第18話

「でかっ」


 時任が案内してくれた屋敷に辿り着いての感想はそれしかなかった。歴史を感じさせる日本家屋だ。


「ある程度覚悟はしておけよ。俺には住人が生きているとはとてもではないが思えん」


 云われずとも覚悟はしている。たとえどれだけ悲惨でも、ナナノの手がかりがあるのなら歩みを止めるわけにはいかない。


 念のためインターホンを押してみるが、もちろん反応はない。玄関は引き戸になっていて、人間一人が通れるくらいの隙間が開いている。


「ごめんくださーい」


「どうせ全滅してんだからさっさと入るぞ」


 デリカシーのない男だ。


「土足で家に上がるなんてあなたは常識がないんですか」


「あ?もし中に危険があったらどうすんだよ。靴を履いたままじゃねえとすぐ逃げられんだろうが」


 うーん、妥当な意見である。日本人としてはそこはかとなく気持ちが悪い感覚だが、背に腹は変えられない。罪悪感を押しつぶして私たちも土足で屋敷に上がった。


「血の匂いがしますね」


 鉄臭くて息が詰まりそうだ。できる限り早急にこの屋敷を去りたいところである。


 廊下を歩いていると和室にやってきた。畳は血塗れで、障子もどす黒く染まり、使い物にはならないだろう。


「……死体はないんだね」


「見ないに越したことはありませんから。飾られているあれは何でしょうか」


 床の間には活けられた青い紫陽花と黒いかたまりの像、火山の描かれた掛け軸が飾られていた。


「お、これだよこれ。教団で拝んでたのはこんな風態の像だったぜ」


 うえーキモいな。絡みあった黒い紐状の部位はカバンから取り出したイヤホンコードのようだ。像は紐の部位の先に生えたヒヅメで支えられている。率直に評すると趣味が悪い。


「紫陽花はナナノちゃんの箱に詰められていましたね。この紫陽花にもなんらかの意味が込められているのでしょうか」


 掛け軸の火山からはもくもくと煙が立ち昇っている。白雲山を題材にしたものだろうか。


「この掛け軸を売れば生活費の足しになるかねえ」


 時任がそう呟いて掛け軸を手に取った。おいおい、不法侵入したうえに窃盗は看過できないぞ。流石に止めようとすると、壁に正方形の物体が嵌め込まれているのに気づいた。


「あ!掛け軸の裏に金庫が嵌め込まれています!」


 ひょっとすると時任は超絶有能な人物なのではないだろうか。運用コストはそれなりにかかるが、それに見合う働きを着実にこなしていくぞ。


 金庫はダイヤル式で、開錠には5桁の番号が必要だ。


 零・零・零・零・零


 試しにチャレンジしてみるか。私は適当に66666と揃えてみた。


 陸・陸・陸・陸・陸


 開かない。というか、陸=六で合ってるのか?


「古い数字が使われていますね。陸=六で正解です」


 うん百歳キツネのお墨付きなら安心だ。キリが漢字に弱いのは、旧字体に慣れきってしまっているせいなのかもしれない。


「7で揃えるのはどうでしょうか」


 漆・漆・漆・漆・漆


 だめかあ。ありえるかと思ったんだけど。


「ちんたらやってないでゾロ目で揃えてみようぜ」


 壱・壱・壱・壱・壱

 弐・弐・弐・弐・弐

 参・参・参・参・参

 肆・肆・肆・肆・肆

 伍・伍・伍・伍・伍

 捌・捌・捌・捌・捌

 玖・玖・玖・玖・玖

 拾・拾・拾・拾・拾

 逸・逸・逸・逸・逸


「やっぱそう単純なもんじゃねえか」


「いやちょっと待ってくださいよ。『逸』なんて数字は存在しませんよ。おかしいです」


 ダイヤルは全部で12種類だった。その意味するところは分からないが、暗証番号の手がかりがない以上、一度金庫は後回しにするしかなさそうだ。

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