた。しかし、何か仕掛けてくると感じ、身構え直した。


「六華、もっと離れていろ!なにか仕掛けてくる」


六華は慌てて距離を取る。


その様子を見て、憎魔は苦痛に顔を歪ませながらも少し笑った。

引きちぎった片腕をそのまま空中に放り投げ、


「ガアアアアァァァ!!」


叫び声とともに腕が黒い炎に包まれ地面に落ちる。そのまま解けるように地面に広がる。



同時に、蓮の周りに黒い棒状の物体が無数に飛び出し檻を形成していく。まさに一瞬、蓮は隙間の一切ない、黒く四角の檻に包まれてしまう。


この檻が憎魔の最終手段。自らの肉体を媒介として空気中の炭素と融合し発動する能力だ。カーボンなど比ではない、驚異的な硬度を誇る檻だ。しかもこの檻は永久機関。空気中の炭素を常に取り込み、少しの傷であればすぐに再生する。さらに発動者が死んでも消えることはない。この檻は憎魔が自分の意思で技を解くか、もしくは圧倒的な力で破壊するしかない。


しかしこれを破るには、檻の再生速度を上回る速さで破壊し続けるか、強力な一撃で破壊する必要がある。それが出来ない者は、このまま暗闇に包まれた空間で朽ちるしかないのだ。



「クソ!様子見しすぎたか。」


蓮は悪態をつき、檻に攻撃を加える。

だが蓮の攻撃をもってしても切り傷をつけるだけ。さらに瞬く間に傷が塞がっていく。


「くそ、こうなれば仕方ない。クロユリ、7号展開!」


「リョウカイデス、マスター。7ゴウヲテンカイシマス。」


クロユリが刀形態を解除し、蓮の手の平に黒い球体状になって浮遊しはじめる。


(これは発動までに少し時間がかかる。無事でいろよ、六華。)


蓮は最初から一撃で憎魔を仕留めなかった自分にイラつきながら、技発動の準備にかかる。


—————————————————


そのころ六華は、激しい動揺に襲われていた。


「蓮さん!」


叫ぶも中から蓮の彼の返事はない。


(あの黒い物体はなに?蓮さんは無事なの?どうすれば…)


蓮の強さに信頼を置いていた彼女は、想定外の事態に思考を巡らせるが、どうしても冷静に考えられない。憎魔を倒すか?しかしいくら手負いとはいえ自分に倒し切れるのか?そんな自問自答が繰り返され行動に移せない。


そんな隙をついて、憎魔は六華に襲いかかる。残りの力で残った片腕を振り上げ、六華に叩きつける。


(まずい!)


六華は目の能力によりかろうじて直撃を避ける。しかし先ほど同じように地面に叩きつけられた衝撃波と巻き上げられた石飛礫により吹き飛ばされる。


「きゃあっ!」


短い悲鳴とともに地面を転がる。すぐさま立ち上がり武器を構えるが、身体は傷だらけで息も上がっている。いくら憎魔が手負いとはいえ、現時点での実力差は明確。眼の力で先を読んでも、いくら優秀なスペリオルで能力を底上げしても、身体がついて来ない。そして何より六華には憎魔に対する有効な決定打がない。自分にとって父の仇であり滅ぼすべき存在である憎魔になす術がない。そんな無力な自分に無性に腹が立つ。


(くっ、どうすればいいの?そうすればあいつを倒せる?)


一方憎魔は、六華を見て簡単に勝てる相手だと理解する。さっきの男の仲間と思って警戒したが、それは杞憂に終わった。自分を追い詰めたあの男は檻の中。そう、自分の勝利を確信した。そう思った時、この憎魔の醜悪な部分が表に出る。


六華に追撃を加えるかと思いきやそうせず、六華が救出した2人の男女を見る。そして醜く顔を歪ませ笑う。


憎魔があの2人に近づくのを見て、六華に戦慄が走る。


「まさか…」


次の瞬間身体が勝手に動き出し、憎魔に攻撃を加えようと武器を振り上げる。


だが憎魔の爪に防がれ、そのまま横っ腹を後ろ足で蹴られカウンターを喰らう。


「がはっ!」


悲痛な声を発しながら、再度弾き飛ばされ地面を転がる。立ち上がろうとするが、先ほどの蹴りがかなり効いたのか中々起き上がれない。


憎魔はその様子をみて笑い、眠っている男性の方を持ち上げる。そして六華の方を向き、わざとよく見えるようにした。


「や… めろ」


怒り満ちた顔を憎魔に向けるが、それは奴を余計に喜ばせるだけ。


そして憎魔は大きく口を開ける。


「やめろおおおおおおお」


六華の慟哭を木霊する。しかし…


グシャッ!という音とともに男性の胸から上を食いちぎった。

鮮血が飛び散り、下半身からは臓物が垂れ落ちる。


「あ…あ……」


言葉にならない声が発せられ、眼からは涙が零れ落ちる。そんな六華を見て、憎魔は今日一番の醜い顔を見せる。


六華はかつて自分と母を庇い囮となった、父の最後の姿がフラッシュバックする。血が出るほど拳を握り、腹の奥からどす黒い感情が湧きだし、その全てが目の前の憎魔に向けられる。


(許さない許さない許さない許さない許さない!)


六華は顔を下げたままふらふらと立ち上がり憎魔を睨む…そして小さく呟く。


「殺す」


六華の中の化け物が目を覚ます。


ドウンッ!と空気が震え膨大な量の黒いオーラが立ち上がる。六華の両目は黒く染まり、赤く光る。見る者全てが恐怖に竦むような、そんな顔をしている。


六華は膨大なオーラを伴い、ゆっくり歩き出した。


————————————


憎魔は困惑していた。目の前の『あれ』は一体なんだ?自分は何を目覚めさせてしまったのだ?


憎魔に先ほどの余裕の笑みはない。今芽生えているのは、未知なるモノへの恐怖心。六華のあまりの変貌ぶりに困惑と恐怖心が身体を支配する。しかし、いつまでもじっとはしていられない。目の前の『あれ』はゆっくりと近づいてきているのだ。


憎魔は立ち向かう。いくら異質とはいえ人間、そうオモチャ相手に逃げるなど自身のプライドが許さない。


火事場の馬鹿力といういうやつか。憎魔は本日最速の動きを見せる。コンマ1秒も経たぬ内に、20m以上離れた六華に近づき渾身の力を叩きつける。憎魔は決まったと思った。


ガンッ!!という固い物質にぶつかったような音がした。六華の溢れ出すオーラが膜となり攻撃を防いだのだ。


憎魔は驚愕するが、その一瞬の隙が仇となる。六華はオーラを操り巨大な拳を作り上げ、憎魔を殴り飛ばす。骨の軋む音が鳴り、憎魔は吹き飛ばされる。


大きな廃ビルの側面に激突し壁を粉砕した。その衝撃でビルが揺れる。憎魔は全身から血を流し倒れこむ。


「ギギギギギ」


六華は大きくを目を見開きながら歯ぎしりをする。もはやあの可憐な少女の面影はどこにもない。


そのまま満身創痍の憎魔に近づき、オーラの拳で憎魔の首を掴み持ち上げる。これから行われるのは一方的な虐殺。そう確信した憎魔は、生きる事を諦めた。


————————————


「なんだ?この気配は。まさか六華なのか?」


蓮は閉じ込められた空間で違和感を感じていた。この檻、音と外の風景は完全に遮断されるのだ。しかしそんな中でも感じ取れる尋常じゃない気配。


(一体外で何が起きている?急がないとマズい気がする)


蓮は技の発動を急ぐ。時間にして数十秒かそこらだが、蓮はその時間がいつもより長く感じた。


「よし、いけるな。」


蓮は手のひらに浮遊するクロユリが真っ黒に染まる。それを壁際に移動させる。


「ブラックホール」


そう発すると、クロユリを中心に黒い球体が広がっていく。そしてその球体の範囲の檻が一瞬にして消滅した。蓮はすかさず隙間から脱出する。


この技はクロユリを一つの天体と仮定し、超重力により擬似的なブラックホールを作り出す技。範囲内は光さえ逃さない重力の空間である。触れたものは文字通り消滅する。


一度発動するまでに時間がかかること、発動中は武器に変形できないなどの制限はあるものの、それを差し引いても非常に強力な技である。


「六華!」


蓮はそう叫びあたりを見渡す。そして数十メートル前方に見える光景に絶句する。


六華の黒いオーラが憎魔を持ち上げている。残った四肢全てを切断されており、もはや虫の息だ。そして今まさに六華のオーラが憎魔の頭部を握り潰した。


(あれは一体…六華、お前は一体何を飼っているんだ。)


蓮はかつて死闘を繰り広げた、Lv4の憎魔に匹敵する気配を六華から感じていた。


「あははは…きゃはははははは!」


六華は狂気的な笑い声をあげ、そのままその場に座り込んだ。そして自らのスペリオルで憎魔の死体を何度も刺し始めた。鮮血が飛び六華の身体を汚していく。


何度も何度も刺し続ける。何度目か分からない所で、振り上げた手を蓮が掴む。


「六華、もういい。終わったんだ。」


六華は黒く染まった目で蓮を見る。しばらく見つめた後、涙を流し始めた。


「蓮…さん、わたし…また…救えなかった。ごめん…な…さい。」


六華からオーラが消失していき、そのまま意識を失った。倒れこむ彼女を受け止め抱える。


「俺の方こそ遅くなってすまなかった、六華。」


気絶している六華にそう優しく声を掛けた。蓮は生き残っていた2人を探す。男性のカルマが無残に殺害されているのを発見し、理解する。あの憎魔は自ら虎の尾を踏んだのだと。


蓮は外傷の少ない女性に近づき、息があるのを確認する。


「六華、たしかにお前は救えなかった。だが、お前のおかげで生き残った人間もいる。俺ではない、他でもない六華、お前のおかげだ。」


蓮は慰めるよう呟く。


「いつまでもこうしては居られない。急いでここを離れなくては。」


蓮は死んだ男性の遺品、憎魔のサンプルを早急に回収し、2人を抱えバイクへ向かう。


初陣して、あまりに凄惨な結果となった六華に対し、申し訳なさを募らせながら走る。


こうして、2人での初めての仕事は幕を幕を閉じた。

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