第21話
屋敷の人間と
おそらく彼らの宗派の違いからだろう。ナナノの扱いの解釈で対立が生まれた。ナナノを海へ流そうとしていた屋敷の人間。神を降臨させようと目論む土累奴教団にはナナノが必要だったのだろう。だとしてもこの屋敷で誰も見かけないのは不可解極まりないのだが。
「そろそろヒロインを助けに行くか?時間的にもタイムリミットが近い。勇者ムーブをするのにはいい時間だぜ」
もう夕方だ。夏で日が長くなっているとはいえ、移動時間を考慮するとナナノのもとへ到着するころには月が空に輝いているだろう。
「それじゃ行きますか!」
「ええ。ナナノちゃんを絶対に助け出しましょう」
私たちは手を握り合ってそう誓った。
時任の案内に従って道を進んでいく。相変わらず人影は一切ない。原因は不明だ。森の入り口には『環境保全のため立ち入り禁止』と看板が建てられロープが張られている。もちろんそんなものは無視だ。気にしてはいられない。
「おい、だれかこっちに走ってきてるぞ」
「ああうああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ひえっ。私は小さく悲鳴をあげた。その男は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら情けない声を発していた。男は先頭にいた時任に飛びついた。
「た、たずげでぐれ!死にだぐない!」
「なんだどうした。教団の先輩にいじめられたか?」
「死ぬ!死ぬ!死ぬ!」
「あーこりゃだめだな。話にならん」
男は錯乱していた。森で一体何が起こった?
「お前!」
急に指をさされた。思わず身構える。
「お前も指が……そうか、これだ。この指があるのがいけなかったんだ!」
男は淀んだ目を輝かせて手頃な石に手を打ちつけはじめた。手にはやはり6本目の指がはえていた。石に皮膚が削られ擦過傷が作られた。打ちつけるたび血が滲む。打撃音に生理的嫌悪感を覚える。指があらぬ方向に折れ曲がるのはそう遠い話ではないだろう。狂っている。
「やめて下さい!」
キリが腕を握って静止したが、癇癪を起こした子供のように男は暴れ、キリを力任せに振りほどく。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!邪魔をするな!
強烈な拒絶に尻もちをついたキリを慌てて助け起こした。なおも自傷行為を続ける男へ手を差し伸べようとする。ダメだよ。君の言葉は届かない。
「キリ、私たちじゃ無理だよ。行こう」
この場に精神科医でもいれば話は別だったろうが、残念ながら素人しかいない。見過ごすのは心が苦しいが行くしかない。最優先はナナノの救出だ。今は一分一秒が惜しい。間違えてはならない。
「ふーむ、ちょいと急ぐか。こいつが見たものも気になるしな」
やがて日は水平線の彼方へ沈み、満月が島を照らしていく。
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