第20話
「不気味な温泉とはどういう意味ですか。白いお湯は確かに珍しいですが、不気味というほどでもないでしょう。島の方々に失礼ですよ」
「いーや、不気味だね。気持ち悪いったらありゃしねえ。やっぱ入らなくて正解だったな」
「あのですねえ。この地の湯は硫黄泉といいまして、お湯が酸化すると白く濁るんですよ。理屈が分かっていれば怖がる要素なんてありません」
付け焼き刃の知識を披露するキリに時任は眉をピクリと動かした。
「バカにしてんのか。俺だってそれぐらい知ってるっつの。理屈がわかってねえのはお前らの方だろうが。入浴したのは源泉掛け流しのとこだろ?湯が真っ白なわけがねえ」
「だーかーら。二度も言わせないでください。硫黄泉なんですよ。白濁してるのが当然なんです」
「二度も言わせるなってのは俺のセリフだな。源泉掛け流しならよお、注がれる湯は透明じゃなきゃおかしいだろうが。白濁してるのはいわゆる古い湯だ。新しい湯が酸化して白いってのはありえないんだ。理屈分かるか?」
湯が白濁しているのは記憶にある。しかし注ぎ口の湯が濁っていたかは……
「……どうだっけ」
「どうでしたかね。そこまで注意していませんでした。ひとまず濁っていた方向で話を進めましょう。
しかしあり得ないと決めつけるのは早計ですよ。お湯を使い回していたならば白濁した湯が注がれることになります。源泉掛け流しが虚偽広告ということになるのは残念ですけれど」
「ああ、それも一度考えたが温泉側は湯の使い回しはしていない。確実にだ」
「どうしてそこまで言い切れるんですか。根拠を聞かせてください」
「だってよ、湯を使い回すときは浴槽の底に排水溝が付いてて、そこから回収するんだぜ。だが源泉掛け流しにそんなものはない。実際浸かったらザバンと湯は溢れていっただろ。湯が一定量に調整されてない証拠だ」
湯が溢れて爽快感があるとか感じた覚えがある。湯が調整されず流しっぱなしになっているのは認めてもいい。
「それともう一つ。湯を回収してまた注ぐんなら湯を綺麗にする必要があるだろ。髪の毛やら皮脂を取り除くのは言うまでもないが、他には?」
「他、ですか?きちんと濾過すれば綺麗になると思いますけど」
私は時任の言わんとすることを理解した。確かにこれでは湯の使い回しはありえない。
「塩素での殺菌消毒だ」
時任は嬉しそうに笑った。
「大当たりだ。温泉には元々色々な微生物が住んでんだ。その中で代表的な危険生物がレジオネラ属菌。温泉の温度が心地いいらしく髪や皮脂を喰って奴らポンポン増殖する。肺炎を引き起こし、過去に何十人って死者を出した凶悪な菌でな。湯を使い回す場合、プールみたいに塩素消毒が必須なんだ。しかしデメリットとして塩素投入は、少なからず温泉を変質させる。もちろん温泉の効能は落ちるか消滅する」
「そして温泉から腐卵臭はしたけど塩素臭はしなかった。お湯が白いのは……おかしい」
時任支持派に回りつつも私は恐れた。時任が有能すぎて私の活躍シーンが今後ないのではないかと。レジオなんたら菌とか知らないよ。物知り博士なの?
「な、なら時任さんは温泉が白濁する原因は分かっているんですか」
「専門家でもないのにんなことまでいち雑誌記者に分かるか。だがそうだな。温泉には地下から湧き出た得体の知れねえ白いエキスが混じってる、とかホラーっぽくて面白いな。しゅーいぐはむサマお手製のな」
適当に云っているようだがワンチャン的を射ていそうで怖いな。
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